東京を代表する名刹・築地本願寺が挑む改革を進めるのが、宗務長の安永雄玄氏。大手銀行勤務やコンサルティング会社経営でビジネス手腕を磨き、3年間通信教育を受けて、50歳で僧籍を取得したという異色の僧侶だ。寺や仏教に興味のなかった人を振り向かせている、大胆な改革とは何か。
※日経トレンディ2021年1月号の記事を再構成
少子高齢化や価値観の変化に伴い、仏教界は今、人々の「寺離れ」に直面している。江戸時代初期に創建された東京を代表する名刹・築地本願寺といえども例外ではなく、長らく門信徒や参拝者の減少が続いていた。
そもそも築地本願寺は、本山を京都の西本願寺とする浄土真宗本願寺派の首都圏における伝道教化の拠点だ。そこで門信徒の開拓を託されたのが、2015年に代表役員(宗務長)に就任した安永雄玄。大手銀行勤務やコンサルティング会社経営などの実績を持つ異色の僧侶だ。豊富なビジネス経験が認められ、民間企業出身者として初の代表役員に抜擢された。
安永が掲げた改革のスローガンは、「ひらけ!! 築地本願寺」。その意図を次のように説明する。「寺離れが進むならお寺を開き、時代に合わせればよいわけです。目指すのは、これまで『縁』の無かった人への布教です」。
まずは16年、改革の皮切りとして、サテライトテンプルの位置付けのサロンを銀座に開設。僧侶が個人の相談に乗る「よろず僧談」を実施し、仏教だけでなく心理学やヨガなど宗教色の薄い講座も開いた。17年には、カフェや書店が入った建物を境内に設置。特にカフェでは、おかゆ、汁、おかずを合わせて18品目が並ぶ「18品の朝ごはん」がインスタ映えすると大評判だ。
講座の参加者やカフェ利用者の大半は、宗派と無縁の層という。「まずはお寺が信頼できる存在になることが大事。暮らしの拠り所となって、何かあったときに『お寺に行ってみよう』と思ってもらえるようにしたいです」と安永は言う。どのサービスも「顧客主義」を貫き、消費者への聞き取り調査などを重ねながら改善に努めている。
その結果、改革以前は1日4000人だった来訪者が、18年には倍増した。19年はさらに“攻め”の姿勢を見せ、女性歌手AIが歌うゴスペルライブを本堂で開催したいとの要望を受け入れた。仏教にふさわしくないイベントに思えるが、安永の姿勢は明快だ。「変えてはいけないものは、教えの中身です。しかし、教えの伝え方や見え方は時代に合わせて変えていかないと、生き残っていけません」。ゴスペルライブは、あくまでも仏様に捧げるコンサートとして行い、開演前には法要も実施している。
また宗教・宗派を問わず個人単位で利用できる「合同墓」の運営や、誰もが入れる会員組織「築地本願寺倶楽部」の強化など、宗教観の多様化に合わせた試みにも積極的に取り組む。その申し込み数も順調に伸びている。
ビジネスの手法を保守的な仏教界に持ち込んだ安永は、しばしば守旧派からの反発を受けた。門信徒や参拝者を「顧客」、僧侶が執り行う法事や法話などを「サービス」と呼ぶことも、「商売風が過ぎる」と批判された。しかし彼の中には、これからの寺のあるべき姿があり、それが常に心の支えになっている。「ビジネスということなら、『葬式仏教』と揶揄されてきた仏教界の現状のほうが残念です。人に寄り添い、人生のコンシェルジュとなることこそ、伝統ある仏教が社会に還元できる価値でしょう」と明言する。
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