ビールを注ぐと富士山のように見える「富士山グラス」を世に出したプロダクトデザイナーの鈴木啓太氏。日用品から電車まで、幅広い領域を手掛けてきた。歴史に学びながらデザインを「更新」させてきた仕事人が、新時代と向き合う。
※日経トレンディ2020年10月号の記事を再構成
「デザインを通して、人々のお手伝いをし、世の中の役に立ちたい」。この信念を胸に抱き、コロナ環境下の今、「人の気持ちに寄り添う試み」を提案し続けているのが、プロダクトデザイナーの鈴木啓太だ。デザインする対象は、商業施設やオフィスから伝統工芸品まで、多岐にわたる。
例えば伊勢丹新宿店では、体温測定や消毒など感染症対策に関連する案内板や備品に明るいデザインを施し、買い物の高揚感を損なわないようにした。他方で、リモート勤務時代におけるオフィスのあり方も研究している。
また5月からは「小さなものづくりを支援したい」と、「ONE FLOWERWARE」と名付けたプロジェクトを始めた。鈴木がデザインした球形の花器を、陶芸、木工、ガラスなど全国8軒の工房が製品化する。ネット販売のみで始めたが、注文多数のため、店頭販売も企画中だ。「自粛生活を強いられる中、自然の恵みや季節感を生活に取り入れたいと思う人が増えているようです」と鈴木は分析する。球形に仕上げるのは、どの分野の工芸でも難易度の高い技だが、鈴木はあえて提案。結果的に職人たちの魂に火が付き、精度の高い器が出来上がった。
鈴木はもともと、多くの人が心地よいと思える「シンプルで明快なデザイン」を念頭に仕事をしてきた。近年はさらに「様々な好みや考え方を持った人が等しく『良い』と感じられるものは何か。その理想を徹底的に追い求めることが楽しくなった」という。
きっかけは、2019年秋にJRとの直通運転を開始した相模鉄道の車両デザインを担当したことだ。相鉄デザインブランドアッププロジェクトの一環だが、その際、鈴木はこう決意した。「毎日乗る通勤電車は、ある意味“日用品”。しかし利用者は、自由に選べない。そういう公共性の高いものこそデザインの質を高めて、日々の生活を豊かにしたい」
最新型の車両は、ライトの配置を工夫して「強い」印象を正面にもたらすなど、外観が高い評価を得る。その一方で車内は、昼夜で明るさや色調が変わるLED照明を採用し、快適な空間を目指した。「安心・安全と美しさ、心地よさを兼ね備えた電車にするため、ネジ1個の位置まですべてデザインしました」と熱く語る。実際に乗車したときの光の感じ方などを検証するため、原寸大の模型を作成してオフィス内に設置するほどに入れ込んだ。
「車両の中には、無数のジャンルの製品が集まっています。それらの全部がつながって、一つの大きなプロダクトが完成していくのは、本当に面白い。心が躍りました」と振り返る。
デザインだけで解決できない課題も、異業種と協力し合うことで乗り越えられることを、改めて知った。今では多分野の才能を結集させる、“つなげるデザイナー”を意識して仕事する。
その後も公共性の高い案件には積極的に取り組んでいる。20年春には、神戸市の中学校が給食で使うランチボックスのリニューアルを手掛けた。
現在抱えている「新しい生活様式」に関わる事業の数々もまた、公共的なデザインの発展系といえるだろう。
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