がん治療研究を支援するプロジェクト「deleteC」、認知症の人が接客する「注文をまちがえる料理店」など、斬新な企画を次々と立ち上げるプロデューサー、小国士朗氏。がん治療という深刻なテーマを扱うときにも「C」の文字を消して表現するというエンタメ性を忘れない。NHK在局時代に、「プロフェッショナル 仕事の流儀」などの制作で培った、その企画力の源泉に迫る。
※日経トレンディ2020年1月号の記事を再構成
炭酸飲料「C.C.レモン」のパッケージや漫画『キャプテン翼』の色紙に記された「C」の文字を、打ち消し線で削除。一風変わったパッケージやロゴが披露されたのは、2019年10月に東京・丸の内で行われた、がん治療研究を後押しするプロジェクト「deleteC」のイベント会場だ。「C」は、がんを意味する英語「キャンサー(cancer)」の頭文字。プロジェクトに賛同した企業・団体は、社名やブランド名から「C」を消去した商品・サービスを提供する。それらを消費者が購入すると、売り上げの一部が医学研究費用に寄付される仕組みだ。
「現在、30ほどの企業や団体が参画してくれています」と、企画を手掛けたプロデューサーの小国士朗は話す。
小国は15年勤めた日本放送協会(NHK)を2018年に退局。それ以前から、話題のプロジェクトを次々と立ち上げてきた。がんのような深刻なテーマを扱うときも、エンターテインメント性を忘れないのが、小国の“流儀”だ。「『北風と太陽』の太陽的なアプローチです。テレビ番組などでは、北風的な悲壮感がクローズアップされがちですが、多くの人に『自分事』と思ってもらうには、温かなエンタメ性が重要なカギ。Cの字が消された商品を見て、『何だ、これ?』と不思議に感じる。そこが、がんの問題を知る入り口になってほしいですね」と率直に語る。
17年に小国が発起人となって始めたプロジェクト「注文をまちがえる料理店」でも、小国流を発揮している。広めたいテーマは認知症。その料理店では、認知症の人たちが注文を取ったり、料理を運んだりする。反響は小国の想定を大きく超え、全国各地の賛同者が同じコンセプトの店を開いた。150カ国以上で報道され、海外にも拡大中だ。
この取り組みで小国が目指すのは、間違いを受け入れる寛容な社会。「スタッフが注文を間違えても、お客さんは『ま、いっか』と笑って許す。間違いを受け入れれば、それは間違いじゃなくなるんです」。実際、注文の約60%で間違いが生じたが、「また来たい」と思う客は90%を超えた。「まだ多くの課題はありますが、誰もが自分らしく普通に働いて、夢をかなえられる社会を実現したい、と本気で思っています」と口調が熱を帯びる。
ともすれば「不謹慎」と取られがちな難しいテーマに挑み続けるのは、「自分は何も知らない素人」という自覚を抱いているからだ。「僕は、がんも認知症も専門知識を持たない“にわか”です。だからこそ、同じような“にわか”の人たちに、難しい問題に触れてもらう入り口をデザインしたい」。
そんな自分を「熱狂する素人」だとも表現する。18年にラグビーを通じた街づくり「丸の内15丁目PROJECT.」を始めたときも、競技についてほとんど知らなかった。大盛況で終わったラグビーワールドカップだが、実は開催の1年前にはチケットが大量に余る恐れもあった。そこでラグビーの面白さを広めるために一肌脱いだ。
「ラグビー日本代表は、8カ国の人が集まってONE TEAMを結成することも、企画に関わって知りました。今までラグビーに関与していなかった“にわかファン”が、面白さに気付き、最後は一緒に熱狂できました。そんな風に、見たことのない風景が広がる瞬間が何より気持ちいいですね」と小国。
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