マグエバー代表の澤渡紀子氏は、身の回りの至る所で活躍する「磁石」の魅力にハマり、その技術を広めている仕掛け人だ。2009年に同社を設立し、消費者にとって便利な磁石製品を世に送り出している。
※日経トレンディ2020年5月号の記事を再構成
クルマやスマホ、家電など、暮らしの中の至る所で、使われている磁石。特に日本は、磁石の先進国といわれている。現在、様々な製品に用いられる代表的な磁石には、酸化鉄を主原料にしたフェライト磁石や、“世界最強”と評されるネオジム磁石が知られているが、両者とも日本人の発明なのだ。
「日本は最も先進的な磁石の技術を持っているのに、あまり知られていないのは残念です。もっと表舞台に登場させたい」と磁石愛を熱く語るのは、磁石およびその応用製品のメーカー、マグエバーの代表を務める澤渡紀子だ。
同社は、自らを「磁石の伝道師」と呼ぶ澤渡が2009年に設立。磁石を部品としてだけでなく、消費者向け商品として世に送り出すためだった。そして17年には、ユニットバスの鋼板入りの壁や冷蔵庫などに取り付けられる「i&jフック」を発売。さらに19年には磁石の付かない場所にも対応し、窓ガラスや木の扉を2つの磁石で挟んでフックを取り付けられる「マグサンド」をヒットさせた。前者は、グッドデザイン賞を、後者は日本文具大賞の優秀賞を獲得している。どちらも、ネオジム磁石をシリコーン樹脂で包み込んだシリコーンマグネットを利用し、割れにくくさびにくいのが特徴だ。
「磁石は、防犯グッズや整理用品など幅広い分野に活用できるはず。磁石ビジネスは、これからもっと面白くなるでしょう」と澤渡は言い切る。
そんな澤渡の父親は、「磁石の相談所」の異名を持つ磁石メーカー・マグナの創業者だ。今では当たり前になった電気ポットの磁石式プラグを開発した人物でもある。澤渡も「磁石屋の娘です」と胸を張るが、子供の頃は磁石のことばかり考える父が苦手で、磁石への愛着を抱けなかったという。
転機が訪れたのは、大学生のとき。父の海外出張に同行し、中国の奥地で磁石業者と出会ったり、欧米の畜産業者が牛の胃から釘を取り除くのに、父が開発した商品を使うのを見たりするうちに、磁石の可能性に気付く。「磁石は万能。人を救うために、いろんなものに姿を変える」と感銘を受けた。
大学卒業後は、不動産デベロッパーなどを経た後、1999年に父が経営するマグナに入社。工場の改革に当たったが、社員から「何も知らない素人の出る幕じゃない」と反発される。澤渡はくじけることなく磁石の種類や用途をいちから学び、社員との距離を縮めた。「いい仕事ができるように、反発したり、引き付け合ったりする。まさに磁石のようでした」と澤渡は振り返る。
そして09年、前述したように「もっと磁石の可能性を広げたい」と独立した。当初からシリコーンマグネットに商機があると確信していたが、技術的な問題があり、商品化までに足かけ9年もかかってしまった。「性能とデザインの両立が最大の難関でした」。しかし、本人に焦りや迷いは無かった。
「好きなアユ釣りと一緒です。釣れないときはしばらく休んで、『何でかな?』と考える。結果に執着し過ぎると、うまくいかないことが多いんです。商品開発でも、息を抜いたり、少し寝かせておいたときの方が、良いアイデアが浮かびました」と分析する。
小学生の頃から打ち込んでいた演劇も、今の仕事に結び付いている。何しろ20代には劇団に加入した時期もあるほどで、人とつながり、何かを伝えることの大切さは演劇から学んだ。舞台慣れしているから、飛び込み営業にも臆することは無かったし、オリジナル商品の実演販売も自ら率先して行った。
ヒット商品マグサンドの着想も、実演販売中の客との会話から得た。「家に磁石が付く場所が無いのよ」と言われて、目からウロコの思いがした。磁石に囲まれて育った澤渡は、自宅のガラス窓にフックを付けるのに、当たり前のようにネオジム磁石を利用していたのだ。「それをそのまま商品化すればよい」と気付かされた瞬間だった。
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