コロナショックで進むDX

新型コロナウイルスの感染拡大以降、医療のDX(デジタルトランスフォーメーション)化が加速している。特別措置ではあるもののオンライン診療が全面的に解禁。LINEはオンライン診療のプラットフォーム開発を急ぐ。医院のデジタル化も進む。ポイントは滞在時間の短縮だ。

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東京・品川の目黒みらい内科クリニックの太田啓介院長は、いち早くオンライン診療への対応を決めた
東京・品川の目黒みらい内科クリニックの太田啓介院長は、いち早くオンライン診療への対応を決めた

 新型コロナウイルスの感染拡大で3密回避のために物理的接触を減らすことが求められている中、遅れていた分野のDXが急速に進み始めた。政府も社会全体のDXを加速する好機とし、データ利活用などを進めていく方針を発表。このDXによって生活者の行動スタイルはどう変わり、企業側の打ち手はどう変わるのか。流通、医療、教育、アパレル、スポーツなど各分野のデジタル活用の先端動向を紹介する。

 新型コロナの影響を受け、制度改正を含め、最もドラスティックに変化している分野が医療だ。本来は20年9月から認められるはずだったオンライン診療が、感染防止を理由に厚生労働省が特別措置として規制を緩和したことで、まず慢性疾患を持つ患者に限って20年3月に導入可能になった。さらに4月には初診患者も対象として認められた。これにより、事実上オンライン診療が全面的に解禁されたことになる。医療機関はオンライン動画や電話など、双方向のコミュニケーションが可能な機器を用いることで非対面の医療行為が可能になった。

 オンライン診療の解禁により、医院やクリニックもマーケティング戦略という概念が重要になる。大手プラットフォーマーも参入を表明するなど、早くも市場は活況だ。

規制緩和を受けLINEは開発を前倒し

 オンライン診療普及の追い風として期待されるのが、スマートフォン向け無料電話・メールアプリ「LINE」を展開するLINEの参入だ。LINEは医療情報サービスのエムスリーと共同出資会社LINEヘルスケアを19年1月に設立。同社の室山真一郎社長は「LINEの持つ8400万人のユーザー基盤が真価を発揮するのは1対1のやり取り。規制緩和を受けて、オンライン診療を前倒しで提供できるように開発している」と明かす。

 LINEヘルスケアはオンライン診療の提供に先駆けて、20年1月8日からLINEで医師に健康相談できるサービスのβ版の提供を始めた。2000人の医師が登録しており、利用者はLINEヘルスケアのLINEアカウントに登録後、時間単位の利用料金を支払って医師に健康相談できる。料金はすぐに回答を得られる「いますぐ相談する」が30分2000円(税別)。48時間以内に1000文字以内で回答を得られる「あとから回答をもらう」は1回当たり1000円(税別)となる。6月現在は新型コロナの感染予防のため、20年6月26日まで無償提供中だ。

LINEはエムスリーとの共同出資会社LINEヘルスケアでオンライン診療サービスを開発中。提供に先駆けて、2020年1月から登録する医師にLINEで健康相談できるサービスを始めた
LINEはエムスリーとの共同出資会社LINEヘルスケアでオンライン診療サービスを開発中。提供に先駆けて、2020年1月から登録する医師にLINEで健康相談できるサービスを始めた

 LINEヘルスケアの現状のサービスはあくまで相談だけで診察はしないため、医療行為には当たらない。同サービスを通じた相談件数は、新型コロナの影響を受け20年2月に前月比で40倍に急増したという。このサービスに診療の予約機能や決済などのシステムを加えることで、オンライン診療サービスに進化する。LINEはその開発を急ぐ。

 「体調に異変を感じたとき、まずは検索サイトなどで調べる人が多い。そのときに相談サービスは使われるだろう。オンライン診療とはニーズが異なるため、共存は可能だ」と室山氏は強調する。多くの消費者が使い慣れたLINE上で診療を受けられるようになれば、オンライン診療の利用者拡大が期待できそうだ。

オンライン診療の使いやすさが医院の選択基準に

 「オンライン診療の提供以降、100件以上利用されている」。こう明かすのは東京・品川の目黒みらい内科クリニックの太田啓介院長だ。同院は厚労省の規制緩和を受け、20年4月1日にオンライン診療の提供を始めた。4月の規制緩和後は初診患者も対象としている。19年の開院時から、将来的にオンライン診療を提供するために準備を進めてきたため、速やかな提供が可能だった。

 非対面で医師の診察を受けたいというニーズが、新型コロナの感染拡大によって顕在化した。かかりつけの病院がオンライン診療に対応しておらず、対応医院を探す中で目黒みらい内科クリニックのサイトにたどり着いた新規患者も少なくないという。

 太田氏はオンライン診療の開始に合わせて、診療の受け方や薬の受け取り方などを詳しく紹介する記事をブログに掲載して情報を発信。コロナ禍で解禁されたオンライン診療の不安材料の払拭に努めた。オンライン診療の有無だけでなく、情報発信による安心感が患者に選ばれる病院の一因になりつつある。

太田氏はブログでオンライン診療に関する情報を積極的に発信して、利用者の信頼を得ている
太田氏はブログでオンライン診療に関する情報を積極的に発信して、利用者の信頼を得ている

 さらに、これからはオンライン診療と対面を組み合わせた医院が増えていくだろう。ポイントは「時短」。自宅で受けられるオンライン診療では、来院時のような手持無沙汰な待ち時間がなくなる。「医院ではデジタルの活用で利便性を高め、クリニックの滞在時間を短縮化して感染リスクを減らしていく」と太田氏は言う。同院の取り組みから、どのように時短が進むのか見ていこう。

 まず、オンライン診療のプラットフォームには医療支援事業のメドレー(東京・港)の「CLINICS」を活用している。患者はCLINICSのスマホアプリを利用し、オンライン診療の対応医院を探して日時などを指定して予約できる。予約後は指定日時に担当医師とビデオチャットを通じて診療を受けられる。支払いはアプリに登録したクレジットカードから引き落とされる。

太田氏はデジタル活用でクリニックの滞在時間の短縮化の実現が重要だと語る
太田氏はデジタル活用でクリニックの滞在時間の短縮化の実現が重要だと語る

 オンライン診療では、患者の待ち時間のストレスを軽減するための工夫を施す。緊急を要する患者が来院するなど、状況次第では予約時刻にオンライン診察を始められない可能性がある。そこで事前にCLINICSのメッセージ機能を使って、予約時間から30分以内に呼び出すことを伝える。患者は呼び出されるまで、家事などをしながら待てる。診察の開始時にはアプリに通知が届くため、そのときにアプリの利用を始めればよい。こうして、予定時刻になっても診療が始まらずにパソコンやスマホの前で待ちぼうけをくらい、手持ち無沙汰になることを防いでいる。

診察前後の待ち時間の短縮に挑む

 オフラインの診療でもDX化によって待ち時間の短縮化が進むだろう。医院での待ち時間は診察前後に分けられる。まず、診察前の待ち時間を短縮化する取り組みだ。目黒みらい内科クリニックは近日中に、外来向けにオンライン上で事前に問診できるようにする。活用するのはAI(人工知能)開発のUbie(東京・中央)が提供する医療機関向け業務効率化サービス「AI問診Ubie」だ。

 AI問診Ubieは、450以上の推測可能な疾患の中から、患者の症状に合わせて自動的にAIが項目を自動生成して、問診する。問診結果は医師が読みやすい形式に変換される。これまで目黒みらい内科クリニックではこのAI問診をタブレット端末で院内で活用していたが、これをオンライン上でも展開する。患者は事前に自宅でパソコンやスマホから登録できるため、院内の滞在時間を減らせる。

 次に診察後の待ち時間の短縮だ。医療明細書の電子化はその手段の1つ。希望者には、CLINICS経由でアプリに医療明細書を送る。また、外来の支払いもCLINICSに登録したクレジットカードでできるようにする。患者は予約した時間に来院し、診察を受けたら処方箋を受け取るだけで帰宅できる。これにより診察後の滞在時間の削減につながる。こうして、オンライン診療とデジタル技術を取り入れた医院で、3密を避け、かつ時短化された利便性の高い医療サービスを提供していく。

統合したデータでより正確な診療を実現

 デジタル化の推進により、患者のデータが蓄積されれば、より正確な診療が可能になる。目黒みらい内科クリニックはデータ基盤として、クラウド型の電子カルテ「CLINICSカルテ」を活用する。導入費用はオンライン診療と併せて月額5万円だ。オンライン診療と連携しているため、オンライン診療の診察データも電子カルテに直接連携できる。オンライン診療では予約時にアプリ上で問診を実施するため、その問診データが事前に医師に共有され、電子カルテにひも付く。患者側もより正確に診断してもらいたいという意識が高いため、予約段階から自身の情報を積極的に提供してくれる。

目黒みらい内科クリニックは電子カルテを軸に、さまざまなデジタルサービスと接続してデータを連携する
目黒みらい内科クリニックは電子カルテを軸に、さまざまなデジタルサービスと接続してデータを連携する

 「オンラインを通じた問診票は詳細に書かれているだけでなく、症状に変化が見られた場合には随時更新してくれる。患者が情報を追加すると医院のシステムに通知が届くが、2回、3回と更新してくれる患者が多い」と太田氏は言う。デジタル上でつながっているから、外来時の問診だけでは分からない症状の変化もデータとして取得できる。また、血圧の測定データなどを患者が保有していれば、そういったデータもアプリのメッセージに添付して医院に提出できる。

目黒みらい内科クリニックはメドレー(東京・港)の電子カルテを活用する。画像はイメージ
目黒みらい内科クリニックはメドレー(東京・港)の電子カルテを活用する。画像はイメージ

 「それらのデータを前提に医療行為を始められる点はメリットが大きい」(太田氏)。データはすべて電子カルテに直接連携されているため、紙の問診票からシステムに入力する際の人的ミスを減らせる。実際に来院したときには、オンライン診療のデータを基にした診察がしやすい。

オンライン診療が抱える課題は

 利点ばかりのように思えるオンライン診療だが課題も残る。「直接診察できない点はなかなか越えにくい壁だ」と太田氏。だが、「次世代通信規格の5Gが普及し、オンライン診療の動画が高画質化することで、患者の表情や視線の読み取りをしやすくなる可能性がある」と続ける。5Gの普及はオンライン診療の精度向上につながるだろう。とはいえ、対面での診察と同レベルに達するにはまだ時間がかかりそうだ。

 そして、医療のデジタル化の最後のとりでが処方箋だ。オンライン診療で薬を処方する場合、患者が近隣の薬局で直接受け取る、自宅への郵送の2つの選択肢がある。近隣の薬局で受け取りたい場合、医院は紙の処方箋を患者の自宅に郵送する。一方、薬局から薬を郵送する場合、医院はまず患者が処方を希望する薬局にFAXで処方箋を送る。薬局の薬剤師が処方箋を確認後、事前に電話などで患者に処方する薬剤について服薬指導をする。その後、医院は処方箋の原本を薬局に郵送しなければならない。これはFAXで送った処方箋は現時点では正本として認められていないからだ。

 処方箋がデジタル化されれば、患者はアプリ上で受け取れるようになるため、外来時なら処方箋を受け取るまでの待ち時間が不要になる。そのデータをお薬手帳のアプリと連携すれば、処方された薬の履歴確認も容易になる。患者にとってもメリットは大きい。厚労省は16年に電子処方箋の普及に向けて「電子処方せんの運用ガイドライン」を策定した。だが、「薬局側は専用の機器類が必要になる。フローも複雑なため実際の導入にはつながっていない」と医療関係者は指摘する。

 また、別の医療関係者は「電子処方箋の作成に必要な電子署名の仕組みが医師、薬局ともに普及していない」と課題点を挙げる。厚労省は20年4月30日に電子処方箋の運用ガイドラインを一部改正したものの、実用には時間がかかりそうだ。

(写真/山田 愼二)