2度にわたる公開延期を経て、2021年3月8日に公開された映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』。コロナ禍でプロモーション戦略や他社とのコラボも変更を余儀なくされた。その逆境下でも大きなヒットを飛ばし、興行成績100億円を突破(7月12日時点)することができたのはなぜか。エンターテインメントの新たなヒットの法則が見えてきた。
※日経トレンディ2021年7月号の記事を再構成
前作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』から9年。2021年3月8日に、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの第4作にして、完結編となる映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(『シン・エヴァ』)が、全国の劇場にて公開された。
最初に予定されていた公開日は20年6月27日。しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う緊急事態宣言の発令により、公開延期が決定した。同年10月、新たに発表された公開日は21年1月23日。ところが1月8日の2度目の緊急事態宣言の発令を受け、再び『シン・エヴァ』の延期を発表し公開日未定となる。このとき新たに公開されたキービジュアルには、「西暦2021年公開予定 共に乗り越えましょう」という一文が加えられた。
そして2月26日に、3月8日公開の決定が発表された。この日は月曜日。通常、金曜にスタートすることが一般的である映画興行が、前代未聞のスタートを切った。
その『シン・エヴァ』が7月21日に、一部劇場を除き終映を迎える。結果としては、7月12日までの127日間累計で興行収入100億1582万円、観客動員は655万人という快挙だ。新劇場版シリーズの興行収入は、07年公開の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』が20億円、09年公開の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』が40億円、12年公開の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』が53億円。常に前作を大幅に超える成長を見せてきた。そして『シン・エヴァ』は、16年公開の『シン・ゴジラ』(興行収入82.5億円)も超え、庵野秀明総監督作品として最高記録を更新した。
しかしそこにたどり着くまでには、前例の無い多くの障壁があったという。「世の中が緊急事態宣言の中、我々のプロモーションも常に緊急事態でした」と語るのは、東映企画調整部プロデューサーの紀伊宗之氏。
『エヴァ』シリーズといえば、予告無しで突然始まる「ゲリラ的」なプロモーションイベントが印象的だが、それも今の時代には難しい。「コロナの拡大が無くても、以前から人を集めるゲリラ的なイベントが次第に許容されなくなり、プロモーションの考え方を変更せざるを得なかった」と紀伊氏は言う。
『シン・エヴァ』のプロモーションはまず、19年7月6日の「0706作戦」から始まった。それまで、公開前には作品内容については積極的に公開しないというスタンスだったが、ここで『シン・エヴァ』の冒頭12分10秒10コマをパリ、ロサンゼルス、上海、札幌、東京(2会場)、名古屋、大阪、博多の8都市9会場で同時に上映したのだ(ロサンゼルスは時差の関係で現地の7月6日に上映)。
「前作から長い間がたっているからこそ、ここから“市場”を温めて、公開までの盛り上がりの山をつくりながら、皆さんの気持ちのピークを公開日に持っていくという計画でした」と、制作会社・カラーの島居理恵氏は語る。
“市場の熱”を冷やさない緊急事態のプロモーション
ところが、20年4月7日に1回目の緊急事態宣言が発令される。「コロナ感染拡大が始まった20年2月くらいに、まず様々な企業コラボを休止するか否かという決断を迫られました」と語るのは、ライセンス管理、キャラクター商品化許諾業務などを行っているグラウンドワークス代表取締役の神村靖宏氏。「飲食店とのコラボなどは中止。製造に時間のかかるフィギュアなど、物販系のコラボは止めようがないものも多く、半分近くはそのまま進行しました」(神村氏)
『シン・エヴァ』が公開延期になったという渇望感に襲われたファンは、関連商品に潤いを求めた。その結果、商業施設の閉店などで実売ができないという痛手もあったが、ECをはじめデジタル事業でかなりの好成績を収めたという。
「“市場の熱”を冷やさない」(島居氏)ために、公式アプリ『EVA-EXTRA』、3つのTwitterアカウント(『エヴァンゲリオン』公式、『エヴァ』シリーズやスタジオカラー作品や所属スタッフの最新情報を知らせる「株式会社カラー」のアカウント、作品の裏話やネタなどをつぶやく「(株)カラー 2号機」のアカウント)でできるだけ情報を出し続けようとした。
公式アプリのEVA-EXTRA
「実写と違い、アニメの制作工程は分かりにくいので、カラーで打ち合わせた話や制作のこぼれ話、収録が終わったらキャストの方につぶやいてもらうなど、とにかく存在を認識してもらい、SNSで広がっていくように努めました」と島居氏は語る。
「作品の中で、スタジオジブリさんの『トトロ』が画面に登場しているのですが、公開後にTwitterの『(株)カラー 2号機』で『見つけられましたか?? 第3村のシーンを探してみてくださいね』とのつぶやきが、大きな話題となりました。こうしたTwitterの使い方は前作までは無かった試みです」(神村氏)。このつぶやきは、SNSで拡散されニュースサイトでも取り上げられ、確認するために劇場に再度足を運ぶリピーターも増えた。
市場を温め続けるもう一つの方法が、前作に親しむ人を増やすこと。20年12月18日にはAmazonプライム・ビデオで『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の過去3作品の見放題独占配信がスタートした。
「もともと公開日に向けて過去作のデジタル配信は予定していたのですが、公開延期によって、その動きがさらに加速しました。Amazonプライム・ビデオの配信前にカラー公式チャンネルでも20年4月18日から4月30日の間に3作品を無料公開しました。それを決断したのは、配信の1週間前。コロナのニュースを見ながら、来週はどうしよう? と、その都度考えていましたね」(島居氏)
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