革命【3】実践力を現場でたたき込む「キャップストーン」

 ジャンル横断カリキュラム、英語で学ぶEMIなど、様々な実践力教育を施す京都先端科学大学工学部。その最大の象徴と位置づけられるのが、キャップストーンプロジェクトだ。

 キャップストーンとはピラミッドの頂点に最後に載せる石のことを指し、大学での学びの総仕上げとして実施されるという意味を持つ。様々な企業から直面する課題を提示してもらい、1年かけて4人前後のチームで課題解決に取り組む。大学3、4年次に卒業研究(卒研)に代わるものとして実施する。機械、電気、精密機器関連を中心に、50社を超えるメーカーが参画し、協力することを表明している。

 京都大学の工学研究科でも実習の一つとして取り入れてはいるが、学生全員が関わるものではない。日本の工学部で本格的に導入するのは、この大学が初の試みとなる。

 田畑氏はこのスキームに懸ける思いを熱く語る。「キャップストーンは海外、特に米国の大学では実施例が多く、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)などのトップスクールでは、必ずといっていいほど導入されているプログラム。永守理事長が求める『社会で活躍できる実践力のある人材』を育てるためには非常に効果が高いもので、工学部長への就任が決まったとき、この大学にふさわしいものとしてまず頭に浮かんだ」。企業のニーズに応えることで社会と触れ合う、まさに究極のインターンシップといえる。

 キャップストーンの実際の1年間の流れはこうだ。例えば、「電気自動車は部品が軽くなれば、車体も軽くなり、電池の負荷が減る。しかし、車体の強度はそのままを維持したい。どう解決するか?」という課題を選んだとしよう。学生はまず企業を訪れ、軽量化の背景を調べるとともに、部品、素材、コストなどを緻密にヒアリングする。そのうえで、教員のサポートも借りながら、力学的な耐久力向上や他の部品とどう組み合わせるかといった工学的アプローチも加味し、大学の工房を駆使して試作に励む。さらに、実際に企業で製品化する場合を想定し、そのうえで量産化するには? デザイン面は? 環境負荷は? といったことも検討し、改良・改善を繰り返す。毎週、教員だけでなく、企業のエンジニアも加わって議論と試作が重ねられる。そして、年度末に最終提案をプレゼンするというのが一連の流れだ。

 3年次は、プレキャップストーンとして初級編を実施。4年次はさらに深化し、時には課題を与えられるのではなく、自ら提携企業の現場から課題を見つけ、解決策を考えていく。最終的には企業への提案発表を行ってプロジェクトは完了。提案が企業の製品に採用される可能性もあり得る。「週2コマの180分を確保しているが、上限は設けていない。逆に、いつでも利用できる機械工房などを活用して試作に取り組むなど、自主的により完成度の高い形で学生たちが解決策を生み出すことを期待している」。田畑氏はあえて自由度を高くすることで、学生の考える力や熱意を引き出そうとしている。

 田畑氏はキャップストーンによって学生が得るメリットをこう説明する。「企業がどんな使命を持ち、技術者には何を求めているのか、入社後はどんな任務が与えられているのか。キャップストーンを通じて、こうしたことが具体的にイメージできる。将来の進路を考えるうえで参考になるし、就活でも自信を持って志望動機を語ることができる。さらに『課題を解決するためにこういう専門知識が必要なのか』と実感することで、専門科目の学習意欲を高めるきっかけにもなる」

 企業側には、「単に『課題を出しました』、半年後に『結果どうなりました?』といった形だけの問答ではなく、毎週のように学生側とコミュニケーションを取りながら進めてもらう」と田畑氏は話す。1年をかけて取り組んだ年度末の最終プレゼンは、課題を提示した企業のみならず、他の提携企業も参加して行う予定だ。学生チームの発表に対し、工学部の21人の教員全員と企業側の技術者数十人で、学生に様々な質問を投げかける。既にプロとして働いている技術者たちを前に発表することは、従来の卒研よりも手ごわいが、「単なる通過儀礼ではなく、社会や企業の現場を想定したものづくりをより厳しく体感してもらう仕組みにしている」と、田畑氏は意義を説明する。

工学部の機械工房には最新の3Dプリンターなどを配備し、学生はいつでも利用できる。試作品の製作も思いのままだ。同大学は、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、不足している簡易型医療用フェースシールドの製造にも協力
工学部の機械工房には最新の3Dプリンターなどを配備し、学生はいつでも利用できる。試作品の製作も思いのままだ。同大学は、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、不足している簡易型医療用フェースシールドの製造にも協力

これからの時代に必要なエンジニアとは

 徹底した実践力教育によって同大学が育成しようとしているのは、「ストリートスマートグローバルエンジニア」だと田畑氏は語る。

 ストリートスマートとは、「実践(実戦)で賢くなった人」を指す。ストリートの中には「実体験」「現場」「社会」が含まれている。つまり、ストリートスマートは、困難にぶつかったときも乗り越えていく力強さがある。対極にあるのが「アカデミックスマート」や「ブックスマート」という言葉だ。こちらは「勉強をして、学を通して賢くなった人」を意味する。例えば、一流大学を卒業し、官僚や大手企業に就職するようないわゆるエリートに見られがちなタイプといわれ、頭で分かっていることは着実にこなすが、経験したことのない事態に直面すると対処できず、変化や不確実な状況には弱いという側面もある。

 今は、「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(不透明性)」の頭文字をつなげた「VUCAの時代」と称されている。現代社会は、世界中を大混乱に陥れた新型コロナウイルスの世界的感染拡大をはじめ、地震や集中豪雨などの大災害、AIの急速な進歩など、社会やビジネスの複雑性が絡み合い、先々の見通しを立てるのが困難な時代にある。だからこそ、「頭」ではなく、「実践」を通して力を得たストリートスマートが必要になる。

 「この大学は、会社に行って実力を出せるタイプの人を育てる大学。勉強がよくできる学生より、現場のいろいろな問題にぶち当たったときに何とか切り抜け、泥臭くてもいいから解決していこうという底力のある学生を育てたい。そして、留学生と机を並べて切磋琢磨しながら学ぶことで、どの国でもやっていける多角的な視点を持つ、たくましい国際人を育てていきたい」。田畑氏はこれから必要になる人材を見通してこう語る。

全授業英語化、キャップストーン…永守流「工学部」の核心(画像)

2020年9月23日発売の新刊書籍『永守重信の人材革命 実践力人材を育てる!』(日経BP)では、工学部を始めとした大学改革の“中身”に加え、永守氏と同氏の薫陶を受けた5人の改革実行者たちがいかにして大学を変革していったのかを詳説。さらに、永守氏の組織改革・人材育成に関する考え方、永守イズムの本質にも迫っている

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(写真/水野 浩志)


「永守重信の人材革命 実践力人材を育てる!」
日経トレンディ編 1870円(税込み)
2020年9月23日発売

日本電産を世界トップの総合モーターメーカーに育てた永守重信氏。そのカリスマ経営者が50年計画で挑むのが大学改革です。「京都先端科学大学」へ既に私財130億円を投じ、理事長として改革を断行。同大学は、大きな変貌を遂げつつあります。本書は、大学改革に追った書籍であると同時に、永守氏の組織改革・人材育成の本質を学べるものです。組織の中で自分がどう動き、人を動かすために何をすべきか。そして、これから世界で戦っていくうえで必要な人材とは何か、ビジネスパーソンに役立つヒントがあります。
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