日本電産の会長兼CEO(最高経営責任者)である永守重信氏が、理事長として改革を進める京都先端科学大学。2020年4月に新設された工学部には、永守氏が描く人材育成の本質が詰まっていた。カリキュラムの詳細を取り上げた前編に続き、後編では新導入された超・実践的育成法に迫った。

京都先端科学大学は、2020年4月に工学部を新設。工学部が入る京都太秦キャンパスの南館1階には、最新鋭の3Dプリンターやレーザー加工機などが導入された機械工房を設置している
京都先端科学大学は、2020年4月に工学部を新設。工学部が入る京都太秦キャンパスの南館1階には、最新鋭の3Dプリンターやレーザー加工機などが導入された機械工房を設置している

 前編では、革命【1】として、超横断的&体験型カリキュラムを紹介した。さらに斬新かつ本質的といえるのが、以下の2つの革命だ。

革命【2】“英語を学ぶ”ではなく、“英語で学ぶ”

 同大学は、専門性に加え、「実践的な英語力」を重視する方針を公言している。徹底した“話せる”英語の教育を1年次に実施するうえ、工学部ではより先進的な取り組みを導入。それが、すべての講義を英語で行う「EMI」(English-Medium Instruction)だ。

 “英語を学ぶ”のではなく、“英語で学ぶ”ことを指し、研究の世界でもビジネスの世界でも共通言語といえる英語で学習し、議論することで、まさに実践的な英語力を身に付けさせる。

 さらに、EMIを採用することで、国内のみならず海外まで含めて広く世界に門戸を開いていることになり、優秀な外国人留学生の獲得や、真の意味での大学の国際化を果たす強力な武器にもなる。工学部では21年度から留学生を40人募集し、24年度には工学部の留学生比率を50%に引き上げる計画だ。

 EMIは実践的な英語力を伸ばす手助けにはなるが、学術的な観点から見れば悩ましい面もある。専門領域に関しては日本語で教えた方が当然理解も早く、効率が良いからだ。しかし、それ以上に優れた点があると田畑氏は強く主張する。

 「EMIの最大のメリットは、留学生と切磋琢磨(せっさたくま)し合いながら、広い視野を持って考えられるようになることだ。工学部では、グループワークを積極的に取り入れている。その際、日本人学生だけで議論するのと、文化的背景が異なる留学生が入り交じった中で議論するのとでは、理解の深さがまるで違う」

 田畑氏は例として、水問題を挙げる。

 「水の浄化をテーマにした場合、先進国や新興国など、生活をする環境によって議論の内容や目的が大きく変わる。蛇口をひねるだけで、きれいな水が出るのが当たり前の国と、そうでない国。文化圏の異なる中で生活してきた人たちではそもそもの視点が異なるからだ。そのときに日本人の学生は、日本では困ることのないきれいな水を得られるために何をしなければいけないのか? どのような技術がいるか? という視点に初めて目覚める。EMIで一番大切なところは、この気付きです。これをやらず、単に英語で教えているだけでは意味がない」。こうした多方面にわたる広い視点を持って物事を考えることが、真の国際化につながるというのが田畑氏の考えだ。

 英語力が心配になるところだが、日本人は4月入学、留学生は9月入学という“時間差”を利用し、日本人の学生に対しては、1年前期では専門科目をほとんど入れず、徹底的に英語を学ぶカリキュラムを導入することでフォローする。工学部の英語カリキュラムは、英会話や文法以外にも学部で頻出する専門用語を学ぶ「工学英語」の授業も設け、1年前期は1日2コマ×5日の週10コマの時間を使って英語を履修する。英語が苦手な学生に対しては、個別に学習支援室でフォローするなどサポート体制も整えた。9月に入学する留学生たちと肩を並べて学んでも、同等に理解できるレベルにまで英語力を引き上げる仕組みをつくっている。

 20年度の1期生に関しては留学生の受け入れはないが、入学当初から講義はすべて英語で行われている。資料も英語だ。入試では英語の基準点を設けておらず、学生は特別に高い英語力を持っているわけではないが、講義では英語を聞きながら驚くほどスムーズにペンやパソコンを動かして作業を進めている。図表など資料を見ながらの講義であることや、週10コマの英語講義を受けていること、入学当初から英語の講義である慣れから「全部聞き取れなくても、どんなことを言っているか感覚的に分かる」と、学生たちは英語でも抵抗がない。分からない点があれば、個別にメールやTeams、Zoomでのオンラインミーティングを通して教員に質問したり、辞書や翻訳ソフトを使ったりしながら理解に努めている。講義を英語で毎日聞いていると、耳も慣れてくる。多くの学生が「2カ月程度でも明らかにリスニング力が上がった」と、声をそろえていた。

前述した工学部の実践的講座「デザイン基礎」のテキスト。講義も資料も、すべて英語で統一されている
前述した工学部の実践的講座「デザイン基礎」のテキスト。講義も資料も、すべて英語で統一されている
新設工学部の教員採用には、国際公募を実施した。教員の3分の1が外国人で、非常に国際色豊かな組織になっている。教員の年齢層も比較的若い
新設工学部の教員採用には、国際公募を実施した。教員の3分の1が外国人で、非常に国際色豊かな組織になっている。教員の年齢層も比較的若い

革命【3】実践力を現場でたたき込む「キャップストーン」

 ジャンル横断カリキュラム、英語で学ぶEMIなど、様々な実践力教育を施す京都先端科学大学工学部。その最大の象徴と位置づけられるのが、キャップストーンプロジェクトだ。

 キャップストーンとはピラミッドの頂点に最後に載せる石のことを指し、大学での学びの総仕上げとして実施されるという意味を持つ。様々な企業から直面する課題を提示してもらい、1年かけて4人前後のチームで課題解決に取り組む。大学3、4年次に卒業研究(卒研)に代わるものとして実施する。機械、電気、精密機器関連を中心に、50社を超えるメーカーが参画し、協力することを表明している。

 京都大学の工学研究科でも実習の一つとして取り入れてはいるが、学生全員が関わるものではない。日本の工学部で本格的に導入するのは、この大学が初の試みとなる。

 田畑氏はこのスキームに懸ける思いを熱く語る。「キャップストーンは海外、特に米国の大学では実施例が多く、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)などのトップスクールでは、必ずといっていいほど導入されているプログラム。永守理事長が求める『社会で活躍できる実践力のある人材』を育てるためには非常に効果が高いもので、工学部長への就任が決まったとき、この大学にふさわしいものとしてまず頭に浮かんだ」。企業のニーズに応えることで社会と触れ合う、まさに究極のインターンシップといえる。

 キャップストーンの実際の1年間の流れはこうだ。例えば、「電気自動車は部品が軽くなれば、車体も軽くなり、電池の負荷が減る。しかし、車体の強度はそのままを維持したい。どう解決するか?」という課題を選んだとしよう。学生はまず企業を訪れ、軽量化の背景を調べるとともに、部品、素材、コストなどを緻密にヒアリングする。そのうえで、教員のサポートも借りながら、力学的な耐久力向上や他の部品とどう組み合わせるかといった工学的アプローチも加味し、大学の工房を駆使して試作に励む。さらに、実際に企業で製品化する場合を想定し、そのうえで量産化するには? デザイン面は? 環境負荷は? といったことも検討し、改良・改善を繰り返す。毎週、教員だけでなく、企業のエンジニアも加わって議論と試作が重ねられる。そして、年度末に最終提案をプレゼンするというのが一連の流れだ。

 3年次は、プレキャップストーンとして初級編を実施。4年次はさらに深化し、時には課題を与えられるのではなく、自ら提携企業の現場から課題を見つけ、解決策を考えていく。最終的には企業への提案発表を行ってプロジェクトは完了。提案が企業の製品に採用される可能性もあり得る。「週2コマの180分を確保しているが、上限は設けていない。逆に、いつでも利用できる機械工房などを活用して試作に取り組むなど、自主的により完成度の高い形で学生たちが解決策を生み出すことを期待している」。田畑氏はあえて自由度を高くすることで、学生の考える力や熱意を引き出そうとしている。

 田畑氏はキャップストーンによって学生が得るメリットをこう説明する。「企業がどんな使命を持ち、技術者には何を求めているのか、入社後はどんな任務が与えられているのか。キャップストーンを通じて、こうしたことが具体的にイメージできる。将来の進路を考えるうえで参考になるし、就活でも自信を持って志望動機を語ることができる。さらに『課題を解決するためにこういう専門知識が必要なのか』と実感することで、専門科目の学習意欲を高めるきっかけにもなる」

 企業側には、「単に『課題を出しました』、半年後に『結果どうなりました?』といった形だけの問答ではなく、毎週のように学生側とコミュニケーションを取りながら進めてもらう」と田畑氏は話す。1年をかけて取り組んだ年度末の最終プレゼンは、課題を提示した企業のみならず、他の提携企業も参加して行う予定だ。学生チームの発表に対し、工学部の21人の教員全員と企業側の技術者数十人で、学生に様々な質問を投げかける。既にプロとして働いている技術者たちを前に発表することは、従来の卒研よりも手ごわいが、「単なる通過儀礼ではなく、社会や企業の現場を想定したものづくりをより厳しく体感してもらう仕組みにしている」と、田畑氏は意義を説明する。

工学部の機械工房には最新の3Dプリンターなどを配備し、学生はいつでも利用できる。試作品の製作も思いのままだ。同大学は、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、不足している簡易型医療用フェースシールドの製造にも協力
工学部の機械工房には最新の3Dプリンターなどを配備し、学生はいつでも利用できる。試作品の製作も思いのままだ。同大学は、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、不足している簡易型医療用フェースシールドの製造にも協力

これからの時代に必要なエンジニアとは

 徹底した実践力教育によって同大学が育成しようとしているのは、「ストリートスマートグローバルエンジニア」だと田畑氏は語る。

 ストリートスマートとは、「実践(実戦)で賢くなった人」を指す。ストリートの中には「実体験」「現場」「社会」が含まれている。つまり、ストリートスマートは、困難にぶつかったときも乗り越えていく力強さがある。対極にあるのが「アカデミックスマート」や「ブックスマート」という言葉だ。こちらは「勉強をして、学を通して賢くなった人」を意味する。例えば、一流大学を卒業し、官僚や大手企業に就職するようないわゆるエリートに見られがちなタイプといわれ、頭で分かっていることは着実にこなすが、経験したことのない事態に直面すると対処できず、変化や不確実な状況には弱いという側面もある。

 今は、「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(不透明性)」の頭文字をつなげた「VUCAの時代」と称されている。現代社会は、世界中を大混乱に陥れた新型コロナウイルスの世界的感染拡大をはじめ、地震や集中豪雨などの大災害、AIの急速な進歩など、社会やビジネスの複雑性が絡み合い、先々の見通しを立てるのが困難な時代にある。だからこそ、「頭」ではなく、「実践」を通して力を得たストリートスマートが必要になる。

 「この大学は、会社に行って実力を出せるタイプの人を育てる大学。勉強がよくできる学生より、現場のいろいろな問題にぶち当たったときに何とか切り抜け、泥臭くてもいいから解決していこうという底力のある学生を育てたい。そして、留学生と机を並べて切磋琢磨しながら学ぶことで、どの国でもやっていける多角的な視点を持つ、たくましい国際人を育てていきたい」。田畑氏はこれから必要になる人材を見通してこう語る。

全授業英語化、キャップストーン…永守流「工学部」の核心(画像)

2020年9月23日発売の新刊書籍『永守重信の人材革命 実践力人材を育てる!』(日経BP)では、工学部を始めとした大学改革の“中身”に加え、永守氏と同氏の薫陶を受けた5人の改革実行者たちがいかにして大学を変革していったのかを詳説。さらに、永守氏の組織改革・人材育成に関する考え方、永守イズムの本質にも迫っている

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(写真/水野 浩志)

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