日本電産の会長兼CEO(最高経営責任者)である永守重信氏が、130億円以上の私財を投じて改革を進める京都先端科学大学。その象徴が、2020年4月に新設された工学部だ。新刊書籍『永守重信の人材革命 実践力人材を育てる!』(日経BP)や同大学の変革を追った連載から、改革の本丸である工学部の秘密をひもといた。

永守重信氏。日本電産会長兼CEO。1944年京都府生まれ。2018年3月、学校法人京都学園理事長に就任。19年4月から法人名変更に伴い、学校法人永守学園理事長を務める
永守重信氏。日本電産会長兼CEO。1944年京都府生まれ。2018年3月、学校法人京都学園理事長に就任。19年4月から法人名変更に伴い、学校法人永守学園理事長を務める

 20年4月、京都市にある京都先端科学大学・京都太秦キャンパスで、新設の工学部がついにスタートした。同大学を運営する学校法人永守学園の理事長で、日本電産会長兼CEOの永守重信氏が130億円を超える私財を投じた大学改革の本丸、工学部の幕が切って落とされた。

 そもそも永守氏が大学経営に乗り出したきっかけは、現状の大学教育に関して疑問を持ったからだ。

 「大学は今まで、企業や社会のことを考えずに人を送り出してきた。私たち会社は、売れるものを開発しなかったら成り立たない。お客さんのことを一生懸命考えてつくるのが当たり前。大学も同じであるべきだ」(永守氏)。日本電産にとって、モータについて学んだ学生が必要となるが、日本の大学でモータの先端技術を専門的に学べる学部学科は、今や絶滅の危機にある。「モータを学んだ人は、500人採用したとしても1人か2人いるかどうか。そこで結局、社内に『モータカレッジ』を設立し、入社後に半年から1年かけて、一から教えている。それでは世界と戦えない」。業を煮やした永守氏が、大学をつくることを構想に入れるのは必然だった。

 さらに永守氏が、根本的で致命的な問題として挙げるのが、偏差値教育の弊害だ。

 「一生懸命に座学をして、勉強漬けになって、塾で受験テクニックをたたき込まれて……。それでいい大学に入ったからといって、企業で戦力になるわけではない」と、永守氏は語る。

 さらにもう一つ、永守氏は有名大学信仰、まん延するブランド主義の問題を指摘する。「今の学校や塾の進路指導を見ると、とりあえず有名大学のバッジを付けろといまだにやっている。例えば、学生が『有名大学の工学部に行きたい!』と言ったときに、教師が君の偏差値では受からないから同じ大学の農学部を受けたらどうかと促す。そして学生も妥協する。やりたいことよりもブランドを第一に考える。これが日本の大学教育を歪ませている」(永守氏)。指導者だけではなく、親、採用する企業側も同じマインドに染まっていると、永守氏は警鐘を鳴らす。

 そこで永守氏は、京都先端科学大学を改革し、新しい人材育成の形を示そうとしている。その象徴ともいえるのが、新鋭工学部だ。以降は、永守氏が考える真の人材育成とは何か、改革の“本殿”である工学部の全貌を解き明かしながら迫っていく。

150年間続いてきた工学教育をぶっ壊す

 20年4月に新設された工学部は「機械電気システム工学科」の単科学部。電気自動車、ロボット、ドローンなど未来の産業に欠かせない技術領域を視野に、工学の基礎やモータ技術などを学ぶ。

 新規に建てられた工学部の入る南館には、最新鋭の3Dプリンターやレーザー加工機などが導入された機械工房を設置。24時間365日利用できる図書館に加え、キャンパスの随所にグループワークに適した共用スペース「ラーニングコモンズ」を備える。

 キャンパスや設備の充実度もさることながら、驚くのはその“中身”だ。元・京都大学大学院工学研究科教授であり、工学部長に就任した田畑修氏を中心に、全く新しい学びの仕組みをつくり出した。まさに、人材教育・育成の実験場ともいえる。

京都太秦キャンパス南館(工学部棟)1階の機械工房には、専門スタッフを配置。講義室に加え、少人数でのグループワークがしやすい「ラーニングコモンズ」なども各階に用意している。南館には、国際学生寮も併設され、国内学生と留学生が生活をする
京都太秦キャンパス南館(工学部棟)1階の機械工房には、専門スタッフを配置。講義室に加え、少人数でのグループワークがしやすい「ラーニングコモンズ」なども各階に用意している。南館には、国際学生寮も併設され、国内学生と留学生が生活をする
新設工学部の学部長を務めるのが、田畑修氏。トヨタ関連企業で研究に従事していた際に、社会人博士号を取得。その後、私立大学を経て、16年間にわたり京都大学で教壇に立つ。今回の工学部の設立に当たって、早期退職を決意
新設工学部の学部長を務めるのが、田畑修氏。トヨタ関連企業で研究に従事していた際に、社会人博士号を取得。その後、私立大学を経て、16年間にわたり京都大学で教壇に立つ。今回の工学部の設立に当たって、早期退職を決意

革命【1】 超横断的&体験型カリキュラムで実践力を鍛える

 まず、大学として最も重要なカリキュラム。新設工学部は単科学部ながら、極めて高い自由度があるのが特徴だ。

 従来の大学では、大抵の学生は自分が専攻した領域の学問の勉強に終始しがち。例えば、一般的な工学部で機械工学科を専攻した場合、学校の仕組み上は電気工学科などの講義も受けられるが、“越境”してまで受講しない学生がほとんどだという。それに対し、京都先端科学大学の工学部は、単科ではあるが多彩な専門分野を内包し、分野横断的に学べるよう選択肢の幅を持たせている。

 モータ技術者に必須のモータ工学といっても、多様な基礎技術が関係し、応用範囲も多様にある。そのため、工学部には、パワー半導体やコンピューターサイエンス、計測工学、量子力学、材料科学、ロボティクス、数理科学、VR/MRなど、様々な領域を専門とする教員が集結している。

 それだけではない。例えば、自動運転デバイスやロボットの研究をするためには、ハードウエアやソフトウエアの知識が必須となるが、ロボットなどが人間社会に溶け込む世界を想定すると、人との共存をいかに図るかが鍵に。法整備やルールづくりといった社会科学的な分野に加え、人間心理や人間行動学といった人文学的なアプローチも必要になる。そのため、同大学では、学部学科を超えた連携も模索している。

 学び方も大きく変えた。中心になるのが、体験・実践だ。事前に予習して得た知識を使って授業で議論して理解を深める『反転授業』や、グループワークを積極的に導入。中でも、入学してすぐに行う実践型講座「デザイン基礎」は面白い。この講義では、「ロボット」「ワンボードマイコン」「ウェブアプリ」のいずれかを学生が自ら選択し、自分で設計し、つくり上げる。

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、2020年度はオンライン形式による講義を実施。写真は、工学部1年の実践型講座「デザイン基礎」を受ける学生の様子
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、2020年度はオンライン形式による講義を実施。写真は、工学部1年の実践型講座「デザイン基礎」を受ける学生の様子

 「まずは自分の手でこんなことができるという成功体験を持たせる。そうすることで、学生のモチベーションを高め、将来、自分が学んでいく専門科目がいかに自分にとって大事かを知ってもらう機会にする。京大で教えていたとき、入学したばかりの学生はみな輝いているのに、夏休み明けにはもう目が死んでいる学生がいた。工学部に入る学生はものづくりが好きな学生が多いのだが、味気のない机上の講義が続くと興味がそがれ、その間に学生たちはアルバイトやサークルなど他のことに目が向いてしまう。だから、まず自分でものづくりができる講義を取り入れることにした」。田畑氏は自らの経験からこう語る。

 これまでロボットやアプリをつくった経験がない学生でも、教員の助けを借りながら自分の“作品”をつくり上げる。その感動が好奇心を生み、「自分一人でつくれるようになりたい」という学習意欲へとつながる。

 後編「全授業英語化、キャップストーン…永守流工学部の核心」(9月28日公開予定)に続く。

2020年9月23日発売の新刊書籍『永守重信の人材革命 実践力人材を育てる!』(日経BP)では、工学部を始めとした大学改革の“中身”に加え、永守氏と同氏の薫陶を受けた5人の改革実行者たちがいかにして大学を変革していったのかを詳説。さらに、永守氏の組織改革・人材育成に関する考え方、永守イズムの本質にも迫っている

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(写真/水野 浩志)

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