企業やメーカーが商品やサービスを消費者へダイレクトに販売する「D2C」(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)がコロナ禍でさらに盛り上がりを見せている。化粧品やアパレルなどD2Cを利用してファンを少しずつ集めながらブレークする企業も増えているが、市場の広がりとともに失敗例も目立ち始めてきた。成功と失敗の境界線はどこにあるのか。D2CやEC事業のコンサルタントを行ういつも社執行役員の立川哲夫氏が、D2C事業の意外な落とし穴について解説する、連載「イノベーターズ・クロス」の番外編。
コスメや眼鏡、オーダースーツから、パンやチーズケーキといった食品まで、さまざまな商品分野でD2Cが盛り上がりを見せています。スタートアップだけでなく、大手企業も参入し、今後ますます広がっていくと考えられています。
D2Cという新しいスタイルが登場したのは2017年ごろの米国。当時、現地で行われるEC関連の展示会などでたびたび耳にしたことを記憶しています。米国市場で起きていることが数年たって日本で盛り上がることはよくありますが、D2Cも登場から約2年後に上陸し、ここ数年で定着しつつあります。「うちの会社もD2C事業を始めたほうがいいのでは」という声をよく聞くようになってきました。
米国市場を見るとD2Cには2つの流れがあることが分かります。1つは大手企業がD2Cに参入する例。ウォルマートのような総合スーパーや百貨店がPB(プライベートブランド)に力を入れるようになり、大手企業はこれまでのように“一等地”の棚で自社商品を売ることができなくなりました。そうした危機感の中で、大手企業は消費者にダイレクトに商品を売るための直営店舗を展開したり、ECサイトを構築したりするようになりました。SNS(交流サイト)が浸透し、InstagramやTwitterなどで多くのファンをもともと抱えていたブランドは、ユーザーと直接コミュニケーションが取れるようになっていたことも背景にあります。
もう1つがスタートアップなどの新興勢力です。もともと小売りの棚すら持っていなかった小さな企業がEC(電子商取引)やSNSを駆使してその世界観を拡散。ファンを増やし、ブランドとして確立していく流れです。ECからスタートし規模が大きくなったので実店舗も構えるといった、大手企業とは逆の流れで成長する企業もあります。
日本市場でもこうした2つの流れが混在している状況です。そこにコロナ禍の影響で、企業と消費者がリアル店舗で接点を持ちにくくなったり、買い物の場がデジタルにシフトしたりしていることなどがD2C市場の盛り上がりを加速させています。特に今は若い世代を中心に、実店舗以外にもGoogleや通販モール、SNSなどで商品を検索することが増えているのも大きいでしょう。
D2C事業の意外な落とし穴
こうして日本国内でもD2Cが浸透してきましたが、市場の広がりとともに失敗例も増えてきました。我々はD2CやEC関連のコンサルティングも行っていますが、多くの企業の方の相談を聞くうちに、D2C事業の成功と失敗の境界線というのも少しずつ見えてきました。例えば「D2C事業で失敗しがちな落とし穴」として挙げられるのが下記の3つです。
D2C事業で失敗してしまう企業に多いのが、「No.1戦略が明確でない」ということです。No.1戦略、すなわち「第一想起戦略」は、「○○と言えば××(自社の商品)」というように、キーワードで結びつけて商品を想起してもらうための戦略です。消費者にどのようなキーワードで検索してもらうのかという設定をあやふやにしたまま事業を始めてしまうと、失敗の原因すら探れない状況に陥ってしまいます。
例えば「オーガニックシャンプー」や「生チーズケーキ」というキーワードは今ではすでに一般的になりすぎているので、それらでNo.1の認知を獲得することはなかなか難しいと思われます。そこで、「エシカルなオーガニックシャンプー」や「北海道で一番売れている生チーズケーキ」など、さらに下の階層のキーワードを掛け算することを考えてみるのもいいでしょう。
2015年にネットで発売されたシャンプー「ボタニスト」(I-ne)は、「ボタニカル」×「シャンプー」という、当時にはなかった概念の掛け算です。さらに大手企業がほぼ手を出していなかった1000~1500円の価格帯とそれに見合った機能性で爆発的にヒット。今ではボタニカルシャンプー=ボタニストという認識になりました。
No.1戦略を考える際の近道になるのがポジショニングマップ作りです。例えば図のように価格を縦軸にして、横軸に機能・成分や利用シーン、環境配慮などで区切ったマトリクスを作り、比較されやすい競合商品を並べてみる。そうすると先程の「ボタニカルシャンプー」のように空白のゾーンが浮かび上がってくることがあります。そうやって市場全体を俯瞰(ふかん)し、自分たちの商品が訴求できるキーワードを探りながらNo.1戦略を構築していくことが、D2C事業でまず着手すべきことです。最近のD2Cでは商品を企画する前の段階からポジショニングマップを作ることも増えてきています。
また、D2CやECの事業に初めて参入する企業にありがちなのが、「具体的な市場規模を想定していない」ということです。これから展開しようとしている商品のジャンルが、EC市場でどのくらいの規模なのかをきちんと把握していない企業が非常に多い。市場規模が10億円なのか50億円なのか、100億円なのかで事業の方向性や戦略は大きく変わってくるのに、経営者などの「100億円ぐらいじゃない?」という勘だけを頼りに事業を進め、後でつまずいてしまうという話もよく聞きます。
ECプラットフォームで市場規模を把握
コストをかけて調査会社などに依頼するのも手ですが、我々がよく参考にしているのが楽天市場やAmazon、Yahoo!ショッピングなどの情報。国内を代表するECプラットフォームで、多種多様な商品が売られ、マーケットデータとしては非常に安定している市場です。
注目するのは、商品のレビュー件数。EC業界では、一般的に「レビューを書き込むのは購入者の2~3%」といわれています。購入者の50人に1人がレビューを書き込んでいるとすると、レビュー件数に50を掛け、さらに商品単価を掛ければおおよその販売総額が分かります。こうしたデータを商品ごとに集めていくことで、市場全体の規模を把握できるのです。ざっくりとしたデータですが、実際に後で検証してもそう大きく外れていることはこれまでありませんでした。
例えば5000円の商品が4000レビューの場合、販売総額は10億円。発売から5年たっていたとすると、年間で約2億円の売り上げと考えられます。では自社もそれと同じだけのシェアを目指すとしたら、どのくらい売ればいいのか。計算から市場規模や競合プレーヤーの規模が想像できるようになれば、自社の戦略も絞られてきますよね。市場や競合を具体的に知るというのは非常に重要です。
「類似商品の事前リサーチをおろそかにしている」というのもD2C事業の失敗の要因として挙げられます。そこで下図のシートのように、競合商品を3つぐらいに絞り込み、各項目について徹底的に調査することが重要になってきます。競合商品ではどんなブランドコンセプトをうたっているのか。打ち出しているストーリーや第一想起されるようなキーワード、SNSで使っているハッシュタグなどをくまなく調べていくといいでしょう。
さらに消費者との接点・コミュニケーションの比較も重要です。例えば、LP(ランディングページ。訪問者が最初にアクセスするページ)では、どのような要素を訴求しているか。またFacebookやInstagramの広告をチェックするだけでなく、実際に商品を購入してみて、どんなユーザー体験ができるのかも知っておきたいところです。こうして競合商品の方向性を分析すれば、自社商品の世界観やパッケージなどをどうやって差別化していくかという販売戦略につなげることができます。
消費者のニーズが多様化していることも大きく影響し、D2Cの市場は今後さらに盛り上がるとみられています。単価が低く、これまでネットで買う理由があまりなかった食品や日用品の分野にもD2Cでの参入が増えており、その動きはさらに活発化しそうです。