『2025年、人は「買い物」をしなくなる』(クロスメディア・パブリッシング)の著者でD2Cコンサルタントでもある望月智之氏が、毎回ゲストを招いて「デジタル×新しいビジネス×未来の買い物」を語り合う対談企画。今回は国内14店舗を展開するオーダースーツの雄、FABRIC TOKYOの森雄一郎社長に、新しいブランドをつくり上げる必要なポイントを聞いた。本企画は、ニッポン放送のラジオ番組「望月智之 イノベーターズ・クロス」(毎週金曜日21:20~21:40)との連動企画です。

森 雄一郎(もり ゆういちろう)氏(左)
株式会社FABRIC TOKYO 代表取締役社長
大学卒業後、ファッションイベント企画会社にてファッションショーのプロデュースに携わる。その後、不動産ベンチャー「ソーシャルアパートメント」創業期に参画。フリマアプリ「メルカリ」の立ち上げを経て、2014年にカスタムオーダーのビジネスウエアブランド「FABRIC TOKYO」をリリース。自身が洋服のサイズに困っていた経験から“Fit Your Life”をコンセプトに、1人1人の体形に合う1着、1人1人のライフスタイルに合う1着の提供に挑戦している

望月 智之(もちづき ともゆき)氏(右)
株式会社いつも 取締役副社長
東証1部の経営コンサルティング会社を経て、株式会社いつも.を共同創業。同社はEコマースビジネスのコンサルティングファームとして、数多くの企業に戦略とマーケティング支援を提供している。自らはデジタル先進国である米国・中国を定期的に訪れ、最前線の情報を収集。デジタル消費トレンドの第一人者として、消費財・ファッション・食品・化粧品のライフスタイル領域を中心に、ブランド企業に対するデジタルシフトやEコマース戦略などのコンサルティングを手掛ける。2019年に『2025年、人は「買い物」をしなくなる』、2021年に『買い物ゼロ秒時代の未来地図 2025年、人は「買い物」をしなくなる<生活者編>』を上梓

望月智之氏(以下、望月氏) スーツ市場が厳しいと言われる中、FABRIC TOKYO(東京・渋谷)はコロナ禍でもオーダースーツで成長していますが、最初にこれは「イケる」と確信した出来事はあったのでしょうか?

森 雄一郎氏(以下、森氏) 2013年の冬に、渋谷駅のハチ公前でオーダースーツについて一人で街頭インタビューをしたのが最初です。とりあえず100人に聞こうと思い、1日中サラリーマンに声をかけ続けました。そうすると、9割が有名な大手の既製品のスーツを着ていて、オーダースーツを買ったことがある方は1割でした。

望月氏 僕の肌感覚としてもそれくらいです。数年前までオーダースーツって、高級でわざわざ店舗に行って採寸して決めて、とかなり手がかかる印象でした。

森氏 一方で、「オーダースーツは欲しいですか」と聞くと「すごく欲しい。いつかはオーダースーツだと思っている。」と、みなさん答えるんです。しかも8割が、既製品のスーツに対して「肩幅が広い」「足が太い」「おなかが出ていて既製品が合わない」と不満を持っていて、さらに「自分は“普通”の体形じゃない」と感じている。こうした課題を確認できたとき、「これはイケる」と思いました。

望月氏 ほとんどが「自分に合っていない」と不満を感じているのに、それが当たり前だと思ってしまっているという状況だったんですね。オーダースーツは敷居の高さを感じてしまうと思いますが、手が届く商品にするためにどのような工夫をされたのでしょうか?

森氏 ストレッチ性を取り入れたり洗濯を可能にしたりと製品のあり方や価格など、購入のハードルを下げることを意識しました。FABRIC TOKYOのお客様のうち7~8割が初めてオーダースーツを作った方々です。

望月氏 店舗にいても購入手続きはウェブで行う、というのも独特だなと感じます。

森氏 そうなんです。ちなみにスーツのEC化率って何%くらいだと思いますか?

望月氏 かなり低いイメージですね。1%とかでしょうか?

森氏 その通りです、さすがです! アパレルのEC化率は10%程度なのですがスーツは最近やっと1%を超えた程度。僕らの創業時は1%未満でした。スーツはそれくらいネットで買いづらい商品なんです。ただ、顧客体験のためには、しっかりと顧客データを取って活用することが重要です。そのためにも購入プロセスをウェブで統一したんです。

望月氏 なるほど。ほとんどの店舗を持つ企業が、店舗とECの統合もまだですし、なんなら店舗同士ですら情報が分断されていることが多いですからね。オムニチャネルやOMO(Online Merges with Offline)などが随分前から注目されていますが、実現できている企業はほとんどありません。最初からしっかりと設計されて取り組まれているんですね。

作るだけでは広がらない

望月氏 FABRIC TOKYOのすごさって、“手が届く感”をPRできていることと実際に簡単に手が届く利便性だと思っています。サービスは開発だけじゃなくて、どう広げるかも非常に重要ですが、具体的にどのように広げているのでしょうか?

森氏 ほとんどのベンチャーのサービスって、起業家が人生をかけてつくってリリースしていくので、本当に良いものばかりなんです。でも9割がはやらずになくなっていきます。僕がメルカリ創業者の山田進太郎さんの下で働いていたとき「良いものを作るだけでは売れなくて、お客様に届けて使っていただいて、それで周りに広げてもらってなんぼだ」ということを明確に言われました。山田さんはもともとエンジニアだしプロダクトの人間ですが、そういう意識でやっていたことが、メルカリが広がった根本だと思います。FABRIC TOKYOもどうやって使っていただいて、広めてもらえるかを常に考えています。

望月氏 なるほど。それは広告やPRという手法で工夫するということでしょうか?

森氏 もちろん最初は試行錯誤しましたし、広告で大失敗もしました。ただ、今は社内で広告の話はほぼ出ません。もちろんリスティングとか最低限のことはやっていますが、それよりも「バーニングニーズ」という話をすることが多いです。

望月氏 緊急かつ重要だと感じているニーズということですね。

森氏 そうです。シリコンバレーでいわれているのですが、「目の前で家が燃えているとき、たとえ100万円が置いてあっても消火器を持っていくよね」という話として使われます。「今、どうしても欲しい」とか「なくてはならない」というニーズを見つけられると自然に広がると考えています。

望月氏 特にSNSなど広がる手段が充実しているので、製品やサービス自体に「広がる」要素があるかは非常に重要ですね。それがないと、広げる力=お金の規模になってしまうので、多くのベンチャーが良いものを生み出しつつ人知れず消えていくことになるんだと思います。

森氏 その“広がる要素”こそプロダクトマーケットフィット(PMF)だと思っています。製品やサービスが明確に顧客の課題(ジョブ)を解決しているかどうかわからない状態で、コストをかけても意味がないと考えています。ザルに水を注ぐようなものです。そのため、最初のフェーズでやるべきは、サービスが提供する価値を顧客の使う理由に完全にマッチさせていくことであり、ここでは広告宣伝はいらないと思うのです。きちんとマッチしていれば、「すごく便利だ」や「すごくすてきな体験をした」など、周りに勝手に広めてくれるはずなんです。

望月氏 最初のフェーズで手応えがあったら、「ブリッツスケーリング」と呼ばれるように、一気に資源を集中させて広げていくんですね。

D2Cにも大切なブランディング

望月氏 ファッションって、おしゃれや流行など、ある種の使い捨ての側面とジョブ(課題)解決に必要不可欠な手段の側面があると思います。お話を聞いていると、最近の新興アパレルブランドは前者が多くてFABRIC TOKYOは後者という印象です。

森氏 そのブランドが対象にしている“期間”の違いかなと考えています。例えば、SNSマーケティングやインフルエンサーマーケティングなどを駆使すれば、そのときの流行に乗ったものが作れます。一方で、エルメスやルイヴィトン、バーバリーなど100年以上続いているブランドの歴史を見ると、やはり根底にあるのは問題解決なんです。

望月氏 色や形などの狭義のデザインではなく、課題解決の設計という意味でのデザインということですね。

森氏 マッキントッシュは、今は英国紳士が着ているコートというイメージだと思いますが、始まりはレインコートなんです。ゴムを生地の間に挟んだ「ゴム引きコート」を世界で初めて発明して、水が染み込んでこないコートを作ったのです。英国は雨が多いので、紳士服をぬらしたくないというジョブを解決しているんです。FABRIC TOKYOも短期目線での成長は大事なので毎日のKPI(重要業績評価指標)も日々追ってはいますが、それ以上に50年100年かけていかに現代人のジョブを解決するかというところにフォーカスして考えています。

望月氏 確かにファッションは消費されがちですよね。

森氏 「FABRIC TOKYOで一生スーツを買い続けます」と言ってくださるお客様がすごく多いんです。ただ、そういうお客様のほとんどは、もともとFABRIC TOKYOというブランドが好きで買い始めたわけではないんです。「自分に合うスーツが見つからない」という課題が先にあって、FABRIC TOKYOで買ってみたら、採寸のきめ細やかさ、好みの反映、ネットで買える便利さ、カスタマーサポートの素早い返信、ウェブ接客などが気に入っていつの間にがファンになっていた、というプロセスなのです。

望月氏 そもそもバーニングニーズを捉えながら、そこにデジタルも含めてお客様の生活に溶け込むようにサービス設計しているからこそ、「なんとなく心地よい」という体験ができるんでしょうね。

森氏 さらに店舗での体験も重要です。ウェブでは利便性や効率などを大事にしてジョブを減らすという考えなんですが、店舗では逆にちょっと手間を増やすことも必要だと思っています。

望月氏 何でもかんでも便利にすればよいわけではないですよね。必要な手間は、顧客満足度やブランド好感度などにもプラスの影響がありそうです。

森氏 その通りです。例えば宗教は聖書を持ち運ばせたり、布教活動したり、そういった手間をあえてつくっているのではないかと思います。D2Cやウェブ企業はとにかく利便性を高めようとしますが、適切に手間を増やすことがブランディングになり得るのです。

望月氏 「買い物」をきちんと分析されていますね。安い、便利、早いなどの「良い・悪い」で判断できる価値だけでなく、なんとなくうれしいなどの「好き・嫌い」で判断される価値についても追求していくことでブランドはできていくのだと思います。

森氏 消費者は基本的に価格を気にします。僕もそうですが1円でも安い方がやはりうれしい。だけど、実際には高い車やバックや財布、時計を買っちゃうものだと思っています。「安い方がいい」と常に思っているけれど、実は高いものを買った方が満足することもありますよね。そういったことも踏まえて、日々試行錯誤しています。

(構成/ライター・竹井 慎平、照應堂)

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