ブランド企業に対するデジタルシフトやEコマース戦略などのコンサルティングを手掛け、『2025年、人は「買い物」をしなくなる』(クロスメディア・パブリッシング)の著者でもある望月智之氏が、ゲストと「デジタル×新しいビジネス×未来の買い物」を語り合う企画。今回は、基礎化粧品の通信販売を手掛けるオルビス(東京・品川)の小林琢磨社長を招き、これからのマーケティングと加速するパーソナライゼーションについて様々な意見を聞いた。※本連載は、ニッポン放送「望月智之 イノベーターズ・クロス」(毎週金曜日21:20~21:40)との連動企画です。
オルビス社長
いつも.取締役副社長
望月智之(以下、望月氏) 小林さんはポーラ入社後、社内ベンチャーで敏感肌用化粧品のディセンシアの社長を経てオルビスの社長に就任されました。それ以来、基幹ブランドの刷新や専用アプリの開発、紙のカタログの削減など大胆な改革を進められ、化粧品通販売上高ランキングでも大手を抑えて1位(18年度。通販新聞発表)になるなど、成長を続けています。デジタルに強いブランドとして注目していますが、少し前のオルビスとはイメージがかなり変わりましたよね。
小林琢磨氏(以下、小林氏) そうですね。もともとオルビスはカタログ通販で事業を展開してきた会社です。カタログの発行部数は毎月200万部くらいで、これまではそれを無料で送付していました。
望月氏 それは人気の少年漫画雑誌くらいのスケールですね。そこまで大規模なカタログ通販からの方向転換は、かなり大変だったのではないでしょうか。
小林氏 正直に言えば大変でした。ECの技術というのはドンドン進化していましたので、カタログをそのままデジタルに移行しても、それは全然本質的ではないと思っていました。
望月氏 消費者も楽天やAmazonなどを使い慣れていますからね。単なるデジタルカタログでは不満も出そうです。
小林氏 仰るとおりです。デジタルは消費者のブランド体験の手段にすぎないと考え、まずはシンプルにアナログでは不便だと感じる部分から解消していきました。さらにオルビスは、店舗事業部と通販事業部を分けて30年間運営してきたんですが、それもやめました。中期的な戦略を担う部門と執行する部門という役割で分けたのです。
望月氏 いきなりの大改革ですね。新しい体制に組織をどう対応させるかは企業にとって大きな課題です。多くのブランドではまだ店舗とECの組織上の分断は残っていますね。私もブランド企業の組織変革アドバイスなども多く手掛けているのでよくわかります。現場の反応はどうだったのでしょうか?
小林氏 やはり最初の1年は大混乱でした。ただ、まず組織から変えないといけないと考えて意思を貫きました。それまでは通販と店舗では、新規顧客を獲得するために全く違う施策を行っていたんです。ポイントプログラム1つをとっても、店舗と通販で別々になっていたので相互に利用することができないという状態でした。だからこそ、顧客体験から考える組織づくりをまずは行い、そしてポイント制度など全て統合して、アプリをコアに展開していったのです。
望月氏 購買チャネルで組織を分けるというのは企業の都合にすぎないので、ECが発達して多様な購買チャネルが存在している今、顧客視点から組織の形態も変えないといけないですよね。ただ、アプリ開発には多くの企業も乗り出していますが大変苦労されていますよね。
小林氏 オルビスにとってもアプリはかなりのチャレンジでした。ユーザーからすれば、サービス開始1年未満の新参アプリなんてダウンロードする気にはなかなかならないですよね。でも、そんな中でもオルビスのアプリは現在230万ダウンロード、月間のアクティブユーザー数(MAU)は50万を超えています。これはかなりヒットしているゲームアプリなみの数字なんです。
望月氏 それは驚異的な数字ですね。どんなアプリなんでしょうか。
小林氏 アプリではまず「お客様が知りたいこと」を優先し、実店舗と連動した肌診断やパーソナルカラー診断も行えるようになっています。パーソナルカラー診断では、例えばリップの色が現在の髪の色と合っていないとか、どういうメークが今の自分に合うかがわかります。他社のアプリが軒並み苦戦しているなか、オルビスのアプリは利用者が一気に押し寄せたためサーバーが一時ダウンしたほどです。
望月氏 お客様が参加できるコンテンツがかみ合ったんですね。そうしたアプリの人気の高さは売り上げにも影響したのでしょうか。
小林氏 消費者とのつながりをまず大切にすることを考え、売り上げよりも体験コンテンツを重視することを意識しました。通販サイトのトップページといえば商品がずらりと並んでいるのが当たり前ですが、我々は全てコンテンツを並べています。
望月氏 そこまで徹底することで顧客からの信頼を獲得できるんですね。まさに商品ファーストからコンテンツファーストですね。
小林氏 そうですね。コンテンツでつながってオルビスの思想に触れてもらうことが重要だと考えています。肌診断やパーソナルカラー診断のアプリを使って、その上で商品を購入していただけるかはユーザー次第。オルビスのコンテンツを参考にして他社商品を買ってもよいと思っています。無理に接点の数を増やすのではなく、本当に触れてもらえるものを作っておけば必ずどこかにつながると考えています。
「もしアップルが化粧品を作ったら」で体験をデザインする
望月氏 アプリ1つとっても、徹底的な顧客視点を貫いているのが印象的です。小林さんは顧客タッチポイントの細部にまでこだわっているんだと感じますが、ベンチマークしているブランドなどはありますか?
小林氏 オルビスをリブランディングする上では「もしアップルが化粧品を作ったら」ということをいつも考えています。例えばiPhoneの液晶パネルは日本のシャープなどが作っていますし、他の部品も様々なメーカーのものを集めて組み立てています。でも実際に触ってみると、他のスマートフォンと比べて、UIの気持ちよさが全然違いますよね。
望月氏 採用している部品はそんなに大きくは変わりないはずなのに、確かに使い心地が他とは全然違いますね。
小林氏 iPhoneは「デジタルリテラシーが低い人でも感覚的に使えるようにしている」ということが肝だと思っています。日本の製品には、ある程度リテラシーがないと使えないものがいっぱいあります。Appleは子供からシニアまで使いやすいようなUIを作っている。これこそがデジタルを使ってもらえる条件だと思っています。
望月氏 それをコスメに置き換えて考えているということですね?
小林氏 そうです。例えば日本のコスメは、価格が安いものはドラッグストアの棚で売らないといけないので、「ドラッグストアで売ること」がデザインの中心になってしまいます。
望月氏 「商品棚の一等地に置けて、手にとってもらえるデザイン」ということが必要になりますね。そうなると洗練されたものよりは目立つ、分かりやすいものの方がよいということになります。
小林氏 本来、デザインとはiPhoneのように使いやすさや、それを使ったときにどう感じてほしいかといったことが大事だと思うんです。オルビスもパッケージに「ORBIS」と入れていますが、商品によっては記載していない方がよいだろうなというものもあります。消費者はデザイン的に心地よいものを家に置いておきたいんです。
望月氏 「大容量!」とか「徳用パック!」とか書いてあると、商品としては棚から手に取られますけれど、家に置いてあると格好良くはないですよね。消費者によっては、既成のブランドの容器から別のおしゃれな容器に詰め替えて使っている人も多いですよ。SNSでもそんなコンテンツであふれています。
小林氏 そうなんです。コスメも「クリエイティブ」と、多くの消費者に受け入れられる「マス」の融合が究極の形だと思うので、アップルの動向は意識してチェックしています。
望月氏 なるほど。あるコンビニのパッケージデザインの変更も議論になっていますよね。デザインは単にシンプルにすることではなく、心地よさとマスをどう共存させるかということですね。
デジタルシフトの時代に、あえてコンセプトショップを出店する理由
望月氏 オルビスが初のコンセプトショップを出すことが話題になっています。こうしたコンセプトショップを作る狙いはどこにあるのでしょうか?
小林氏 ブランド価値を上げることです。例えばアップルも「クリエイターならMac」というイメージがあると思います。オルビスも「手の届く憧れ」というイメージが大事だと考えていて、ストーリーやコンセプトの開発に加え、それをどうPRしていくかに非常に力を入れています。今までは商品でオルビスの新しい価値を伝えてきました。これからはコンセプトショップを通して、オルビスのレイヤーをもう一段引き上げたいと思っています。
望月氏 確かに小林さんが社長に就任されてからPRに力を入れているなと感じています。美容雑誌など様々なメディアで、おすすめコスメとして選ばれるなど露出が増えましたよね。それをさらに誰でも分かるように体現するためのコンセプトショップという位置づけでしょうか?
小林氏 そうです。例えばTSUTAYAが六本木ヒルズにできたことで、それまでのレンタルビデオ店というイメージが大きく変わりました。TSUTAYAのクリエーティビティーや思想・体験などを根本から変えたのだと思います。それと同じようにオルビスのブランディングとして、お客様が憧れるイメージを作っていきたいのです。
望月氏 コンセプトショップは、東京・表参道にあってユーザー全員が来店できるわけじゃないですが、「表参道に行くような人がオルビスを使うんだ」となれば、それに憧れる人たちも付いてきます。まさにMacと同じようなことをオルビスでもやろうとしているんですね。
小林氏 デパートやショッピングモールなどではどうしても売り上げを追いがち。売り上げが上がらないと追い出されてしまうからです。そんなし烈な争いの中では我々がやりたいとことはどうしてもできません。我々が目指すパーソナライズ化を実現するためには時間をかけて様々なことを試す必要があるので、まずはコンセプトショップでユーザーの反応を見ようと考えています。
望月氏 コンセプトショップとは、”顧客と会話するショップ”だと私は考えています。オルビスさんでは具体的にどのようなことを行いますか?
小林氏 例えば「オルビスユー」という化粧水では、あらかじめアプリで登録しておいた名前をボトルに印字するといったサービスを提供します。他の実店舗で行うと時間や手間がかかり売り上げに影響するので、まずコンセプトショップで試すのです。
望月氏 ストーリー(歴史)やフィロソフィー(思い)、コンセプト(価値)を会話して、顧客の反応を見ながら体現していくための場所ということですね。D2Cがトレンドになっていますが、そうした企業によくある「ストーリーをしっかり作ってウェブ中心で売っていく」というやり方よりも一歩も二歩も踏み込んだ取り組みのように感じます。結局は、デジタルだけでつながるよりリアルな接点のほうが何倍もブランドへの愛着は高いですからね。
小林氏 「しっかりしたストーリーがあれば売れる」と言われてきましたが、最近また変わってきたように思います。顧客が求めるベネフィットは、ストーリーとデジタルだけで作れるほど実は甘くなくて、本当に求められているところに投資し、自分たちしかできないことをやる必要があると思います。
望月氏 顧客のベネフィットと自社の技術があってのストーリーなんですよね。ストーリーさえあれば売れるというある種のEC神話にとらわれているD2C企業も少なくありません。ただその前に、しっかりと顧客体験や顧客のニーズと向き合いながら本質的なデザインを追求していくことが今後あらゆる企業に求められていくのでしょうね。オルビス躍進の裏側にある、小林さんが徹底して考える顧客視点での経営スタイルがよく分かるお話でした。
(構成/ライター・竹井慎平、照應堂)