無人駅は鉄道会社にとって、維持費が重くのしかかる“困りもの”だ。JR東日本も例外ではなく、管内の1655駅中、無人駅数は約4割にも上る。だがこの無人駅を非日常感が味わえる宿泊施設や、街のコミュニティーの中心にするという動きが始まっている。ベンチャー2社の取り組みを追った。
【第2回】無人駅がグランピングの聖地に大変身 JRが挑む600駅の再生←今回はココ
【第3回】新型コロナで変化 JR東日本の「ロボット」と「無人店舗」の現在地
【第4回】利用者減る駅はどう生き残る JR東日本が見据える「3つの未来」
地下のホームから駅舎に出るまでの階段数、何と462段。高低差81mで「日本一のモグラ駅」との異名を持つJR上越線・群馬県みなかみ町の土合(どあい)駅。1日の乗降客数が僅か20人ほどのこの駅に2020年2月、突如として宿泊施設「DOAI VILLAGE」が出現した。
駅舎の脇に2室のインスタントハウスと1つのロウリュサウナを備え、非日常感は抜群だ。サウナは宿泊客以外も利用でき、汗をたっぷりかいたまま雪にダイブ、という夢のような体験もできる。希望者は水上温泉への送迎も付くなど、至れり尽くせりの施設だ。
もう一つの目玉が駅舎の中に作られた「モグcafe」。切符売り場がカウンターになっていてコーヒーや軽食が楽しめる。途中から居酒屋の営業も試してみたところ、宿泊客のみならず地元の人も集まり、こちらも大盛況だった。
このプロジェクトを推進したのが、スタートアップのVILLAGE INC.(静岡県下田市)。秘境でのグランピング施設を得意とし、西伊豆に2軒、佐賀・波戸岬に1軒の宿泊施設を運営する(現在は新型コロナウイルスの影響で休止中)。西伊豆の施設に行くには陸路はなく、船で行かなくてはならないエクストリームな体験が魅力だ。
「JR東日本と組むなら、無人駅を軸にしたいと決めていました」と語るのは、VILLAGE INC.の橋村和徳代表。土合駅以外にも、青森の驫木(とどろき)駅、山形の峠駅や面白山高原駅などいくつも候補があったが、最初は一番とんがった駅でやりたいということで、日本一のモグラ駅に白羽の矢が立った。
予約を開始したのは20年1月21日。JR東日本スタートアップ(東京・新宿)の協力で告知したこともあり、僅か1週間で満室になった。「各主要駅に張り出すポスターも用意したが、張る前に埋まってしまうほど」(橋村氏)。
2月12日~3月22日の40日間で計81名が参加。カップル4割、ファミリー4割、そして鉄道好きなどという構成だった。土合駅は鉄道好きには有名な観光スポット。そこに泊まれるとあって、“鉄界隈”ではかなり話題になっていたという。「オープン直後に名古屋からひとりで泊まりに来たお客さんは、もともと何度も駅を訪れたことがあるという土合ファン。3月にもカフェだけの利用のためにまた来てくださっていました」と、土合に泊まり込んで現場を統括したVILLAGE INC.執行役員 CAMP事業グループ長の茶屋尚輝氏も驚く。
客層の中心は東京・神奈川からの来訪者だったが、意外だったのは群馬県内の客だ。水上温泉で働く人が、土合の魅力を知るために来たという例もあった。そして何より興味深かったのは、「予約段階での交通手段の問いに対して、大半の人が電車で来る、と回答していた」(茶屋氏)点だ。駅に泊まるのだから当たり前と言えば当たり前だが、土合駅の周辺には何もなく、ここ以外のエリアに気軽に立ち寄れるところはない。「鉄道での移動自体を楽しんでくれたのでは。これこそ本当の旅のスタイル」(橋村氏)。もちろんJR東日本の狙いにも合致する。
次なるステップは事業化だ。土合駅ではすでに7月オープンに向けて工事が進んでいる。インスタントハウスを6~8個に増やし、サウナも拡張、モグcafeもそのまま残る。「土合といえばグランピングの聖地と呼ばれるようにしたい」(橋村氏)。JR東日本と連動することでの夢も広がる。例えば土合を終点とした特別列車の運行や、トンネル部分を使ったイベントなどもできる。
そしてもう一つの狙いは、土合以外の無人駅への横展開だ。もともと無人駅はJR各社にとって“困りもの”。インフラとして必要ではあるが、維持にお金がかかり固定費が重くのしかかる。ところがVILLAGE INC.にとっては、それが宝の山に映る。JR東日本管内の1655駅のうち約4割が無人駅、単純計算で600駅以上となる。「無人駅の中でも秘境であればあるほどニーズがある。我々の腕の見せどころ」と橋村氏は自信を見せる。
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