新型コロナウイルスの感染拡大はエステーにも大きな影響を与えた。原材料を調達できず新商品を製造ができなくなり、マーケティング戦略の大幅な転換を迫られた。執行役エグゼクティブ・クリエイティブディレクターの鹿毛康司氏の選択は芳香剤「消臭力」のテレビCM制作だった。

2020年4月13日に放送を開始したエステーの芳香剤「消臭力」のテレビCMでは、「空気を変えるぞ」というメッセージを打ち出した
2020年4月13日に放送を開始したエステーの芳香剤「消臭力」のテレビCMでは、「空気を変えるぞ」というメッセージを打ち出した

 新型コロナウイルス感染拡大という世界的危機の渦中で、難しい決断を迫られている企業は多いだろう。どのような情報を集め、どのようなロジックで優先順位を付けていくべきか。そのヒントを得るべく、本特集ではコロナ禍で異例の決断を行った企業に密着し、その決断を下した裏側をひも解く。第1回はコロナ禍における宣伝部の役割をエステーの事例を基に紹介したい。

 「これを伝えたいんだ」。そんな歌詞のCMソングをバックに、巻物を手にした歌手の西川貴教が街から田舎道を駆け抜けて断崖絶壁に到達し、こう叫ぶ。

 「空気を変えるぞ」

 エステーが製造販売を手掛ける消臭力の最新テレビCMだ。2020年4月13日に放送を開始した、このテレビCMの制作の裏側で鹿毛氏は大きな決断を下した。

 この消臭力のテレビCM、計画されて作られたわけではない。本来、エステーは別の新商品のプロモーションを計画していた。ところが世界的な新型コロナウイルスの感染拡大により、欧州や中国から調達予定だった新商品の原材料が手に入らなくなった。当然、新商品は製造できない。

購買済みの広告枠をどう活用するか

 だが新商品のプロモーションに向けて、テレビCMをはじめとする広告枠は既に買い付け済みだ。撮影予定日も20年3月12日と決まっていた。どの商品を宣伝すべきか。鹿毛氏はマーケティング戦略の大幅な転換を迫られた。その決断の結果が、冒頭の消臭力のテレビCMの放送というわけだ。このマーケティング戦略の転換が奏功し、「店頭販促をできていないにも関わらず、(消臭力の)売り上げは落ち込むことなく前年水準を保てた」と鹿毛氏は胸をなでおろす。

 では鹿毛氏はどのようなロジックで、宣伝する商材や広告クリエイティブを決めていったのだろうか。まず、このような状況下における企業の広告活動は、「商品価値やベネフィットを情報として届けるだけでなく、人に対する気持ちを伝えることが求められる」と鹿毛氏は言う。

 例えば、エステーの商品の多くは除菌効果を持つ。店頭の販促物で「除菌」を強く打ち出せば、売れる可能性が高い。だが「コロナ対策で除菌をうたうと、短期的な収益は得られても、中長期的に見れば顧客からの信用を失う可能性がある」と鹿毛氏は言う。有事において消費者は特に敏感だ。そうは言わずとも、便乗商法と思われることを懸念した。人に寄り添った広告クリエイティブを作る上で、鹿毛氏は企業理念に立ち戻った。キーワードは「空気」だ。

 エステーの企業スローガンは「空気をかえよう」である。部屋だけでなく暮らしの空気、日本の社会の空気を変えることを目指す。そのスローガンには商品はもちろん、広告宣伝もその役割を求められる。

 鹿毛氏が決断を迫られた2月は感染者数こそまだ少なかったものの、国内ではマスクの品薄による高騰や外出自粛が叫ばれるようになるなど、事態の深刻化の予兆が現れ始めていた。「世の中が閉鎖的な空気になる予感があった」と鹿毛氏は言う。自身も在宅業務になる中で「頭をグッと抑えられたような感覚」を覚えた。病院では医師にストレスによるものと診断された。「自分は陽気にやっているつもりだったが、どこかで気が滅入っていた」と鹿毛氏は振り返る。そして、おそらく自分たちの顧客も同じであろうと考えた。

 そこで、この空気をかえようというメッセージを思い立つ。エステーの主力商品である消臭力のベネフィットであり、同時にコロナ禍で閉塞的な気持ちを変えようという情緒的なメッセージになり得る。こうして商材は消臭力に決まった。鈴木貴子社長からも「こういうタイミングだからこそ、良いコマーシャルを作ろう」と激励を受けた。

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