
世界で巻き起こる食分野のイノベーション、「イノベー食」を取り上げる本特集。最終回の今回は、膨大なレシピデータを基にキッチン家電と連携したり、小売店での買い物体験を変えたりと、食領域のDX(デジタルトランスフォーメーション)を進める「キッチンOS」のプラットフォーマーに迫る。
新型コロナウイルスの猛威は、私たちの「食への関心」を改めて高めている。外食産業の多くが店を閉め、デリバリーを始めた。人々は近所のスーパーで食材や冷凍食品を買い求め、家で料理をする機会が増えている。自分でつくる食事の楽しさを再認識している人がいる一方、料理のわずらわしさやレパートリーの少なさ、栄養バランスの悪さを感じている人たちも少なくないだろう。
それ故、「食材をセットするだけで、プロ並みの“技”で自動調理してくれる家電」や、「ストック食材を検知し、お薦めの料理レシピを提案してくれる冷蔵庫」など、先端のキッチン家電へのニーズが高まっている。これらネットワークにつながる最新のキッチン家電の先端機能を実現している“裏方”が、今回取り上げる「キッチンOS」だ。
キッチンOSとは、パソコンの世界に例えるならWindowsやMacOS、モバイルに例えるならiOSやAndroidと同様で、料理レシピやそれに応じた調理コマンドなど、幅広くキッチン関連のアプリケーションが動くデータ基盤を指している。
既に海外では、「食領域のGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)」ともいえる、キッチンOSのプラットフォーマーが複数出現。限定領域ながら、家電のみならず、小売りやレシピデータを生かした健康サービスなど、今後の波及ジャンルは計り知れないものがある。キッチンOSは一体誰がどのように主導してきているのか、その成り立ちをスタートアップの視点と大企業の視点から解説していこう。
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キッチンOSを主導するスタートアップとは?
キッチンOSを主導しているのは、レシピを起点とする米イニット(Innit)、米サイドシェフ(SideChef)、米シェフリング(Chefling)と、スマートスケールをベースにしている欧州のドロップ(Drop)というスタートアップたちだ。特にイニットやサイドシェフは家電メーカーとの連携にも積極的で、キッチンOSのツートップといえる。
イニットは、最初はキッチン家電のIoT化に注力し、当初は北米大手家電メーカーのワールプール・コーポレーション(Whirlpool Corporation)と協業していたのだが、「ネットワーク化」「調理家電制御ソフトのオープン化」に難色を示した同社と決裂。自らレシピから制作してきた。
面白いのは、書籍のような単なるレシピ集ではなく、ユーザーごとに最適な材料、調理方法を制御できる「複合的なデータベース」づくりを最初から志向してきたことだ。イニットのアプリで、食の嗜好性、食べられないもの、使いたい食材、利用するキッチン家電を指定することで、ユーザーごとに最適な調理方法を選択してくれる。その情報をコマンドとして対応キッチン家電に送ることができ、調理を制御する。調理方法はプロのレシピに従っており、食材ごとに最適の温度調節までしてくれる。家に居ながらにして、プロの調理を楽しめるのが魅力だ。
また、オンライン動画レシピサービスからスタートしたサイドシェフは、「まったく料理ができない、経験したこともない人」を想定した丁寧で分かりやすい食材の説明、料理方法の見せ方で人気を集めてきた。動画レシピの楽しさや、そのレシピ通りに自宅の対応家電が調理してくれるのがヒットの要因だ。各社とも豊富なレシピマニュアルをデータ化し、家電製品を制御するアルゴリズムの優劣を競っている。
こうした新興勢力に対して、大手家電メーカーも新しい機能を備えたキッチン家電を開発してきた。欧米中韓の家電メーカーはスマートホームとして自社の家電同士をIoT化して連携させる動きを進めてきた。韓国LGエレクトロニクスは「LG ThinQ(シンキュー)」という自社の家電同士をつなぐプラットフォームを構築しており、キッチンOSやスタートアップの家電もLG ThinQに連携できるようオープンにしている。ワールプールもレシピサイトのヤムリー(Yummly)を買収することでキッチンOS機能を獲得。家電だけでは差別化できず、生活者理解も深まらないため、スタートアップの力を借りている格好だ。
スタートアップと大手が次々に提携
そうした背景もあり、現在、海外のスタートアップと大手家電メーカーは、上図のように提携・連携へとシフトしている段階だ。日本では、自社の製品を制御する仕組みをオープン化し、他社のレシピデータと連動することに抵抗を感じる企業も少なくない。だが、海外では「新しい価値」を重視して提携の道を選んでいる企業が多い。
この動きはスマホとアプリの関係に似ている。スマホならば、どのアプリでもダウンロードできるのが普通だから、キッチン家電でも、いろんなレシピデータや調理法という“アプリ”に類するものを利用できたほうが、消費者にとっては魅力ある製品になるという発想だ。そのため、家電メーカーは1社のみならず、複数の会社のキッチンOSを使えるように全方位外交を取り始めている。
19年に開催された「CES 2019」では、米GEアプライアンスが先述した料理レシピスタートアップのイニットやサイドシェフ、ヘスタン・キュー・スマートクッキング(Hestan Cue Smart Cooking)などとの連携を表明した。また、韓国・LGエレクトロニクスも自社の調理家電にイニット、サイドシェフに加え、ドロップ(Drop)などのアプリを搭載。ドイツのボッシュ(Bosch)も、17年に買収したキッチンストーリーズ(Kitchen Stories)をはじめ、サイドシェフやドロップといったレシピアプリと連携している。冒頭で紹介した、冷蔵庫にある食材の在庫管理、およびそこからお薦め料理を提案する機能は、シェフリング(Chefling)と提携したボッシュの冷蔵庫で実装されている。
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