キャラクターなどの知的財産を活用したIP軸戦略を推し進めるバンダイナムコエンターテインメント(BNE)。グループのアニメ制作会社サンライズで『機動戦士ガンダム』関連プロジェクトをけん引し、2019年4月に同社の社長に就任した宮河恭夫氏は「2020年、エンターテインメントの世界にはゲーム、映像などの枠を超えた大きな変化が訪れる」と語る。
――BNEにとって、2019年はどういう1年でしたか?
宮河恭夫氏(以下、宮河氏) 18年から、エンターテインメントの世界は大きく変わる。そんな気配を感じるようになりました。そこで、我々もどう変わっていけばいいのか、ビジネスをどう維持拡大すればいいのかと考え、準備をしていたのが19年です。
――変化するエンターテインメントに対する準備とは、具体的にどのような?
宮河氏 クラウドはすでに一般化し、5Gなど新しい技術も登場したことで、流通配信が変わったのはもちろん、ゲーム、映像といったジャンルも境目が曖昧になってくるなど、エンターテインメントそのものが変わりつつあります。そういう状況の中で我々は本当の意味で消費者目線に立っているんだろうか、そして本当にグローバル化しているんだろうか、というところをすごく考えました。
例えばあるイベントで『ドラゴンボール』のブースがあったとして、ゲーム、映像、フィギュアと事業部ごとにバラバラにブースが設置されていたんですね。これはダメだろうと。ドラゴンボールが好きな人は、同じ場所でゲームも映像もフィギュアも見たいはずですから。今は、ようやくIPでくくり、同じブースで『ドラゴンボール』のゲーム、映像、フィギュアに触れることができるようになりました。消費者目線というのはつまりそういうことです。
20年はこの動きを組織にも広げます。IPでくくる。これがバンダイナムコグループで推すIP軸戦略なんです。これまで家庭用ゲーム、モバイルコンテンツ、ライブ/イベントなどで分けていた事業部をIPでくくる組織改編を進めています。
ジャンル縛りでは出口は広がらない
――組織を『ガンダム』『アイドルマスター』といったIPで分けるというのは、かなり大きな改編ですね。どんなメリットがあるんでしょうか?
宮河氏 確かに、現場には少なからず混乱もあるでしょうね(笑)。でも結局、おのおのがプラットフォーム縛り、ジャンル縛りでゲームだけ、映像だけやっていては、出口が広がらない。
IPで組織をつくることによって、例えば『アイドルマスター』だけに、あるいは『ドラゴンボール』だけに注力できるようになる。1つのIPに注力して、ゲームもやれば映像もやるしライブもやるということは、とても重要だと思います。
かつて僕自身が『ガンダム』のさまざまなプロジェクトに携わって、それこそゲーム、映像、ガンプラ、そしてガンダム立像までやった。その経験からすると、そこで初めて知ることもあって、ビジネスの幅も広がるわけです。とても大事だと思いますね。
グローバル化は国ではなく言語単位で考える
――グローバル化に関してはどのような取り組みを?
宮河氏 国内市場に関しては「パイは広げて、比率は下げましょう」というのがあります。言ってしまうと、ワールドワイドの売り上げの中で市場全体が大きくなっていれば、その結果として日本の比率は下がってもいいんです。
20年1月に発売した『ドラゴンボールZ KAKAROT』で言うと、日本語、英語をはじめ15言語で出していますが、約半数が英語でプレーしています。日本語でプレーしているのは約1割、アジアの各言語はそれ未満で、残りの4割弱はその他の言語(フランス語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語、ブラジルポルトガル語、ニュートラルスペイン語、ロシア語、ポーランド語など)です。日本の相対的な比率は下がってもいいんですね。それよりたくさんの地域で遊んでもらうことが大事だと。
もちろん国内の売り上げは成長させないといけませんが、もっと世界に目を向けて活動し、ワールドワイドでしめる日本の比率は下がってもいい。それが我々の考えるグローバル化です。
さらにポイントになるのが、国単位ではなく言語単位でグローバル化を考えることです。米国だから英語っていう考え方ではダメ。米国にはスペイン語を母国語とする人もいれば、韓国語や中国語を使っている人たちもいます。フランスにだってスペイン語やほかの言語を使う人がいるわけです。そんな風に国境でグローバル化を意識せずに、言語単位で考え直すと世界地図は一変しますよ。
パッケージの時代は、流通の関係もあり、「米国版はどうする」「フランス版はどうする」と、国で捉えることに意味がありました。でも、今はもうネットからダウンロードする時代。実店舗、つまりフィジカルな売り場よりネットで買う人が増えているわけですから、どの国にいても自分の言語のものをダウンロードすればいいんです。実際、ゲームのダウンロード販売に関しては、米国ではすでに半数を超えています。日本ではまだ割合としては低いですが、それもどんどん増えていくでしょう。
――どんどんインターネットにシフトしていくと。
宮河氏 とは言いつつ、実は僕、フィジカルマーケットっていうのも大事だなとも思っているんです。
――これからはゲームや映像のダウンロードをはじめとして、フィギュアなどもネットで買うのが主流になっていくのでは? そうした流れの中で、フィジカルマーケットの重要性というのはどういう意味合いがあるのでしょうか。
宮河氏 東京・お台場に「THE GUNDAM BASE TOKYO」というガンプラを主体にした総合施設があるんですが、ここでガンプラがすごく売れています。ネットを使えば割引価格で買える商品もあるのに、わざわざお台場まで足を運び、定価で買われるんですね。僕は、店舗に行くこと自体が消費者をワクワクさせるのではないかと思うんです。その場所に行くということ自体が楽しいから店舗に足を運んでくれる。そういう場をつくることが大事なのです。
僕は「垂直立ち上げ」という言葉が嫌いなんです。何か新しいものを仕掛けるときに、あれもこれもと用意して売り出すやり方が好きになれない。
あれもこれもではなく、最初は消費者の心に刺さるもの。それが絶対必要だと考えています。それがあるからこそ映像のファンもフィギュアが欲しくなり、ゲームにも興味を持つんじゃないかと。
始まりはゲームでも映像でも何でもいい。フィギュアから始まってもいい。それが消費者の心に刺さるから人気が出て、さまざまなビジネスに広がっていく。そうなると、ネットでの割引価格などは関係なくなって、テーマパークに行くときのようにワクワクした気持ちでフィジカルマーケットを訪れて買ってくれるようになるんじゃないでしょうか。
理想は自社と他社のIPが半々
――まさにバンダイナムコグループのIP軸戦略とつながりますね。ところで、BNEが扱うIPにはオリジナルIPと他社のIPがあります。今後はオリジナルIPを増やしていくのでしょうか。
宮河氏 目標はオリジナルIPと他社IPが半々になることですが、オリジナルはまだ少ないです。やはり、オリジナルIPを生み出すのは相当難しいですから。
一方で、他で生まれた素晴らしいIPを我々が預かれば、その経済圏を絶対に大きく広げられますよというのがバンダイナムコグループの強みです。その強みを生かしながら、オリジナルIPについてはじっくりと考えていこうと。
――他社IPの経済圏を広げていくと、結果的に敵を育ててしまうということにはなりませんか?
宮河氏 そうなっても問題ありません。エンターテインメントの世界にはシェア争いがないので。むしろ、他社からでも大きなヒット作が出れば、業界全体が盛り上がる。大歓迎です。
普段、映画を年5回見ている人が、1本のヒット作で映画により興味を持ち、年に10回見るようになったら、業界全体が盛り上がるじゃないですか。業界がしぼんでしまったら、各社が独自に何かやろうとしても大変です。
――1つのIPを軸に、ゲーム、映像、フィギュアなどといったビジネスに広げ、さらに新しいビジネス創出を考えていくというのは、そう簡単なことではないと思うのですが。
宮河氏 BNEには今年で2回目になる「バンナムSEED」という社内プログラムがあるんです。新規事業のアイデアや起業アイデアを募り、面白いものには資金を出して実際にやらせます。先日もそのプレゼン大会があり、すぐにでもやらせたいものが出てきました。僕の基準では「こういうことをすると、これだけもうかります」というのではダメ。重要なのはどれだけ情熱があるかです。
19年、国内男子プロバスケットボールリーグ「B.LEAGUE(Bリーグ)」の「島根スサノオマジック」の経営権を取得しましたが、これも事業アイデアを出した若い社員が、自ら島根に骨を埋める覚悟で行くと宣言したわけです。それだけやる気があるならやってみなさいと。エンターテインメント業界にかかわらず、今の日本でそういう挑戦者が減ってしまったように感じるのが、とても寂しいですね。ですから、僕は社員に「常に挑戦する気持ちを持って仕事をしてください」と強く呼びかけています。
――プロバスケットボールとIP軸戦略にはどんな関わりがあるのでしょうか?
宮河氏 プロバスケットボールという競技はIPにならないけれど、スサノオマジックというプロチームがIPなわけです。これからそのIPをどう育て広げていくか。それを今、考えています。
僕も島根に行ってスポーツの試合を、初めて最初から最後まで真剣に観戦したんですが、とても面白かった。そこで、はたと気づいたんです。これまで自分が手掛けてきたものは、映像にしろライブにしろ、シナリオがあり演出があって人々を楽しませるもの――。ちょっと言いすぎかもしれませんが「嘘の世界」をつくってきた。でも、スポーツにはシナリオも演出もない。それがなくても人を楽しませることができるエンターテインメントなんですね。十分にエンターテインメントビジネスとして拡大する価値があります。
我々が扱うのはエンターテインメントです。だから、エンターテインメントの枠を外れないのであれば、若い社員にはなんでもやってみなさいと言っています。
――最後に個別のタイトルの20年の動きを聞かせてください。
宮河氏 まずパックマンが40周年を迎えます。それに合わせて、米国発でいろいろなものを出していきます。北米でのパックマンの知名度は、日本にいると想像できないくらい圧倒的なんですよ。僕は最近、パックマンとコラボしているアパレルを着ることが多いんですが、米国ではホテルのフロントで「パックマン!」と言われることがすごく多い。
ファンの年齢層は40代が中心ですが、今考えているのは、その人気をその下の世代にも広げる、親子2代で楽しめる仕掛けです。そういうのはバンダイナムコグループの得意とするところなので。
――サンライズ時代に手掛けてきた「ガンダム」はどうでしょう?
宮河氏 ガンダムに関しては、すでに話題になっている実物大の「動くガンダム」のプロジェクト「ガンダム GLOBAL CHALLENGE」が、20年夏に向けて進行中です。状況は「YouTube」で見られます。またガンダムとシャア専用ザクのプラモデルを搭載した超小型衛星「G-SATELLITE」が国際宇宙ステーションから宇宙空間へ放出される「G-SATELLITE 宇宙へ」もあります。僕の立場はサンライズからバンダイナムコエンターテインメントに変わりましたが、日本から世界へ発信していくイメージを持ちながら、グループ全体でガンダムを盛り上げていきます。
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(写真/稲垣純也、写真提供/バンダイナムコエンターテインメント)
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