星野リゾート代表の星野佳路氏は社名の「星野リゾート」をマスターブランド、「星のや」「界」などの各施設を「サブブランド」と呼ぶ。その中で同時にブランド展開を開始したのが「リゾナーレ」と「界」だ。ラグジュアリーブランドの「星のや」に続く第2、第3のブランド誕生のきっかけとは……。

星野リゾート代表の星野佳路氏
星野リゾート代表の星野佳路氏

「リゾナーレ」の再生からブランド展開へ

 「リゾート運営の達人になる」というビジョンを掲げていた星野リゾートが、初めて再生・運営を手掛けた案件が「リゾナーレ八ケ岳」(山梨県北杜市)だ。経営難に陥ったこの施設をまさに“達人”のごとく黒字転換させることで、星野氏はその手腕を広く知らしめた。同時に「リゾナーレ八ケ岳」は、その後、2011年にブランド展開を開始することになる、リゾナーレブランドの萌芽(ほうが)となる案件でもあった。


星野佳路代表(以下、星野) 1991年に星野温泉旅館を継いで以降、軽井沢以外の施設に手を出せる状態ではなかった星野リゾートにとって、軽井沢を出るチャンスとなったのが、2001年に手掛けた「リゾナーレ八ケ岳」の再生です。金融機関から頼まれて引き受けた案件でしたが、当時は集客率が半減し、大赤字でした。

 実際、現地に行ってみると、ちょっと高級なイメージはあるものの、殺風景で楽しくないし、料理もおいしくない。売り上げが半減するのももっともだと思いました。しかしそれ以上に驚いたのが、そうした状況だったにもかかわらず3~4割の客室が埋まっていたこと。逆にあの施設で3~4割も埋まる理由がどうしても分からなかった。

 そこで最初の仕事として立ち上げたのが、リゾナーレ八ケ岳の将来を決めるコンセプト委員会。そして「なぜお客さんが来なくなったのか?」ではなく、「なぜいまだにお客さんが来るのか?」を徹底的に研究しました。それこそスタッフが、毎日お客さんに対して「どうしてここを選んだんですか。もっと魅力的な所はいっぱいあるじゃないですか」とヒアリングしたわけです。

 その結果、特に子供づれのファミリーが来ざるを得ない理由が分かってきました。まず、彼らは車での移動を望むため、高速道路のインターチェンジのそばが便利だということ。そして子供が我慢して車に乗っていられる3時間以内で着ける場所にあること。さらに子供を楽しませるための“キラーコンテンツ”となるプールがあること。ファミリーが来る理由は、たったそれだけでした。