※日経トレンディ 2020年4月号の記事を再構成

森岡流「地方創生術」、その意義と秘策に迫る2回目。「刀」との協業を発表した西武園ゆうえんちのリニューアル工事がスタート。森岡流の地方を元気にする3箇条は、同園に当てはめるとどうなるのか。「顔(ブランド)」として定めたのは「幸福感」だ。「古さを利用する」逆転の発想で、既存の資産も生かしながら復活を目指す。

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リニューアル発表会で固く手を取り合った、西武ホールディングス社長の後藤高志氏と「刀」CEOの森岡毅氏
リニューアル発表会で固く手を取り合った、西武ホールディングス社長の後藤高志氏と「刀」CEOの森岡毅氏
古さを懐かしさに昇華する西武園ゆうえんち、新たな顔は「幸福感」(画像)
「古さ」を逆手に取り、「古き良き時代の日本」を文脈に設定。今あるものをより良く見せる。顔は「心あたたまる幸福感に包まれる世界」

 「刀」の関東におけるテーマパーク協業の第1弾、埼玉県所沢市の西武園ゆうえんちのリニューアル工事が始まった。

 同園は1950年に開業した老舗パーク。大観覧車や展望タワーなど、「高い所から景色を楽しめる」アトラクションや季節を感じる催しが人気を呼び、西武線沿線の住民を中心に愛されてきた。90年代にはSMAPのデビュー発表コンサートも開かれたが、施設の老朽化などの影響で入園者が減少。現在の年間入園者数は、ピーク時の88年度の約4分の1に落ち込んだ。

■入園者数はピークの4分の1
注)西武鉄道の資料を基に作成
注)西武鉄道の資料を基に作成

「古さ」を逆手に「懐かしさ」へ昇華

 運営する西武グループと刀が、約2年にわたり協議。「最大の課題は選ばれる理由、つまり“顔”が無いこと」と見極め、新しい顔をつくることとした。コンセプトは、60年代の日本をベースにした「心あたたまる幸福感に包まれる世界」。森岡氏は、その理由を次のように語る。「実際に園内を歩くと、老朽化というよりアンティークに近い趣が感じられる。消費者の頭の中の文脈を変えれば、『古い』を『良い』に転換できると閃きました」。すなわち、弱点を逆手に取った戦略だった。

 具体的には60年代の懐かしい街並みを再現しつつ、「おせっかいなほど人懐っこい、人々との触れ合いを体験できる人情味あふれる世界」を構築する。

 「60年代というと若い人には無関係と思われるかもしれないが、実は調査をすると、来場意向が最も高かったのは10~20代の若者でした。映画やドラマなど、様々なメディアで60年代の日本が取り上げられているため、記憶の“刷り込み”がなされているのでしょう。若い人には新しさと懐かしさを同時に感じられる施設になります。もちろん実際に60年代を体験した年配者も取り込める。老若男女問わず、幅広い世代が楽しめます」と森岡氏。

 ただし「昭和のテーマパークをつくりたいわけではない」と森岡氏は強調する。昭和は世界観を形成するための素材の一つであり、目指すのは「心のふるさと」。ハード面だけでなく、ソフトウエアも大事になるため、現場でサービスを提供するスタッフを含めて、世界観の完成度を高めていく。

 リニューアルの予算は約100億円。ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)では「ハリー・ポッター」のエリアだけで予算450億円を投じたことを思えば、決して多い額ではない。しかし「小さく生んで大きく育てる」を信条とする森岡氏にとっては、織り込み済みの数字。逆転の発想によって、既存のアトラクションなどの資産を生かせるのも強みだ。

■西武園ゆうえんち 70年ヒストリー
 1950~70年代 
●1950年、開業
西武鉄道が手掛けたレジャー施設開発の一環で「東村山文化園」としてスタート。後に改名
西武鉄道が手掛けたレジャー施設開発の一環で「東村山文化園」としてスタート。後に改名
●1951~65年、初期アトラクション導入期
ウオーターシュート(右)や観覧車(左)、ジェットコースターなどのアトラクションが新設された
ウオーターシュート(右)や観覧車(左)、ジェットコースターなどのアトラクションが新設された
●1970年西武園プール営業開始

 1980年代 
●東京ディズニーランド(TDL)に対抗。1981~88年、大型アトラクション導入期
82年に導入された大観覧車。高い所から湖などの景色が楽しめる
82年に導入された大観覧車。高い所から湖などの景色が楽しめる
85年に完成した絶叫マシンのループスクリューコースターは、日本最大規模を誇った
85年に完成した絶叫マシンのループスクリューコースターは、日本最大規模を誇った
季節感を味わえるのも西武園ゆうえんちの魅力。88年にはアイススケートリンクが開かれた
季節感を味わえるのも西武園ゆうえんちの魅力。88年にはアイススケートリンクが開かれた
 1990年代~ 
●1991年、SMAPデビュー発表コンサート開催
●季節感を強化
97年に営業を開始したウォータースライダー。夏のプールは今も西武線沿線住民を中心に、にぎわいを見せている
97年に営業を開始したウォータースライダー。夏のプールは今も西武線沿線住民を中心に、にぎわいを見せている
プールの“二毛作”。2003年に営業を開始したニジマス釣り場
プールの“二毛作”。2003年に営業を開始したニジマス釣り場
●2010年、イルミネーション開始
近年は、既存設備を活用したイベントを展開。冬に人気を集めるイルミネーションは10年に開始
近年は、既存設備を活用したイベントを展開。冬に人気を集めるイルミネーションは10年に開始

真の狙いは「母親」

 もちろん若者層を意識した新アトラクションも登場させる予定はある。しかしながらその実、今回のリニューアルにおける“本当”の重点ターゲットは、「母親」だ。「実現したいのは、遊びにこられたお母さんが、『今日はいい母親になれた』と実感できるパークなのです」と森岡氏は理想を明かす。「『自分は、やっぱり幸せなんだ』と思えれば、明日への活力も湧く。これこそが真に提供すべき価値だと考えます」。

 母親の心をつかむために、深層心理に関する調査・探究も綿密に重ねた。一例を挙げれば「カギ刺激」。ある感情や記憶を呼び起こすカギとなる刺激のことで、幼少期の原体験とひも付いていることが多い。「幸福感」で言えば、親に守られた幼少時代、何も考えずに「この世界って幸せだな」と思えた体験がそれに当たる。新生パークには、懐かしさは引き金として、感動を発生する装置を満たす予定だ。

 「テーマパークは東京ディズニーリゾート(TDR)やUSJばかりではない。西武園ゆうえんちが持続可能な事業として再生できれば、日本各地の同様の施設にも勇気を与えられるはず」と森岡氏は意気込む。西武線沿線のみならず、関東一円からやインバウンドの集客も狙うプロジェクト。既存・新設を問わず、地方のテーマパークの可能性を示す試金石となる。

■西武グループ×「刀」のコラボ
西武グループのチームと刀のチームが一体となって綿密に協議を重ね、プロジェクトを推進している。写真は実務担当者の会議
西武グループのチームと刀のチームが一体となって綿密に協議を重ね、プロジェクトを推進している。写真は実務担当者の会議
リニューアル前
空中ブランコやメリーゴーラウンドなど懐かしいアトラクションも健在だ
空中ブランコやメリーゴーラウンドなど懐かしいアトラクションも健在だ
自然と緑に囲まれた、敷地約20万平方メートルのパーク
自然と緑に囲まれた、敷地約20万平方メートルのパーク
古さを懐かしさに昇華する西武園ゆうえんち、新たな顔は「幸福感」(画像)
2021年リニューアル開業イメージ
日本が希望に満ちあふれていた1960年代をモチーフに、温かい幸福感を提供する。人情味あふれる接客も仕掛けの大きなカギに
日本が希望に満ちあふれていた1960年代をモチーフに、温かい幸福感を提供する。人情味あふれる接客も仕掛けの大きなカギに

西武グループの統帥に聞く! エリア活性化に懸ける「意地」と「責任」

後藤高志氏
西武ホールディングス 社長
1972年東京大学経済学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)に入行。2004年みずほコーポレート銀行副頭取。05年から西武グループの再建を手掛け、06年から現職。西武鉄道の会長、埼玉西武ライオンズのオーナーも兼務

今回のリニューアルの意義は?

後藤高志氏(以下、後藤氏) 所沢を「通過する街」から「働きたい、住みたい、訪れたい街」にし、西武沿線を選ばれる土地にするのが、我々の戦略です。所沢は西武新宿線と池袋線の結節点であり、西武グループ全体にとって未来まで大切にすべき拠点。豊富な資金を生み出す、企業価値向上の源泉といえる場所です。西武園ゆうえんちのリニューアルは、所沢を中心とした大規模開発の一環です。

西武園ゆうえんちの位置付けとは。

後藤氏 所沢エリアで長い歴史を刻んできた、無くてはならない集客施設です。都心から僅か30キロ圏内と立地条件も良く、多摩湖、狭山湖という風光明媚な景観にも恵まれている。近くには日本で12球団しか無いプロ野球チームの一つ、埼玉西武ライオンズのホームグラウンドがあります。そういう中で70周年記念事業として、西武園ゆうえんちをもう一度バリューアップしようと決めました。所沢エリア全体の価値を引き上げる意味でも、活性化の起点となる重要なプロジェクトといえます。

集客が4分の1まで落ちて、「閉園」という選択肢は無かったですか?

後藤氏 閉園する選択肢は考えられません。そこには意地があります。何より、歴史ある施設をもう一度よみがえらせる責任が、我々にはあります。私自身、西武鉄道の沿線で育ちましたから、中学や高校時代、マラソン大会などのイベントがあるたびに西武園ゆうえんちに行ったものです。それこそ1960年代の思い出が詰まった忘れ得ない場所です。

森岡 毅氏(以下、森岡氏) 西武園ゆうえんちが多くの来園者を集めた時代は、確かな顔を持っていました。今回のリニューアルは、人々の記憶に刻まれている幸せな時間を取り戻そうという試みでもあります。

後藤氏 私が西武グループの再建を託されたのが2005年。そのときには、「ライオンズはいつ売るのか」という話題になった。でも売らずに、チームの魅力を高める道を選びました。その結果、19年の観客動員数は約182万人と過去最高を更新しました。ドームに所沢市外や沿線外からも足を運んでいただけています。西武園ゆうえんちも、そんな実りを結ぶと信じています。

森岡氏 プロ野球の本拠地と遊園地がある所沢は、正しいマーケティングを実施すれば、今以上に素敵な場所に変わるのは間違いない。沿線外からの人の流れも生み出したいですね。

後藤氏 そのためにはアトラクションの新設やテナントの入れ替えだけでなく、テーマパークを根本から捉え直す必要があると判断し、成功の道筋を豊富な知見を持つ森岡チームに託しました。所沢を「訪れたい場所」に変えることで、埼玉、そして関東の経済を活性化し、日本の観光大国化に貢献したい。私はいつも、やると言ったらやります(笑)。

ドームと遊園地との相乗効果は?

後藤氏 私としては、結び付きをもっと強くしていきたいと考えます。両者をつなぐ交通手段であるレオライナー(西武山口線)のバリューアップも必要ですし、その他にも西武鉄道が中心になって進められる工夫は、いくつもあるでしょう。

遊園地へのアクセス改善については、どうお考えですか?

後藤氏 今後は、それも当然視野に入ってくるでしょう。近年は昔と違って、鉄道のダイヤもイベントなどに柔軟に対処できます。ライオンズの試合終了に合わせて臨時電車を走らせたことも、チームの人気上昇に一役買いました。西武園ゆうえんちについても同様の対処は必要になるでしょう。

 ハード、ソフト両面でパーク全体の魅力の最大化を図っていきます。そのためには森岡さんの優れたマーケティング力はもちろん、関東の人間には無い、関西的なウイットに富む発想にも大いに期待しています。

(写真/大髙和康)