※日経トレンディ 2020年4月号の記事を再構成
USJを全国区に押し上げた森岡毅氏が率いる、マーケティング精鋭集団「刀」。エンタメビジネスはいわばお家芸だ。刀が指し示す、持続可能な地方創生事業の成功モデルとは何か。その意義と秘策を探る特集の1回目は、地方を元気にするための集客施設づくりにおける3箇条を明らかにする。
戦略家・マーケター
マーケティング会社「刀」の代表CEO
2020年1月30日、USJ再建の立役者・森岡毅氏が率いるマーケティング会社「刀」が、大和証券グループ本社との資本業務提携を発表した。壇上の森岡氏は、両者が手を組んだ意義を、熱く次のように語った。
「我々の想いは純粋で、その地域にとって掛け替えのない、持続可能な事業を生み出し、地方創生へと導くこと。望みは、ただそれだけです。『地方』という言葉はあまり好きではありませんが、地域の人々に誇りに思ってもらえたとき、我々の事業は初めて意味を持つでしょう。そうなるべく、刀のノウハウのすべてを生かしていきます」
大和証券グループ本社から、経営権に影響の無い出資で140億円の資金を調達した刀は、まずは創業時から着々と準備を進めてきた、沖縄北部にテーマパークを建設する事業に30億円を投入。大自然の魅力を体感できる集客施設の実現に向けてアクセルを踏み込んだ。
USJを全国区に押し上げた森岡氏が率いる刀にとって、テーマパークをはじめとするエンターテインメントビジネスは、“お家芸”ともいえる。計画中の沖縄の他、既にネスタリゾート神戸(兵庫県三木市、旧グリーンピア三木)と、西武園ゆうえんち(埼玉県所沢市)の再生を手掛けており、さらに横浜市のIR事業への参画を目指す。
テーマパークが地方創生に結び付く理由を森岡氏は、「観光事業における、人を動かす装置として実に有効ですから」と明快に言い切る。
「地方に魅力的なテーマパークができて東京や大阪から人が行くようになれば、それだけ経済が動くわけです。そしてエンターテインメントというものは、どの地域においても、その土地柄を生かした切り口を必ず見つけられる。我々としては、その土地の特徴や地域文化を生かした価値を新たに生み出すことによって、人が集まってくる構造をつくりたい。そうすれば、持続可能な地方創生事業の成功モデルを示すことができますから」
それはまた、刀が社是として掲げる「日本をマーケティングで元気にする」という大義にかなう、と森岡氏は言う。
「人と金が動く構造を客観的に考えれば、東京や大阪以外の地域が元気になった方が、日本にとって明るい未来が開けているのは明らかです。今後は地方創生の根幹を生む事業に、より注力していきたいと考えています」
「小さく生んで大きく育てる」が成功の秘訣
現実問題としては、高度経済成長期からバブル期にかけて建設された遊園地やテーマパークが、2000年代に入って数多く廃業しているのは事実だ。森岡氏もテーマパークが「難易度が高い事業」であることは熟知している。しかし自信はある。「正しいマーケティングを駆使すれば、成功する確率は飛躍的に上げられます」。米国ではテーマパークが投資産業と見なされており、「不安が残る日本の現状を変えていきたい」と意気込む。
テーマパークを成功させるには、かつてのハコモノ行政のように「大型の施設を建てる必要は無い」とも森岡氏は明言する。「大事なのは、小さく生んで大きく育てること。人が年にどのくらいの時間をレジャーに費やし、その中で特定のテーマパークを選ぶ確率はどれくらいか。個々のデータを見極めて、投資計画を立てれば、事業は持続できます。逆に最初に大きく生んでしまうと、それ以上育てることが非常に難しくなる。多くの施設の失敗パターンが、これに当てはまります。必要なのは、正確な需要予測。当たり前のことですが、需要より大きく投資することが失敗の本質です」。
無駄な投資をしないための秘訣は、テーマパークに関する情報を語るときの「文脈」を正しく設定して、「そこでなければ味わえない顔、すなわちブランドの際立った特徴をつくり上げることです」と森岡氏は説く。飲食店の例になるが、丸亀製麺との協業では、全店で麺を粉から作っているという事実に、「だから、いつも出来たてでおいしい一杯が食べられる」という価値を付加して、消費者のうどんへの嗜好を引き出した。「人は文脈次第で、ものの見え方や感じ方が変わる」が森岡氏の持論であり、さらには「信念を持って物事を見つめれば、必ずその特徴を生かせる文脈を見つけ出すことができます」と断言する。
クールジャパンパークを各地に
切り口や文脈を積み重ねることで、テーマパークは多彩な個性を見せる。USJでは複数のコンテンツを組み合わせて、若者たちが「ワンダメント(感動)」と「エキサイトメント(興奮)」を体感できるテーマパークに育てた。ネスタリゾート神戸は大自然を堪能できるのが強みであり、沖縄に構想中の施設は大自然の恵みとゴージャスな体験を同時に味わえる予定だ。また西武園ゆうえんちは、古き良き日本の情感に包まれる施設へと改良する。
「私の計算では極論、大別して5パターンほどを用意できれば、全国どこでも、その土地の特徴に合わせたテーマパークをつくれると思います。何(WHAT)を体感できるかについては、テーマパークの場合、興奮や心温まる幸福感など数が限られています。しかし、いかに(HOW)に関しては無限大。各地の事情に合わせて、施設ごとの差別化は必ず図れるでしょう」と森岡氏。
実際のところ、森岡氏は日本文化を発信するクールジャパンパークを各地に誕生させるという壮大な計画を温めている。「そうなれば、インバウンドの目的地は分散し、都市から地方各地への人の流れも生まれる。日本全体が元気になることは間違いありません」。つまり現在公表しているプロジェクトの数々は、まだ序章にすぎないのだ。
「私は常に未来から逆算して戦略を立てます。今、取り組んでいる事業のすべては、次にすべきことの布石なのです。どういう順にカードを切れば階段が上りやすくなるかを考慮しながら、事業を展開しています」
「ゴールから考える」型の戦略家である森岡氏にとって、全国各地のテーマパークによって地方創生を推進することは、「夢」ではなくて、あくまでも具体的な「ステップ」である。彼の頭の中には、まだ誰も想像し得ない未来の日本の姿が鮮明に映し出されている。
(大阪市。2010~17年1月在職)
ハリウッド映画関連のコンテンツの枠を取り払い、「ハリー・ポッター」の他、「ONE PIECE」「モンスターハンター」など日本の多様なコンテンツを組み合わせて集客力を上げた
西武園ゆうえんち
(埼玉県所沢市。2021年にリニューアル開園予定)
1960年代の「古き良き日本」の心温まる幸福感を打ち出し、関東一円およびインバウンドの集客を狙う
ネスタリゾート神戸
(兵庫県三木市。2018年夏以降、順次強化)
「大自然の冒険テーマパーク」をコンセプトに設定し、関西から集客
沖縄の新テーマパーク
(沖縄県今帰仁村。2024~25年開業予定)
「やんばるの森」を生かした大自然の“プレミアムな刺激”で、国内とアジアの富裕層をコアに狙う
新!「日本発」クールジャパンパーク
コンテンツを盛り込んだ、クールジャパンのテーマパークを日本だけでなく、世界に輸出する
※ 第2回「古さを懐かしさに昇華する西武園ゆうえんち、新たな顔は『幸福感』」に続きます(第1回と同日公開)。
(写真/髙山 透、水野浩志)