アウディジャパン(東京・品川)は2020年9月、初の電気自動車(EV)「Audi e-tron Sportback 1st edition」を投入した。21年1月には同モデルのエントリーグレードやSUVタイプの「e-tron 50クワトロ」を発売。新型EV「アウディQ4スポーツバックe-tron」の早期投入も計画しているという。プレミアムブランドのEVはどんな仕上がりなのか。また日本投入の意義とは。

アウディ初のEV、Audi e-tron Sportback 1st edition(アウディ e-tron スポーツバック ファーストエディション)。価格はサイドミラーにカメラを使用するバーチャルエクステリアミラー仕様で税込み1346万円
アウディ初のEV、Audi e-tron Sportback 1st edition(アウディ e-tron スポーツバック ファーストエディション)。価格はサイドミラーにカメラを使用するバーチャルエクステリアミラー仕様で税込み1346万円

クルマの電動化、待ったなし!

 「2035年までに新車販売で電動車100%を実現する」――。菅義偉首相による施政方針演説を聞いて、驚いた人も少なくないだろう。しかしグローバルに目を向ければ自動車の電動化の流れは待ったなしで、日本もようやく電動化に向けて舵(かじ)を切る気になったか、という印象だ。

 15年に合意された「パリ協定」では、「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」という目標値が定められている。欧州連合(EU)の中でも、ドイツは30年までにエンジン車の廃止を連邦議会で採択しており、フランスでも40年までのエンジン車廃止を発表している。英国では35年までのエンジン車廃止をボリス・ジョンソン首相が宣言した後、30年に前倒しする勢いだ。

 トランプ前米大統領がパリ協定をほごにした米国ですら、カリフォルニア州において35年までにエンジン車の販売を禁止する方針を打ち出した。バイデン大統領が就任し、即座にパリ協定への参加を打ち出したのは記憶に新しい。さらに中国でも、35年までに新エネルギー車の販売比率を50%まで高める方針を打ち出している。

 これに対して日本は、30年までにエンジン車の販売比率を30~50%まで引き下げる目標値を掲げるにとどまっており、国際社会では出遅れが指摘されていた。現在、我が国におけるEV普及率が1%に満たない現実を直視すると、世界的には“緩い目標値”ですら、達成するには険しい道のりであることは想像できる。

 日本と同じ自動車大国のドイツは、10年から電動化に向けて産業構造まで変える長期計画を練ってきている。18年に発表された「National Platform for Electric Mobility(後に「National Platform Future of Mobility」に統合)」では、モビリティーの電動化を想定した上で識者による委員会を結成し、産業構造の枠組みの変革まで視野に入れている。これには電動化のみならず、自動運転、コネクテッド、代替燃料、交通システムといった幅広い分野が含まれている。

2009年に発表されたコンセプトモデルの「e-tron」。4基のモーターでアウディの代名詞である4WDを実現したスポーツカーだった
2009年に発表されたコンセプトモデルの「e-tron」。4基のモーターでアウディの代名詞である4WDを実現したスポーツカーだった

 前置きが長くなったが、アウディの電動モデル「e-tron」に話を移そう。筆者が「e-tron」なる車名を初めて聞いたのは、09年のフランクフルトショーでのことだった。当時まだ世の中は、低燃費ディーゼル車に沸いていた頃だ。

 アウディのフラッグシップ・スポーツカーである「R8」風のスポーティーなアピアランスを持つが、一回り小ぶりな2座クーペであった。前後に470キログラムものリチウムイオン電池を搭載し、6~8時間の充電で走れる距離は248キロメートルと限られてはいた。だが4基のインホイールモーター総合で230kW/4500Nmもの強大な出力を誇り、停止から時速100キロメートルまで4.8秒で加速する俊足ぶりを発揮する、いかにもコンセプトカーという仕様だった。

先進技術をいち早く投入するアウディ

 アウディというブランドから想像されるのは、「都会的で感度の高い人が選ぶプレミアムカー」という印象だが、「Vorsprung durch Technik(=技術による先進)」をスローガンに掲げ、フォルクスワーゲンブランドの中でもいち早く新たなテクノロジーを投入する位置付けにある。プラグインハイブリッド車(PHV)、ディーゼルPHV、ピュアEVに加えて、代替燃料車などのエコカーのコンセプトを発表し、13年には公道でのテストにこぎ着けた。

 そのアウディが18年9月に、ブランド初の市販EV「e-tron」を発表した。同社では24年までに電動化に120億ユーロの先行投資を行うと宣言しており、今後、発売される30車種の電動モデルのうち、20車種はピュアEVとなる。そのために4種のプラットフォームを開発する方針だ。

 そして日本にもようやく「e-tron」が上陸を果たした。テストに連れ出した「Audi e-tron Sportback 1st edition(以下、e-tronスポーツバック)」は、19年のジュネーブ・サロンで発表されたコンセプト・モデルの市販版だ。

 ちょっと待って、「A3 e-tron」ってハッチバックモデルがあったよね……と気づいた人はなかなかのクルマ好き。前述の通り、アウディではピュアEVもPHVも電気駆動のモデルには「e-tron」と総称していた時期があった。だが今回日本に上陸したモデルからは、e-tronはピュアEVに冠されるのだ。

アウディの象徴であるフロントの“シングルフレームグリル”のスリットは開閉式。空気抵抗を減らすとともに、必要に応じてバッテリーの温度管理に使うラジエーターに空気が当たるようになっている
アウディの象徴であるフロントの“シングルフレームグリル”のスリットは開閉式。空気抵抗を減らすとともに、必要に応じてバッテリーの温度管理に使うラジエーターに空気が当たるようになっている
サイズは全長4900×全幅1935×全高1615ミリメートル。全長、全幅で比べると同社のミドルサイズSUV、Q5より大きく、Q7より小さい
サイズは全長4900×全幅1935×全高1615ミリメートル。全長、全幅で比べると同社のミドルサイズSUV、Q5より大きく、Q7より小さい
クーペのように傾斜したリアウインドーが特徴的なリアビュー。当然ながら、排気のためのマフラーはない
クーペのように傾斜したリアウインドーが特徴的なリアビュー。当然ながら、排気のためのマフラーはない

 e-tronスポーツバックは、SUVながらスタイリッシュな5ドアクーペ風のスタイリングを持つ。全長4900×全幅1935×全高1615ミリメートルで、アウディらしい低く地面に食らいつくようなフォルムを実現している。

 そんなスタイルを見ているうちに「クロームで囲まれたフロントグリルなんて、エンジンのないEVに必要なのか」という疑念が湧いた。デザインする上で必要に迫られた結果なのかと思いきや、実はグリルシャッターを備えており、開閉によって空力性能を高めているという。EVでは空力の良しあしが巡航距離の長短につながり、つまりそのまま商品としての魅力に直結するのだから、決して形骸化した存在などではないのだ。さらに、フロア裏にゴルフボールのような形状を設けて、冷却性能も高めている。

 能書きはさておき、走り出してみよう。スタートボタンを押すと、エンジンは……決して目覚めない。昔ながらのクルマ好きは拍子抜けするかもしれないが、ゴルフ場へ行くため早朝に住宅街を出発するときなどには、この静けさに感謝するだろう。

アウディらしく高級感があるインテリア。素材の質感から室内の香りまで、他のアウディモデルと共通した雰囲気を備える
アウディらしく高級感があるインテリア。素材の質感から室内の香りまで、他のアウディモデルと共通した雰囲気を備える

 サイドサポートの張り出した大ぶりなシートに身を任せた後、ミラーを調整しようと思ったら、サイドミラーがこれまた先進的だった。「バーチャルエクステリアミラー」なる外付けのカメラがAピラーの付け根に備え付けられており、室内側にあるOLEDディスプレーに表示されている。もちろん、単に最新技術をてんこ盛りにしているわけではなく、こちらも空力性能に優れるからだ。

 ディスプレーの位置に慣れるまでは違和感がないわけではないものの、一般道に出て数分もたてば、すっかり慣れてしまった。むしろ、風切り音が抑えられていることのほうがうれしい。高解像度のカメラを搭載することによって、従来のミラーと比べて夜間や悪天候でもクリアな映像を提供してくれるというのだから、安全性の面からも賛成できる。

サイドミラーの代わりに搭載されたバーチャルエクステリアミラー。慣れるまではついカメラ本体を見てしまいがちだが、数分で慣れた
サイドミラーの代わりに搭載されたバーチャルエクステリアミラー。慣れるまではついカメラ本体を見てしまいがちだが、数分で慣れた

2.5トンもあるとは思えない身のこなし

 実際に運転してみると、スキあらば回生ブレーキをかけてエネルギーを回収しているのが分かる。特に山道ではEVならではのドライバビリティーの高さを存分に味わうことができた。ブレーキに載せた足を離すと、回生ブレーキが利いてぐっと減速するのだ。このとき発生する減速Gはなんと0.3G。慣れてしまえば「ほぼワンペダル」で運転できてしまう。

 昭和に免許を取った身としては、MT車の3ペダルからAT車で2ペダルに減っただけでも嘆いていたのに、ついにワンペダルになってしまった。自動運転になったら、ペダルはゼロになるかもしれないなあ、なんて想像しながらアクセルペダルに載せた右足に力を入れると、箱根の山道をぐいぐいと上っていく。コーナーではとても2.5トンもの重量級ボディーとは思えない身のこなしに驚かされた。

大量のバッテリーを搭載するため車重は2560キログラム(50クワトロは2410キログラム)もあるが、重さを感じさせない軽やかな走りを見せた
大量のバッテリーを搭載するため車重は2560キログラム(50クワトロは2410キログラム)もあるが、重さを感じさせない軽やかな走りを見せた

 エンジン車でこれほどの重量級モデルを、これだけパワフルに走らせようとしたら、相応の大排気量エンジンを積む必要がある。アウディによれば、走行シーンの9割は機械的なブレーキを使わずに、回生ブレーキでカバーできるという。実はこの「スキあらば回生」ができる秘訣は、バッテリーと電気モーターを水冷にして、ガンガンに冷却しているからだ。

 そこまで回生に血道を上げて向上させた巡航距離(1回の充電で走れる距離)は、カタログでは405キロメートル。公道で走る場合は、300キロメートル程度に割り引いておくべきだろう。何しろ「制御」次第で、パワフルにもエコにも変じられるのもEVの魅力の1つなのだ。ステアリングのパドルを使って、回生ブレーキの利き具合を3段階で変更できるのもいい。アウディによると、例えばこのクルマで山を上り、同じ距離を下ってくるようなケースでは、上りで使ったエネルギーの最大70%を回収できるという。

新たな選択肢を提供したことに意義がある

 今回試乗したe-tronスポーツバック(バーチャルエクステリアミラー仕様)の価格は税込み1346万円。「庶民には手が届かないクルマでエコなんて言われても……」と思うかもしれない。それでもアウディが「e-tron」を日本に上陸させたことには、環境に配慮した新たな選択肢を提供するという点において大きな意義がある。

 さらにアウディは21年1月にはエントリーグレードとなる「e-tron スポーツバック 50クワトロ」(税込み1143万円)と、SUVタイプの「e-tron 50クワトロ」(税込み933万円)を発売し、EVのラインアップを拡大。さらに電動化戦略のアクセルを踏む(関連記事「アウディが1000万円を切るEV新モデル 2021年の戦略を発表」)。

 アウディは日本上陸に当たって、実質100%自然エネルギーの電力を提供する自然電力と連携。同社の「自然電力のでんき」を割引価格でe-tronオーナーに提供する。さらに自然電力のでんきは、電気代の1%を自然エネルギーを増やすために使われる。単にEVを提供するだけでなく、その運用に関してもできるだけCO2を排出しない、カーボンニュートラルを目指している。

 各国の首脳陣が電動モビリティーの普及を訴えても、日本でのEV普及率が1%以下という現状では実感が湧かないという人も多いだろう。しかし欧州ではEV比率が3%まで高まっている。コロナ禍で全体の販売台数が減少したにもかかわらず、だ。ドイツでは1300億ユーロにも上る景気刺激策の一環として、EVの購入インセンティブを倍増。例えば車両本体価格が4万ユーロ(付加価値税別)の場合、6000ユーロの補助が出る。今すぐにすべてのクルマが電動車に置き換わるわけではないが、1つだけ明確なのは、30年ひいては50年という遠いゴールに向けて、着々と「カーボンニュートラル」を目指しているということだ。

 エンジンから電気モーターに動力が切り替わることで、徐々に出力が増す高揚感や、排気音の高まりに胸躍らせる機会は失われるかもしれない。だが、電動ならではのドライブフィールや静寂の中でカーオーディオを楽しむのもまた、新しい時代のエンスージアストの在り方だと思う。

 e-tronスポーツバックを通して、滑らかで静かな走り、ダイレクトな加速感など、EVにはエンジンとは違った魅力があることを存分に体感できた。

(写真/出雲井 亨、画像提供/アウディジャパン)

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