キャンプに欠かせないギアの筆頭であるテントは、国内外のアウトドアブランドがしのぎを削り合うレッドオーシャンだ。そんな激戦区において、新参ながらヒットを飛ばしているブランドがある。エイアンドエフ(東京・新宿)が展開する老舗アウトドアショップのA&Fカントリーが手掛けるオリジナルブランド「SABBATICAL(以下サバティカル)」だ。
エントリーユーザーを狙った「サバティカル」の戦略
A&Fカントリーは北海道から九州まで、全国22店舗を展開するアウトドアセレクトショップ。創業は1977年と古く、「バックパックのロールス・ロイス」と呼ばれる「グレゴリー」を日本で初めて輸入販売したことでも有名だ。昨今では、軽量チェアの代名詞である「ヘリノックス」や、エクストリームなテントメーカー「ヒルバーグ」など、多くの海外ブランドの正規代理店を務め、高品質なギアがそろう名店としてアウトドアファンから支持を集めている。
そんなA&Fカントリーが2019年9月に満を持して投入したオリジナルブランドが「サバティカル」。長年積み上げてきた“輸入した物を売る”というビジネススタイルを、次のステップへ進めるためのプロジェクトとしてスタートした。
「サバティカルを立ち上げた一番の理由は、直営店に新しいユーザーに来てもらいたいという思いから。ヘリノックスやヒルバーグといったブランドはコアなユーザーからの人気は高いが、オールマイティーなブランドではない。もっとエントリー層にも使ってもらえるよう、高品質・低価格にこだわった。商流は小さく、直営店だけで買えるようにしてコストはできるだけ抑えた」
こう語るのは、サバティカルのブランドマネジャーである吉野雄大氏。キャンプ用品の中でも競合がひしめくテント開発にあえて参入した背景には、このような理由があったのだ。
メディア向けに発表されたのが19年8月9日。19年秋冬展示会でのサプライズ披露となったわけだが、「あのA&Fカントリーがオリジナルのテントを作った!」ということで、アウトドア系メディアは大騒ぎ。筆者も現場に居合わせたが、見たこともないデザインと高品質な素材、それでいて予想を裏切る低価格に度肝を抜かれた覚えがある。他ブランドの同程度の製品よりも、ざっと3~4割は安いのだ。
「テントの値段がどんどん上がってきている印象があったので、できる限り価格は抑えた。メディアの反響は想像以上で、ティザーサイトとして公開していたブランドサイトにものすごい流入があり、発売前からSNSや直営店で多くの問い合わせがあった」(吉野氏)
19年9月、大阪の直営店を皮切りに店頭販売をスタートするが、予想以上の反響で用意していた在庫がすべてなくなってしまう事態に。
「正直、そう簡単に売れるとは思っていなかった。想定の2倍どころではない、数倍の反響があった」(吉野氏)
くしくも発売から半年でコロナ禍となってしまったが、それでも密にならないキャンプが再注目された影響で、商品が手に入らない状況が今でも続いている。果たしてサバティカルがここまで成功した要因は何なのか。その秘密を探っていこう。
今を時めくテントデザイナーがプロジェクトに参画
アウトドアショップがオリジナルブランドを手掛けている例は枚挙にいとまがない。しかし、サバティカルほど話題を集め、発売早々から手に入れにくい状況が続いているというブランドはあまり聞いたことがない。なぜ、これほどの好スタートが切れたのか。
「A&Fカントリーは輸入した商品を売るためのノウハウは持っていたが、イチから商品を開発する経験は皆無。そこで白羽の矢を立てたのが、ゼインアーツ(長野県松本市)の小杉敬社長。彼が今回のプロジェクトに参画してくれたことで、テントのデザインから製造工場の選定までスムーズに進んだ。準備期間1年でローンチまで持っていけたのは彼の存在が大きい」と吉野氏。
小杉氏といえば、某アウトドアメーカーでのギアの企画・開発経験をバックボーンに、18年末に自身のブランド「ゼインアーツ」を立ち上げた人物(こちらのブランドも大人気で、いまだに手に入らない状況が続いている)。その小杉氏がゼインアーツと差別化を図りながら、うまく共存できる形に落とし込んだのがサバティカルというわけだ。
「最初に出すモデルはそのブランドのイメージを作る上でとにかく重要。一般的なデザインではインパクトは少ないので、特徴的な形状のシェルター2モデルを採用した」(吉野氏)
少し専門的な話になるが、テントとシェルターは見た目も機能性も別物だ。テントはフライシートが付いているので結露に強く、居住性が高いのが特徴。一方シェルターは、より簡易的な構造で素早く設営できるのがメリットで、ポールを足したりすることで張り方のアレンジも楽しめ、どちらかというと玄人向き。だが、その狙いが的中した。
「第1弾モデルのシェルターは、初心者よりもキャンプ経験のあるユーザーの購入が多かった。そこから口コミやSNSでサバティカルを知ったという人も多い。20年の春に第2弾モデルとして追加した2つのテントは、より裾野を広げるために軽くて扱いやすいポリエステル素材を採用した。こちらも予想以上の反響を集めたが、特にファミリーキャンプをこれから始めるというエントリーユーザーに支持された」(吉野氏)
サバティカルの登場により、A&Fカントリー店頭ではLEDランタンやチェアといったキャンプ関連製品の売り上げも増えているという。当初の狙い通り新しい顧客の開拓に成功した。しかしその半面、コロナ禍においては販売方法や量産体制に歯がゆい部分も多いという。
売りたいように売れない、コロナ禍ならではの悩み
順調な立ち上がりを見せたサバティカルだが、想定を上回る需要に対して供給が追い付かない状況が続いている。在庫がないため店頭に商品を並べることができず、購入者のほとんどが、実物を見ずにWebでの抽選販売に応募しているのが現状だ。
「今は初年度の3倍の量を発注しているが、全然間に合っていない。本当はもっと生産数を増やしたいのだが、工場の生産が追い付いておらず、これ以上作れないから歯がゆい」(吉野氏)
コロナ禍にあっても、キャンプに対するニーズの高さは日本に限らず、世界でも同じような状況だ。サバティカルの製品を製造している中国の工場では、他のブランドのテントも作っているため、今以上の生産数を確保するのが難しいという。
また、本来であれば実物を見て触ってもらい、そのクオリティーと価格に納得して買ってもらいたいが、そうもいかない。
「店頭に展示すれば人が集まってしまい、密を作ってしまう恐れもある。抽選販売が一番いい手法とは思っていないが、公平性を考えると現状はこれ以外の方法はないというのが本音。需要は徐々に落ち着いてくると見立てていたが、日がたつにつれて応募数も増えてきており、お客様には迷惑を掛けてしまっている」と、吉野氏は苦しい胸の内を明かす。
一方で、レアなギアにありがちな“転売ヤー”への対策も欠かせない。抽選の倍率は非公表だが、何度応募してもハズレてしまうというユーザーがいる中で、転売ヤーが高額で販売するとクレームの要因になる。そのため、当選後は一度店頭へ足を運んでもらって本人確認を行い、入金、商品の受け取り方法を選択するというフローを組み込んでいるが、それでも悪質な転売は減らないという。
「サバティカルは高品質のアイテムを安く売りたいというコンセプトなので、転売で高くなっているというのは本末転倒。対策を練ってはいるが、減らないのが悩ましい」(吉野氏)
今後の抽選販売の受付時期については、入荷が確定した段階で公式ホームページのニュース欄で告知される。A&FカントリーのLINEアカウントでも告知するそうなので、抽選情報をキャッチアップするのであれば、友だち登録しておくといいだろう。
「コロナ禍なので、当初の計画通りには進んでいない。にもかかわらず売れているのはありがたい限りだ。サバティカルはテントを軸に商品構成を広げていく予定だが、新製品の開発をしたくても、今は海外の工場へ行くことすらできない。打ち合わせも進められないので、スローダウンしてしまっているのは残念だが仕方がない」(吉野氏)
品質と価格のバランスに優れたサバティカルは、これからキャンプを始めたいと思っているエントリー層には間違いなく注目ブランドの1つだ。早くコロナ禍が落ち着き、供給が安定することを願いたい。
(写真提供/エイアンドエフ)