シャープが繰り出した初の有機ELテレビ「CQ1ライン」が好調だ。発売こそ2020年5月だが、11月にコンパクトな48型を投入して以降、シェアを伸ばしているという。当然「AQUOS」シリーズだと思いきや、意外にもその最強ブランドの力を“借りない”判断を下した。そこに「液晶のシャープ」が有機ELでも本気で勝負するのだという決意が読み取れる。同社の担当者を直撃し、CQ1ラインの魅力を探った。
4K有機テレビに「AQUOS」を付けなかった理由
シャープのテレビといえば4K高画質モデルを含む「液晶AQUOSシリーズ」のイメージが広く浸透している。そんな同社が、2020年春に初めて民生用の4K有機ELテレビ「CQ1ライン」を発表した。だが、新型コロナウイルス感染症の影響が国内でも広がり始めた時期に発表が重なったことから大きな注目を浴びることもなく、同年5月に65型・55型のモデルを出荷したものの、しばらくは「知る人ぞ知るシャープの有機ELテレビ」だった。
ところが20年11月にコンパクトな48型の「4T-C48CQ1」を追加発売してからシャープの有機ELテレビは巻き返しを始めた。同社の調査によると、11月までは有機ELテレビの月間販売台数シェアは1桁台だったが、12月に初めて2桁台を記録。日本の住宅事情にもフィットする小型サイズの4K有機ELテレビはまだライバルの選択肢が多くないこともあり、存在感を放つことができたのだろう。21年に入ってもその勢いは続いているという。
AQUOSシリーズ、有機ELテレビのCQ1ラインを担当するシャープのTVシステム事業本部 国内TV事業部 商品企画部 部長の鈴木正幸氏は「今後も有機ELを液晶に並ぶテレビの柱に育てる」と意気込む。そこで今回、鈴木氏とCQ1ラインを担当する国内TV事業部 商品企画部 主任の廣井健太郎氏に製品の特徴を伺いながら、シャープの有機ELテレビが好調な理由に迫った。
シャープは「AQUOS」のブランドをテレビの他にもスマートフォンやブルーレイレコーダーにも展開している。また「テレビのAQUOS」は21年に誕生20周年を迎えた。20年間にわたって常に最先端の技術を追求しながら液晶テレビの開発に注力してきたシャープは、国内で4K8K衛星放送が開始された18年12月1日に照準を合わせ、いち早く家庭向けの8K液晶テレビを商品化したメーカーでもある。
誰もが認める“液晶のシャープ”にとって、AQUOSはその技術力と信頼性をアピールする最強の商品ブランドだ。だが、同社初の4K有機テレビであるCQ1ラインに、AQUOSの名はない。その理由は「AQUOSは液晶テレビ」というブランドイメージが非常に強いため、誤って有機ELテレビを購入してしまうことがないように配慮したからなのだという。マーケティング的にはもったいない気もするが、消費者に対しては「液晶と有機ELは切り分けて訴求する」という同社の確固たる思いがあるのだろう。
その一方で映像の高画質化技術や、テレビとしての使い勝手を高めるためのノウハウについては、AQUOSで培った資産が惜しみなくCQ1ラインに注ぎ込まれている。鈴木氏によると「シャープの有機ELテレビが欲しい」という顧客の声は、店頭を経由して開発者の耳にも届いていたという。コロナ禍によって理想的なスタートダッシュは切れなかったものの、待ちわびたファンを起点にCQ1ラインの認知と評価が半年を経てようやく浸透してきた印象だ。
液晶と有機ELの“いいとこ取り”した4K高画質
CQ1ラインを評価する際の注目すべきポイントは3つある。まずは液晶テレビのような明るさと鮮やかな色彩、そして有機EL独特の深い黒を巧みに引き出した「映える高画質」だ。
AQUOS 8Kテレビには高画質エンジンのフラッグシップ「Medalist Z1」が搭載されている。廣井氏は「Medalist Z1エンジンの開発で獲得した映像の高画質化技術を、CQ1ラインに載せた『Medalist S1エンジン』にも惜しみなく投入した。これによって液晶と有機EL両方の特長を兼ね備えた映像を実現できた」と話す。
今回、実際にシャープの視聴室でCQ1各サイズの映像をチェックさせてもらった。画質評価の要所は2つ。1つはエンジンのアップコンバート処理(高解像度化)が巧みなこと。通常の4K未満のテレビ放送やオンライン配信のビデオ・オン・デマンド(VOD)コンテンツ、ブルーレイディスクの作品も細部まで解像感の高い映像を再現している。平たん部に発生するノイズも少なく人の肌の質感もきめ細かい。
もう1つは映像のシーンごとに輝度分布を解析し、入力フォーマットに合わせたコントラスト再現を引き出す「スマートアクティブコントラスト」機能だ。全体が明るい映像を表示する場面では、中間階調を持ち上げて輝度を適正化する。有機ELテレビでありながら、まるで液晶テレビのようにメリハリの利いた力強い映像、鮮やかな色合いが楽しめる。スポーツ中継も見応えがありそうだ。
画面の角度が変えられるスタンドが人気
評価ポイントの2番目は、CQ1ラインは「音もいいテレビ」である点だ。昨今の大画面テレビは、あたかも映像が宙に浮いているような視聴体験を実現するため、ディスプレー周辺の額縁(ベゼル)を狭くデザインしている。構造上バックライトが不要な有機ELテレビの場合、ディスプレーの薄型化にもこだわった製品が多くあるが、こうなるとしっかりとした音を再生できるスピーカーを組み込みづらい。
シャープのCQ1ラインは、パネルのボトム側に開口部を下向きにした中音域用スピーカーユニットを配置。さらに音をテレビの前方へ回り込ませるリフレクター構造を採用した、独自の「フロントオープンサウンドシステム」が特徴だ。開口部を前向きにした高音域用のツイーターと合わせて、人の声がとても聞きやすく、空間表現も豊かな内蔵スピーカーのサウンドに好感を持った。
大画面テレビの映像と音をより快適に楽しめるように、専用のテーブルトップスタンドに左右30度の回転機構を搭載し、テレビ正面の角度を変えられる機能も人気だという。また部屋の空きスペースを有効活用して大きなテレビを置きたいという期待に応え、インテリアブランドのナカムラ(東京・大田)と共同で壁寄せタイプのテレビスタンドも開発した。この「WALL S1」はハイタイプとロータイプの2種類ともに税込み3万円台前半という値ごろ感もあり「発売直後からよく売れている」と廣井氏。
Android TV搭載もコロナ禍中に脚光
3番目の評価ポイントは、CQ1ラインがAndroid TVを搭載している点だ。インターネットに接続すれば、スマホのようにアプリをインストールしてVODサービスやゲームなどが楽しめる。廣井氏は自宅のテレビに「どうぶつ実寸図鑑」アプリなど、子どもと一緒に楽しめるコンテンツをインストールして、子育てにも活用しているという。
新型コロナウイルス感染症の影響が広がったことから、多くの人々にとって自宅で過ごす時間が増えた。それに伴ってVODコンテンツを手軽に楽しめるテレビがよく売れている。鈴木氏はシャープが行った調査の結果について触れ、20年5月から7月にかけてAQUOSシリーズのスマートテレビでVODコンテンツの利用率が大きく伸びたと話す。
国内ではテレビのインターネット接続率が長らく伸び悩んでいたが、サイバー・コミュニケーションズ(東京・中央)が19年12月と20年6月に実施した動画配信サービス利用実態調査の結果によると、テレビをインターネットに接続して動画を視聴していると答えた人の数は半年間で大きく増えたという。現在はNetflixやAmazonプライム・ビデオ、ひかりTVをはじめ4K高画質のVODコンテンツをそろえる動画配信サービスも伸び盛り。何よりスマホなどのモバイル端末で「動画を見る習慣」が、年代を問わず国内の人々に定着しつつあるのだろう。
シャープには4Kテレビと自社スマート家電との連携によるエコシステムを特徴として打ち出せる強みもある。CQ1ラインもホームネットワークにつながるスマート家電の動作状況を、テレビの画面にモニタリングできる機能を備えている。市場でCQ1ラインの存在感を際立たせるには、画質の良さに加えてスマートテレビとしての先進性もさらにアピールすべきだろう。
国内で11年に地上アナログ放送が停波を迎えてから間もなく10年になる。より高画質で多機能なテレビへの買い替えを検討している家庭も多いだろう。
CQ1ラインは3機種いずれも価格はオープンだが、21年2月上旬の実勢価格は65型が30万円前後、55型が20万円前後、48型が18万円前後。発売当時に比べて価格はまた一段とこなれたようだ。シャープが液晶テレビで培った技術を注ぎ込んだ、有機ELの特長を生かした丁寧な絵作りとAndroid TV搭載のスマートテレビであることを考えれば、今になってその実力が認められて勢いづいてきたことにも合点がいく。
CQ1ラインも発表からもうすぐ1年を迎える。鈴木氏が冒頭で述べた、有機ELを液晶に並ぶテレビの柱として本気で育てるつもりなら、恐らく“次の一手”に向けた施策も進んでいるに違いない。液晶と有機ELの両輪をそろえて20周年を迎えたAQUOSを含むシャープの薄型テレビが、21年はどんな展開を見せてくれるのか楽しみだ。
(写真/山本 敦)