パナソニックの関連ベンチャー企業のShiftall(シフトール、東京・中央)は、“集中力を高めるウエアラブル端末”「WEAR SPACE(ウェアスペース)」の一般販売を開始した。頭に装着すればいつどこでもパーソナル空間が作り出せるというこの一風変わったデバイスは、快適なリモートワーク環境を模索するビジネスパーソンのパートナーになれるのか検証した。
視界を遮るパーティションが付いたヘッドホン
現代アートのオブジェのようにも見える「WEAR SPACE」は、視界を遮るためのパーティションとアクティブ・ノイズキャンセリング機能を搭載するBluetoothワイヤレスヘッドホンを合体した商品だ。使用時にはヘッドホンのように頭部に装着する。企画とデザインをパナソニックのデザインスタジオ「FUTURE LIFE FACTORY」が手掛け、シフトールがメーカーとして設計・製造・販売を担当した。一般販売は2020年11月20日にスタート。同社の直販サイトの価格は3万8500円(税込み)。
本体を上から見下ろすと、パーティションが“てい鉄”のようなU字形になっている。パーティションの素材はジャージー素材のファブリック生地だ。厚手の生地なので透けて見えることがなく、風もほとんど通らない。
装着すると正面方向に視野が開く。ユーザーの視界をあえて狭くすることで外部からの視線をシャットアウトするだけでなく、ユーザー自身の集中力を高めることを狙っている。カフェなど公共の場所、あるいは自宅で家族と生活を共にするスペースでさえも、WEAR SPACEを装着すれば瞬時にパーソナル空間へと変わる。
WEAR SPACEは周囲の雑音も消してくれるノイズキャンセリングヘッドホンでもある。電源をオンにして、消音効果の強度を強・中・弱の3段階から選べる。耳栓としても使えるが、BluetoothでスマホやPCに接続するとハンズフリー通話の音声が聞けるので、ビデオカンファレンスにも使用可能だ。もちろん音楽を聴いたり映画を鑑賞したりするのにも使える。
高まる集中力 目の前の仕事に没入できる
実際にWEAR SPACEの効果を検証するため、家から持ち出して外出先で試してみた。
本体の重さは約360グラムで、一般的なノイズキャンセリングヘッドホンよりも少し重い。両耳にイヤーカップを装着して、さらに頭頂部をプラスチック製のスタビライザーで保持する。適度な側圧で頭を挟み込むため、装着したまま頭を動かしても本体がずり落ちてくる心配はなさそうだ。なお頭の小さなユーザー向けに、スタビライザーと差し替えて使えるナイロン製のヘッドバンドも付属する。
装着してみると、視界が目の前の狭い範囲に限定されるので確かに集中力が高まる実感がある。ノイズキャンセリングヘッドホンも自然な消音効果が得られて快適だ。消音の強度は周囲のノイズレベルに合わせ、本体のボタン操作かアプリによって3段階から調整可能。周囲がにぎやかな場所でも、雑音を強力にシャットアウトできるので集中が妨げられない。電気的なノイズキャンセリング処理による耳を突くような圧迫感がない点も良かった。本体に内蔵するバッテリーで、音楽なら約26時間の連続再生ができるのでスタミナも十分だ。ちなみに“耳栓”として使いたいなら、Bluetoothオフ、ノイズキャンセリングレベルをHighに設定した場合、約88時間連続で使用できるという。
オーディオ面の音質バランスは極めてフラット。どの音域の情報も均等に引き出す、モニターライクなチューニングだ。音楽再生を楽しむにはやや味気ない気もするが、作業中のBGMやビデオ会議などの用途であれば、むやみな誇張感のないサウンドはむしろ好ましいといえる。
今の時代にはまりそうな期待感も
専用アプリでできるのは、ノイズキャンセリング効果のレベル調整とバッテリー残量の確認程度だ。シンプルだが、集中力を高めるウエアラブル端末としてのコンセプトを徹底的に貫くこだわりに好感が持てる。ただ、現時点の完成度ではまだ粗削りな部分も残っている。
まず、デザインのインパクトが強すぎること。カフェやシェアオフィスなど公共の場で集中力を高めたいときにこそ使いたいデバイスであるにもかかわらず、装着に毎度かなりの勇気を振り絞った。どうしても周囲から好奇の視線を浴びてしまう。度胸があれば別だが、現状では使える場所は在宅ワーク時か、気心の知れた同僚が一緒に働くオフィスくらいだろう。その姿に周囲が慣れてくれば、本機の開発コンセプトにもある「身に着けているユーザーが集中していることをアピールできるデザイン」の効果が生きるに違いない。
自宅で使ってみたところ、仕事に集中できるのはありがたいが、周囲の様子がほとんど分からなくなるのには少々戸惑った。家族の声や、玄関チャイムくらいは少し聞こえてほしい。家に一人でいるときに宅配便が届いても分からないだろう。現状の仕様であれば、外音を聞き取るためには本体の電源はオンにせず、「パーティション付き耳栓」として使うほかない。それでは機器の魅力が半減してしまうので、ぜひヘッドホンに「外音取り込み機能」を搭載してもらいたい。
もう1つの課題は持ち運びにくいことだ。このままのサイズだと仕事用のバッグに入れて持ち歩くのは難しい。本体を折り曲げたり、使うときにパーツを組み立てたりする仕様もあり得るだろう。
パソコンで動画を見るときなどには、イヤーパッドとパーティションフレームの接続部を前後にスライドさせることで装着時の視界を広げることもできる。
新型コロナウイルスの感染拡大がやまない中、リモートワーク環境での集中力アップを図りたいビジネスパーソンのことを考えれば、瞬時にパーソナル空間を作り出せるWEAR SPACEは良きサポートツールになる“素質”を備えている。パーティションは横からの飛沫を防ぐなど、ウイルス感染対策に役立つかもしれない。
今後はWEAR SPACEと似た製品が他社から出てくる可能性も十分ある。先駆者のシフトールとしてはできるだけ早く商品をブラッシュアップして、より使いやすい“次の一手”を打ちたいところだ。可搬性の向上や、外観を少し穏やかな印象にして、ユーザーが人前でもそれほど抵抗感を持たずに身に着けられるデザインにできれば、新型コロナウイルスとの共存が求められる時代に「パーソナル空間デバイス」というウエアラブルデバイスの新カテゴリーが生まれる道筋も見えてきそうだ。
(写真/山本 敦)