オーディオテクニカ(東京都町田市)は「ATH-G1」など同社のゲーミングヘッドホンに、立体サラウンドが楽しめる新機能を追加した。注目はこの追加機能に年額1599円(税別)のサブスクリプションサービスを採用した点。ヘッドホンもサブスクの導入で機能やサービスを追加し、長くヒットさせる商品サイクルが生み出せるのか。

オーディオテクニカが音質と機能性の両方にこだわり抜いたゲーミングヘッドホン「ATH-G1」。新しいサブスクサービスに対応する
オーディオテクニカが音質と機能性の両方にこだわり抜いたゲーミングヘッドホン「ATH-G1」。新しいサブスクサービスに対応する

ヘッドホンがソフトの力でさらに進化する

 オーディオテクニカは音楽リスニング用のヘッドホンや、音楽制作のプロが使用するモニタリングヘッドホンを数多く作ってきた日本の老舗ブランドだ。同社がゲーミング専用機として一から開発した「ATH-G1」(実勢価格2万1000円前後・税込み)は、2019年夏に国内・海外で発売され、「音のいいゲーミングヘッドホン」として高い評価を獲得した。本機の商品企画に携わった同社マーケティング部 プロダクトマネジメント課 商品戦略グループリーダーの平山優氏によると、「質の高いプレー環境にこだわるeスポーツ選手やプロゲーマーをはじめとするゲーム愛好家に選ばれている」という。

 今回、同社が20年6月17日から取り入れたサブスクサービスは、Windows専用のアプリケーションソフト「Immerse with Audio-Technica」を利用するためのもの。パソコンにこのソフトをインストールして有料サービスに申し込むと、ATH-G1をはじめとするオーディオテクニカの高音質ゲーミングヘッドホンで立体サウンドが楽しめる。利用料金は1年プランが1599円(税別、以下同)、5年プランは4299円。2週間の無料試用期間も設けられている。

オーディオテクニカのヘッドホンが米EmbodyVRの開発したイマーシブオーディオの技術「Immerse(イマース)」に対応した
オーディオテクニカのヘッドホンが米EmbodyVRの開発したイマーシブオーディオの技術「Immerse(イマース)」に対応した

 ATH-G1のユーザーにしてみれば、通常はステレオ音声の再生に限られるヘッドホンで、音源が5.1ch、7.1chで制作されているゲーム音声を、迫力ある立体サウンドで楽しめるようになる。もともと高音質を追求したゲーミングヘッドホンなのだから、月額100円前後でより本格的な没入感が得られるなら、「決して高くはない」と感じるユーザーも一定数いるだろう。

高品位なゲーム映像に釣り合うサウンドが求められている

 立体音響再生の技術は、米国のベンチャー企業、EmbodyVR(エンボディ社)が開発した「Immerse(イマース)」がベース。オーディオテクニカは日本のヘッドホンメーカーとしてエンボディ社と独占契約を結び、Immerseの技術を生かした没入感あふれる立体ゲームサウンドが楽しめるPC用アプリケーションを開発した。

 日本のオーディオ界でサブスクと言えば、せいぜい思いつくのはSpotifyやAmazon Musicのような音楽コンテンツ配信だろう。買って終わりのヘッドホンで、「追加機能をサブスクで提供する」など、多くのユーザーにとっては想定外に違いない。

 にもかかわらず、なぜこのタイミングでサブスクサービスを立ち上げたのか。その背景について平山氏は「ゲームの世界を精細に描けるコンピューターグラフィックスの技術が大きく進化したことを受け、ゲームの世界に深くのめり込める立体音響技術にもプレーヤーの関心が強く注がれ始めているから」と説明する。

 ヘッドホンメーカーであるオーディオテクニカにとって今回のサブスクサービスは、新製品のみならず既存モデルのユーザーにも後から付加価値を提供できる点にメリットがある。実数については非公表だが、サービス開始から数カ月を経て、購入・定着するユーザーの数が堅調に伸びているそうだ。

オーディオテクニカのゲーミングヘッドホンに最適化された設定を選ぶと、音の聞こえ方がさらに安定してくる
オーディオテクニカのゲーミングヘッドホンに最適化された設定を選ぶと、音の聞こえ方がさらに安定してくる
5.1ch/7.1chのゲームコンテンツの音声に対応する
5.1ch/7.1chのゲームコンテンツの音声に対応する

ユーザーの耳に最適化したプロファイルが作れる

 エンボディ社が開発したImmerseの特徴は、機械学習アルゴリズムにより作られたデータベースと照合して、ユーザーが立体サウンドを最も心地よく楽しめるよう最適化されたオーディオプロファイル(設定値)を瞬時に作成する点にある。

 実際に試してみた。スマホなどで右耳の写真を撮影して、PCアプリケーションからサーバーに画像を送ると、1~2分もたたないうちに自分の耳に合わせたプロファイルが送られてきた。これをアプリケーションソフトに読み込んで、5.1ch音声のゲームを再生してみると、音の定位が立体的になり、奥行き方向の見晴らしがクリアになった。ソフトのコントロールパネルから機能のオン・オフを切り替えると、ステレオ再生時には“ひとかたまり”に聞こえていた音がきれいに分かれて、余韻のきめ細かさが際立ってくる。

スマホのカメラで右耳の写真を撮影して送るとユーザー専用のパーソナルプロファイルが作成される
スマホのカメラで右耳の写真を撮影して送るとユーザー専用のパーソナルプロファイルが作成される

 ATH-G1のヘッドホンとしての地力は、とても解像度が高い。低域のインパクトが少し強調されているものの、全体にフラットバランスで、長時間のリスニングでも疲れにくいのが長所だ。優しく包まれるような装着感も心地いい。

 Immerseの技術はATH-G1をはじめとするオーディオテクニカのゲーミングヘッドホン6機種に最適化されている。他社のヘッドホンにない立体サウンドのインパクトが強く打ち出せるはずだ。

頭部を優しく包み込むような装着感を実現。本体左側には取り外し可能な高音質マイクを搭載
頭部を優しく包み込むような装着感を実現。本体左側には取り外し可能な高音質マイクを搭載

ヘッドホン向けのサブスクに可能性あり

 オーディオテクニカの平山氏は、「従来ヘッドホンのビジネスは、顧客にハードウエアを買ってもらうことをある種のゴールとしてきた。しかし今後は顧客との中長期的な関係構築を見据え、サブスクサービスも有効活用しながら顧客により魅力的なサービスを提案できるのではないか」と可能性を語る。

 20年はコロナ禍の影響が国内にも広がったことで、ヘッドホンにもビジネスパーソンによるテレワーク需要が押し寄せた。また多くの人々が家で過ごす時間が長くなったことで、巣ごもり需要も顕在化している。オーディオテクニカが扱うヘッドセットやマイクロホンなど、コミュニケーション用途の製品もこの期間に需要が大きく伸びたという。平山氏は「特に有線+マイク付きのヘッドホンの需要が高まり、近年ではまれと言えるほどの売り上げ増を記録した。ATH-G1をはじめとするゲーミングヘッドホンは、海外でも長らく欠品が続いている」と話す。

 秋にはオーディオテクニカのライバルであるアップルも、ワイヤレスイヤホン「AirPods Pro」を独自の立体音響技術に対応させる無料のソフトウエアアップデートを実施する予定だ。市場で人気の高いアップルのイヤホンまでもがスポットを当ててきたことから、今後、立体音響の技術には間違いなく注目が集まるだろう。オーディオテクニカのゲーミングヘッドホンにも追い風となるかもしれない。

(写真/山本 敦)

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