オムロン ヘルスケア(京都府向日市)の「HeartGuide」は腕時計型のウエアラブル血圧計だ。約8万円(税別)と血圧計としては高価だが、2018年12月発売の米国では想定の4倍以上を受注。日本でも19年12月に発売されると、想定の2倍以上の注文が入るほどの人気を集めた。ヒットの理由を探った。
いつでもどこでも血圧測定は必要か?
血圧計には手首で測る「手首式」や上腕で測る「上腕式」がある。「HeartGuide HCR-6900T-M」(以下、HeartGuide)は手首式で、カフ(空気を送り込んで膨らませる袋状のベルト)で動脈を加圧・減圧することで血圧を測定する「オシロメトリック法」を採用している。医療機器認証を取得しており、精度の高い血圧測定が期待できる。
スマートウオッチのようなデザインで、一見しただけでは血圧計とは思えない。本体の裏側にカフが付いているため厚みはあるが、重さは115グラムなのでそれほど重くはない。従来の血圧計を考えれば、極めてコンパクトだ。
HeartGuideの一番の特徴は、腕時計型なので身に着けておけばいつでもどこでも血圧測定ができることだ。起床して朝食前に、通勤の最寄り駅でホームのベンチに座って、オフィスに到着したら自分の席で、午後の休み時間に休憩室で、帰宅時にオフィスの最寄りで――といった具合に、時間や場所を問わずに血圧を測定できる。
一般的な卓上型血圧計だと、自宅にいる朝晩しか測定できない。持ち運べるコンパクトな製品もあるが、HeartGuideに比べれば大きく目立つので、外出先で何度も取り出して測定するのはためらわれる。その点、腕時計型のHeartGuideなら自宅からオフィスへの移動中や、休憩時間、会議の直前(直後)であっても、好きなタイミングで目立つことなく測定できる。
1万円以下の製品がごろごろ存在する市場で、ここまで高価な血圧計を購入して「1日に何度も血圧を測る必要があるのか」と思う人もいるだろう。年に1度の健康診断でしか計測しないような人にとっては、血圧計をウエアラブルにする“価値”を理解するのは難しいかもしれない。確かに自分の血圧が時間帯や行動によってどう変化するのか把握できれば、健康管理に大いに役立ちそうではあるが……。
オムロン ヘルスケア循環器疾患事業統括部 循環器疾患商品事業部 グループリーダー代理の松尾直氏(以下、松尾氏)は、「日中の大きな血圧変動が脳・心血管疾患の発症リスクを高める因子になると言われている。しかし朝晩の測定だけでは日中の血圧変動を捉えることが難しい。そこでいつでもどこでも周囲の目を気にすることなく測定でき、健康管理につなげられる機器として開発した」とHeartGuideのコンセプトを語る。
脳・心血管疾患を持っていたり、身近に患者がいたり、あるいは健康診断の結果などから血圧に対する意識が高い人にとって、これまで日中の血圧変動は“気になるけれど知ることが難しい”ものだった。オムロンは、血圧計をウエアラブルにすることで時間や場所を気にせず測定できるようにして、日中の血圧変動を知ることができるようにした。これまで分からなかったことが分かるようになる機器だからこそ、人気を集めているのだろう。
シンプルな操作体系、計測も簡単
開発で苦労したのは小型化だ。「血圧計の機能を腕時計のサイズに収めるため、主要部品の小型化に苦心した。カフの幅も一般的な50ミリの約半分の25ミリを目指した」(松尾氏)という。
操作がシンプルで分かりやすいのも特徴だ。側面には血圧測定ボタン、画面表示の切り替えボタン、ホーム画面に戻るボタンの3つがある。操作が分からなくなったら、スマートフォンのようにホームボタンを押せばメインの画面に戻る。大変分かりやすく、使い始めてすぐ慣れることができた。
血圧の測定も簡単だ。手首の適切な位置に装着したら腕を上げて、HeartGuideが心臓の高さで体から5~6センチメートル離れた位置にくるように構え、測定ボタンを押すとカフが膨らんで血圧を測定できる。
スマホと連携、血圧変動はアプリで記録
測定したデータはペアリングしたスマホにBluetoothで送られ、専用アプリに蓄積される。データを蓄積していくことで血圧の変動がグラフで表示され、血圧が上がりやすい時間や曜日などを把握できる。アプリの画面も見やすく分かりやすい。スマートデバイスに不慣れな人でも扱いやすそうだ。
腕時計として日時を表示できる他、簡単な活動量計としての機能も備える。脈拍数、歩数と歩行距離、歩数カロリー、睡眠パターンなどを測定でき、内容までは表示されないがメールなどの着信を通知する機能、服薬時間などを知らせるリマインダー機能もある。どれくらい歩いたのか、どれくらいの睡眠を取れているかなどを把握して健康管理に役立てられる。
「血圧管理の上で運動は大切。日中の行動の中で血圧変動との関連が分かるようにするため、睡眠や歩数が分かるようにした」(松尾氏)という。
自分の血圧に衝撃を受ける
HeartGuideのメインターゲットは40~50代の血圧を気にしている人たちで、実際に購買層の9割弱が男性、その4割強が40~50代という。既に血圧計を使用していて、持ち歩ける2台目の血圧計として購入する人も多いそうだ。ウエアラブルなので身に着けて会社などに行けることが大きいとみている。
「病気になったことがあるなどの理由で血圧を気にしている人にとって、いつでもどこでも測定できることは安心感につながる。仕事中に気分が悪くなったら測る、会議などストレスがたまるタイミングで測るといった使い方をして、血圧が上がっていたら休憩を取ろうといった気づきが得られる」(松尾氏)。
筆者はアラフィフ男性で、まさにそのターゲットに当てはまる。実際に使ってみると、朝と晩はそれほどではないものの、日中はほとんどの時間帯が高血圧であることが判明した。これまで大きな疾患に見舞われたことがなく、血圧も全く気にしたことがなかっただけに大変ショックでしばらく落ち込んだが、医者に相談して食事や生活習慣に気を付けるようになるなど、健康を考えるきっかけになった。こうした気づきを得られるのは大きなメリットだろう。
血圧を測定し、歩数のカウントや睡眠のモニタリングができ、操作も簡単な機器だが、唯一気になったのはバッテリーだ。満充電なら1日8回の血圧測定で約2日間使用できる仕様だが、血圧測定が楽しくなってきて頻繁に測定していたら、十数回測定したところで1日持たずにバッテリーを消耗してしまった。測定するタイミングや回数をあらかじめ決めておき、こまめな充電を心がけたほうがよさそうだ。
新型コロナウイルス感染拡大による影響で健康意識が高まったこともあり、オムロンでは20年4月の血圧計の出荷台数が前年同月を上回ったという。「世界中で健康や血圧に対する関心は高まっている。自分の血圧を測ってみたい、しかしロックダウンの影響や感染が怖いなどの理由で病院に行くのは避けたいという人が多い。病院のオンライン診療の影響もあり、家庭で血圧やバイタルを管理しようという機運や需要は高まっている」と松尾氏は市場の拡大を見込む。
HeartGuideは血圧計としては高額だ。それでも「まず、血圧計の市場が大きく先進機器が受け入れられやすい米国で発売したところ、想定の4倍のオーダーが入った。日本でも想定以上に売れていて、発売当初は入荷するとすぐに売り切れる状態が続いた。ウエアラブル機器の一歩目としては成功と考えている」(松尾氏)。
オシロメトリック法を採用し、医療機器認証を取得したウエアラブル血圧計は他にない。そこに価値を感じる健康意識の高い人の潜在需要を掘り起こしたからこそのヒットだろう。いつでもどこでも自分の血圧を把握したいというニーズに応えながら、なおかつ腕時計型のデザインで見た目の違和感をとことん抑えた機器として、HeartGuideの快走はしばらく続きそうだ。
(写真/スタジオキャスパー)