バルミューダ(東京都武蔵野市)初の音響機器「BALMUDA The Speaker」が2020年4月22日に発表された。スピーカーは作らないと決めていた同社の寺尾玄社長が音楽体験の最大化という切り口で開発に踏み切った。同社長の証言に基づく開発物語、後編は“音”へのこだわりに迫る。

「BALMUDA The Speaker」の価格は3万5200円(税込み)。20年6月中旬に発売の予定
「BALMUDA The Speaker」の価格は3万5200円(税込み)。20年6月中旬に発売の予定

好きなミュージシャンの音をカッコよく鳴らしたい

「誰かが良いと言った音を作ろうとしたのだ。自分が良いと思える音を作っていなかった。<中略>アーティストたるもの、絶対に自分の好き嫌いだけは売ってはいけない。<中略>本来は自分の好きを貫き、それを表現し尽くすことで、状況を変えるのがアーティストだったのだ。<中略>私は譲渡されたマスターテープを捨てて、レコード会社も事務所も辞めた。」

寺尾玄著『行こう、どこにもなかった方法で』(新潮社)から引用

 音楽の輝きを全く新しい音楽体験として届けることを目指し、スピーカー「BALMUDA The Speaker」の開発に踏み切ったバルミューダの寺尾玄社長。それを具体的に表現したLEDを使った“光”による体験効果にはめどが立った(関連記事:【前編】「なぜ今? バルミューダ初のスピーカー、寺尾社長が明かした本音」)。言うまでもなく、肝心の“音”へのこだわりも半端ない。寺尾社長の著書『行こう、どこにもなかった方法で』(新潮社)にロックスターへの夢に破れたときの心境が描かれているが、自分が良いと信じている音を貫こうとする情熱はとてつもなく強い。今でも寺尾社長の根底に、その思いは脈々と流れているのだ。

 BALMUDA The Speakerはそのライブステージのようなデザインと光の演出に、他社製品との違いをはっきり見て取ることができる。これはスピーカーの要でもある音に対しても同様で、他の音響メーカーとは全く異なるアプローチのチューニングが施されている。その方向性はずばり、「自分が好きなミュージシャンの楽曲を一番カッコよく聴かせる」ことだ。

ドライバー選びもエンジニアなどが相当こだわった
ドライバー選びもエンジニアなどが相当こだわった

 「これだけきれいに輝くのだから、最初は音などもう普通でいいとさえ思っていた(笑)。しかし、やはりどんどん欲が出てきた。自分はミュージシャン上がりだから、好きな音質はスタジオモニタースピーカーの定番と言えるヤマハの『NS-10M』だった。だからその音を再現したいと考えた」

 ただNS-10M自体、もはや20年以上前に製造中止となっていた。そこで寺尾社長が自宅で使用している、NS-10Mの後継モデルのヤマハ「HS5」をベースに音を作り込んでいったという。

 「一時期はかなり『HS5』の音に近づいた。しかしそうこうしてるうちに、あれ、自分たちは何をしているんだ、という疑問が湧いてきた。音楽を聴いてるときの“体験をさせる”ってそういうことだっけ……となり、そこで原点を思い出した。そうだ、聴きたいのは『HS5』のいい音じゃない。歌そのものなんだ、ということに改めて気づいた」

置かれた床面に映る星が印象的。銅管がそれぞれ光を遮ることで、複雑な光の表情と美しい影を生み出している
置かれた床面に映る星が印象的。銅管がそれぞれ光を遮ることで、複雑な光の表情と美しい影を生み出している

 寺尾社長はミュージシャンとしての経験から、一番伝えたいのは生音であり、スピーカーが奏でる音ではないということに気づき、そこから音質追求の考え方をがらっと変える。

 「自分もギターとかいろんな楽器をレコーディングしてきたけど、やっぱりね、一番聞いてほしいのはこうやってエアーで伝わる音。アコースティックの楽器を持ち寄って、全員で生で鳴らすのが一番いいグルーブ感が出る」

 目指すのは録音されたステレオ音源をいかに忠実に鳴らすかではなく、アーティストが演奏する生音を再現できるかだ。

チューニングの基本に選んだU2の「One」

 「録音後にマスタリングされた音源ではなく、ミュージシャンの生の歌声はどんなだったのかなって。多くのミュージシャンは、こちらを聴かせたいと思っているはず。自分がそうだったから」と寺尾社長。そこで音作りのリファレンス用として選んだのがU2の「One」。寺尾社長にとって5本の指に入るほど大好きな楽曲だった。

 「U2のこの曲は、各楽器の倍音がすごく入ってしまった状態で録音されていて、普通のステレオで聴くと、とてもこんな音で演奏したんじゃないだろうと想像できる。イントロがギターのリフから始まるが、おそらくそのリフはギブソン系のギターと、VOXのアンプを使っているのだろう。『レスポール(ギブソンのエレキギター)』とVOXで甘ひずみさせているが、実際にエアーで聞こえてくる音はもうちょっとあったかい音がしていただろうなと思う。ボーカルのボノの声も、遠くにいるように感じられるミックスなので、それがきちんと前に聞こえるようなチューニングにしたかった」

寺尾社長のミュージシャン魂を詰め込んだ、まさに渾身のスピーカー
寺尾社長のミュージシャン魂を詰め込んだ、まさに渾身のスピーカー

 録音された音を忠実に再現するのがスピーカーの定石だが、そうしたいわゆる常識を破り、新しい提案をしていくのがバルミューダのやり方だ。同社の名を広く世に知らしめた、自然の風のような気流を生み出す“高級”扇風機「GreenFan(現在は『The GreenFan』)」や、香りや食感を大事にしたスチームトースター「BALMUDA The Toaster」なども、既存の製品を疑い、従来とは異なる価値観でユーザーの既成概念を壊すことによって誕生した。

 「バランスが取れているとか、周波数特性がフラットだとか、そんなことは関係ねえって言って作った。完全にボーカル至上主義の音作り。おそらく音作りのプロが、『BALMUDA The Speaker』の音の設定を知ったら、明らかにクレイジーだと思うはず。ただ、この光とボーカル重視の音作りが合わさると、同じ空間でミュージシャンが本当に歌っているような近さに感じられる」

 そこまで振り切って大丈夫かと不安にもなるが、そのやり方でいくつもの製品をヒットさせてきた寺尾社長の言葉だけに、つい引き込まれ、期待が高まる。

コロナ禍の中で発表された“救世主的なスピーカー”

 寺尾社長と筆者が初めて会ったのは、まだバルミューダが「バルミューダデザイン」と名乗っていた頃だ。東小金井にあった小さな社屋の中は、オフィスというより段ボールがうずたかく積み上がった倉庫のようなスペースだった。

 2010年にGreenFanが発売された直後、寺尾社長が“グリーンファンテクノロジー”について熱く語ってくれたのが印象的だった。まさかその後、DCモーターを採用した高級扇風機という市場が生まれるとは、正直夢にも思わなかった。だが、およそ相場とはかけ離れた3万円を超える価格にもかかわらず、自然から吹いてくる心地よい風を再現する体験が市場で評価され、東日本大震災後は節電志向の強まりなども相まって大ヒットした。

扇風機の2020年モデル「The GreenFan」。価格は3万9600円(税込み)
扇風機の2020年モデル「The GreenFan」。価格は3万9600円(税込み)

 さらに13年に発売した空気清浄機「AirEngine」(現行モデルは「BALMUDA The Pure」)は、発売がPM2.5の発生時期と重なった。日本の多くの家電メーカーが、PM2.5という微細な粒子状物質を除去できるかどうか示せなかった時期に、バルミューダはいち早く独自に確認した情報を開示。こちらの製品も大ヒットした。

19年2月に発表された空気清浄機「BALMUDA The Pure」。価格は5万7200円(税込み)
19年2月に発表された空気清浄機「BALMUDA The Pure」。価格は5万7200円(税込み)

 極め付きは15年6月、もはや進化の余地はないだろうと思われていたトースター市場で、スチームの原理を応用して開発されたBALMUDA The Toasterを発売したこと。寺尾社長が17歳のときに放浪の旅に出て、空腹の中、スペインの田舎町で感動的においしいパンを食べたというストーリーと、実際にBALMUDA The Toasterで焼き上げたトーストを食べた人たちの体験を融合。これまで食べたことのないくらいおいしいトーストが焼けるトースターだと、多くの人々の口コミによって性能が伝播(でんぱ)した。同社最大のヒット商品として、現在、国内外で累計90万台以上の売り上げを誇り、バルミューダというブランドを日本国内はもとより海外にまで知らしめた。

バルミューダの名を世に知らしめたスチームトースター「BALMUDA The Toaster」。写真は最新カラーの「Chocolate(ショコラ)」。価格は2万5190円(税込み)
バルミューダの名を世に知らしめたスチームトースター「BALMUDA The Toaster」。写真は最新カラーの「Chocolate(ショコラ)」。価格は2万5190円(税込み)

 バルミューダの特徴は、既に枯れたと思われている製品に、画期的な技術や感動のストーリーを付加して、人々に新たな体験を気づかせるところにある。今回発表されたBALMUDA The Speakerも、Bluetoothスピーカーという決して目新しい製品ではない。これまでオーディオメーカーがこぞって製品を投入しており、音質という面では他社との差別化がもはや難しくなっている状況だ。

 そこで今回バルミューダが打ち出したのは、スピーカーによる音楽の聴き方に対する新しい提案だ。そのポイントは、寺尾社長がミュージシャンだった経験から得た「いい音楽は耳だけで聴くんじゃない。目も使って音楽の輝きを届けるんだ!」という気づきにある。この提案を体験した人は、友人などに「ちょっと面白いスピーカーがある」と言いたくなるだろう。

 現在新型コロナウイルスの感染拡大により、世界中のアーティストが観客の前でコンサートやライブを行うことができない。そうした困難を極める状況の中、ライブの音楽体験を再現すべく開発されたBALMUDA The Speakerは、満たされない音楽ファンの気持ちに応えてくれる“救世主”となり得るかもしれない。実際に筆者が大好きな東京スカパライダイスオーケストラを聴いてみると、確かにホーン隊のパキッと乾いた疾走感のあるサウンドを従え、各コラボ楽曲のボーカリストたちの歌声が生き生きと聞こえてくる。スカパラのライブには何度も通っているが、そのライブならではのグルーブ感を損なうことなく響かせている印象だ。

 この記事を執筆している製品発表日、バルミューダから「初日から(バルミューダ製品としては)過去最高の予約数が入っている」との連絡があった。早くも消費者の期待は高まっているようだ。

出足好調なBALMUDA The Speaker。初日の予約数は同社の数ある製品の中でも過去最高だったという
出足好調なBALMUDA The Speaker。初日の予約数は同社の数ある製品の中でも過去最高だったという

(写真提供/バルミューダ)