コロナ禍の中で発表された“救世主的なスピーカー”
寺尾社長と筆者が初めて会ったのは、まだバルミューダが「バルミューダデザイン」と名乗っていた頃だ。東小金井にあった小さな社屋の中は、オフィスというより段ボールがうずたかく積み上がった倉庫のようなスペースだった。
2010年にGreenFanが発売された直後、寺尾社長が“グリーンファンテクノロジー”について熱く語ってくれたのが印象的だった。まさかその後、DCモーターを採用した高級扇風機という市場が生まれるとは、正直夢にも思わなかった。だが、およそ相場とはかけ離れた3万円を超える価格にもかかわらず、自然から吹いてくる心地よい風を再現する体験が市場で評価され、東日本大震災後は節電志向の強まりなども相まって大ヒットした。
さらに13年に発売した空気清浄機「AirEngine」(現行モデルは「BALMUDA The Pure」)は、発売がPM2.5の発生時期と重なった。日本の多くの家電メーカーが、PM2.5という微細な粒子状物質を除去できるかどうか示せなかった時期に、バルミューダはいち早く独自に確認した情報を開示。こちらの製品も大ヒットした。
極め付きは15年6月、もはや進化の余地はないだろうと思われていたトースター市場で、スチームの原理を応用して開発されたBALMUDA The Toasterを発売したこと。寺尾社長が17歳のときに放浪の旅に出て、空腹の中、スペインの田舎町で感動的においしいパンを食べたというストーリーと、実際にBALMUDA The Toasterで焼き上げたトーストを食べた人たちの体験を融合。これまで食べたことのないくらいおいしいトーストが焼けるトースターだと、多くの人々の口コミによって性能が伝播(でんぱ)した。同社最大のヒット商品として、現在、国内外で累計90万台以上の売り上げを誇り、バルミューダというブランドを日本国内はもとより海外にまで知らしめた。
バルミューダの特徴は、既に枯れたと思われている製品に、画期的な技術や感動のストーリーを付加して、人々に新たな体験を気づかせるところにある。今回発表されたBALMUDA The Speakerも、Bluetoothスピーカーという決して目新しい製品ではない。これまでオーディオメーカーがこぞって製品を投入しており、音質という面では他社との差別化がもはや難しくなっている状況だ。
そこで今回バルミューダが打ち出したのは、スピーカーによる音楽の聴き方に対する新しい提案だ。そのポイントは、寺尾社長がミュージシャンだった経験から得た「いい音楽は耳だけで聴くんじゃない。目も使って音楽の輝きを届けるんだ!」という気づきにある。この提案を体験した人は、友人などに「ちょっと面白いスピーカーがある」と言いたくなるだろう。
現在新型コロナウイルスの感染拡大により、世界中のアーティストが観客の前でコンサートやライブを行うことができない。そうした困難を極める状況の中、ライブの音楽体験を再現すべく開発されたBALMUDA The Speakerは、満たされない音楽ファンの気持ちに応えてくれる“救世主”となり得るかもしれない。実際に筆者が大好きな東京スカパライダイスオーケストラを聴いてみると、確かにホーン隊のパキッと乾いた疾走感のあるサウンドを従え、各コラボ楽曲のボーカリストたちの歌声が生き生きと聞こえてくる。スカパラのライブには何度も通っているが、そのライブならではのグルーブ感を損なうことなく響かせている印象だ。
この記事を執筆している製品発表日、バルミューダから「初日から(バルミューダ製品としては)過去最高の予約数が入っている」との連絡があった。早くも消費者の期待は高まっているようだ。
(写真提供/バルミューダ)