バルミューダ(東京都武蔵野市)にとって初の音響機器「BALMUDA The Speaker」が2020年4月22日に発表された。同社の寺尾玄社長はこれまでスピーカーは作らないと心に決めていた。心変わりの理由とは。同社長の証言を基に、2回にわたってスピーカー開発の真相に迫る。

バルミューダ初の音響機器「BALMUDA The Speaker」。ライブステージのような光の放射を再現し、壁などに映る陰影なども美しい。20年4月22日から予約開始。発売は20年6月中旬の予定。価格は3万5200円(税込み)
バルミューダ初の音響機器「BALMUDA The Speaker」。ライブステージのような光の放射を再現し、壁などに映る陰影なども美しい。20年4月22日から予約開始。発売は20年6月中旬の予定。価格は3万5200円(税込み)

聴くから体験へ、音楽を「光の演出」に変換

 バルミューダが初めて手掛けた音響機器はBluetoothスピーカーだった。「BALMUDA The Speaker」は高さ約188ミリ、直径約105ミリとコンパクトな円筒形。重さも約1キログラムで、誰もが片手で簡単に持ち運べるサイズ感だ。充電バッテリーを内蔵し、家の中の好きな場所に置いて音楽を楽しめる。フル充電にかかる時間は2.5時間、これで連続約7時間の音楽再生に対応する。税込み価格は3万5200円だ。

 上に向けた77ミリ口径のフルレンジスピーカーユニットを1基搭載し、これを出力8ワットのデジタルアンプで駆動する。アクリル製の密閉型エンクロージャー(きょう体)の内部には3本の有機ガラス管を配し、一見するとアンプの真空管のようにも見える。しかし3本すべてBALMUDA The Speakerのコンセプト、「音楽の輝きを再現するスピーカー」を実現するためのLEDユニットだ。そのフロント部に描かれたロックスターの象徴でもある「星」のマークが、いかにも家電業界の異端児とも言えるバルミューダっぽい印象を醸し出している。

有機ガラス製のLED管。フロント中央のLED管にはロックスターの象徴として星が描かれている
有機ガラス製のLED管。フロント中央のLED管にはロックスターの象徴として星が描かれている

 電源を入れると3基のLEDユニットに加え、周囲に配置されているLEDランプが点灯。すると鏡面仕上げの底部と、そこから真っすぐ伸びてスピーカーユニットを支える銅管の支柱がきらびやかに輝き出す。このLEDが生み出す光こそ、同スピーカー最大の魅力であり、バルミューダらしさを具現化する“魂”と言える。中でも特筆すべきは、さまざまな音楽を独自のアルゴリズムを使って0.004秒の速さで解析し、光の演出に変換する「LiveLight」というモード選択機能だ。

 部屋の照明を落とし、リラックスしながらお気に入りのアップテンポなロックや激しく踊れるEDM(エレクトリック・ダンス・ミュージック)を聴きたいときには、「Beat(ビート)」が最適。まるで自分の部屋がライブハウスのように、ダイナミックに光が明滅し始める。しっとりとしたジャズナンバーに身を委ねたいなら「Ambient(アンビエント)」だ。すると部屋全体が柔らかな光に包まれる。さらにメロウなR&Bでロマンチックな雰囲気に浸りたいときには、「Candle(キャンドル)」を選ぶと、揺らぎのある光で落ち着いた空間を演出してくれる。

 コアなミュージックラバーからアゲアゲなパーティーピープルまで、音楽好き全てをターゲットにしたBALMUDA The Speaker。その仕上がりは、おそらくバルミューダファンの期待を裏切ることはないだろう。だが、これまで音響機器だけには手を出さなかった同社が、なぜ今、製品を投入するのか。その真相と開発の裏側について、バルミューダの寺尾玄社長が口を開いた。

暗がりで感じた音と光、そしてライブの空気感

「バルミューダを創業して早17年。光陰矢の如し、です。いやいや、言いたかったのはそういう事じゃなくて。スピーカーだけは作らないって決めてたのになー。」

Twitter/@GenTerao 20年4月9日から一部抜粋 ※原文そのまま

 このツイートの通り、寺尾社長はバルミューダを創業した2003年以来、「スピーカーだけは作らない」と決めていたという。その理由には、今でこそ家電の世界に旋風を巻き起こすヒットメーカーの寺尾社長だが、以前の肩書が“ミュージシャン”だったことが大きく影響している。

 かつて寺尾社長はボーカル&ギタリストとしてバンドを率いて、メジャーレーベルと契約するほどの実力の持ち主だった。ところがデビュー直前、後押ししてくれたスポンサー企業の業績悪化などに巻き込まれ、ロックスターへの夢があと一歩のところで絶たれてしまう。そんな苦い経験もあり、プロでやっていくことの厳しさを知った寺尾社長は、スピーカーに対しても「プロの音づくりには到底かなわない。音質も追求し始めればきりがない」と考えていたようだ。“音”を商品にしたくなかったのは、こうした事情もあったのだろう。

 時は流れ18年12月ごろ、自社の一人のデザイナーから「スピーカーを作りたい」と提案を受けた。用意周到な彼は、既に試作機まで準備していた。だが、寺尾社長は開口一番「だからスピーカーをやるつもりはない!」と一刀両断。それでもそのデザイナーは引き下がらなかった。「いいから聞いてください。部屋を暗くしてください」と。

自社のデザイナーが寺尾社長にスピーカーを作りたいと進言した際に用意した試作機。実際の製品からは想像つかないようなデザインだ
自社のデザイナーが寺尾社長にスピーカーを作りたいと進言した際に用意した試作機。実際の製品からは想像つかないようなデザインだ

 そこで寺尾社長が目にしたのは、きらびやかな光の中で音楽を奏でるスピーカーだった。そのスピーカーの試作機は左右に2つのドライバーを配置し、内側はボックス状に囲まれ、上部にはなんとミラーボールを搭載していた。およそオーディオメーカーでは思いつかないような代物だった。

 部屋を暗くしていたので、おそらくスピーカー本体は寺尾社長の目にほとんど入っていなかっただろう。見えていたのはミラーボールから発せられるまばゆい光。聞こえていたのはアーティストが奏でる楽器の音色と歌声。暗がりを埋めたのは、ただその2つだった。寺尾社長はスピーカーの試聴をさせられたのではなく、ライブの空気感を疑似体験させられたような気分だった。

試作機の上部にはミラーボールが搭載されており、真っ暗な中で光を当てるとキラキラ輝く
試作機の上部にはミラーボールが搭載されており、真っ暗な中で光を当てるとキラキラ輝く

 「人が音楽を聴くという行為は、文字通り聴いているのではなく、実は曲を味わったり、歌を感じたりすることだと思う。試作機のプレゼンをされている中、会社にいながら、光とともに音楽を味わう体験をした。そのときに、この体験を最大化できるスピーカーならバルミューダとして作ってもいいのではないかと思った」

 そこから「音楽体験を最大化する」という、これまで存在しなかったスピーカーの開発が始まる。まさに試作機から浴びせられた鮮烈な音楽体験を原点に、「最初は“光”ばかりに注力した」と寺尾社長は振り返る。

求めた“光”はライブステージの照明

 「どのようにして音楽に合わせてリアルに光らせるかという点に命を懸けた。今回スピーカーの開発に主に携わったのは、元音響メーカー出身のエンジニアだが、光に関するダメ出しの回数が多かったので、おそらくビックリしたと思う」

 寺尾社長が譲れなかったのは、いわゆるライブステージの照明のような光り方だ。音に合わせて規則的に光ればいいというのではなく、その光り方にこだわった。

 初期の試作機は、現行製品のように透明アクリルのキャビネットの内側に有機ガラス製のLED管を4本配し、その上下にLEDを搭載していた。上部のLEDは高音域に、下部のLEDは低音域に反応して光る仕組みだ。しかし、スピーカー自体の容積の影響で光が混在してしまい、部屋の壁などに映し出された光の陰影が美しくなかった。そこでLED管を3本に減らすことにした。

歴代の試作機を古い順に左から並べた。アクリルエンクロージャーで密閉させたり、ドライバーを真上に向かせたりすることは、歴代の試作機の多くに共通する特徴だ。中央の有機ガラス製のLED管は当初4本で開発が進められていた。エンクロージャー内部、およびLED管内部にある銅管はそれぞれ通電しており配線の役目を果たしている
歴代の試作機を古い順に左から並べた。アクリルエンクロージャーで密閉させたり、ドライバーを真上に向かせたりすることは、歴代の試作機の多くに共通する特徴だ。中央の有機ガラス製のLED管は当初4本で開発が進められていた。エンクロージャー内部、およびLED管内部にある銅管はそれぞれ通電しており配線の役目を果たしている

 「いろいろな楽器が、連続的に鳴り響き続けることで発せられる低音、中音、高音の数々を、どう光らせると視覚的にも音楽を感じられるかという点に、かなり時間を割いて追求した。一度はもうこれでいいんじゃないかと完成しかけたときでも、家で使っていてやはりどうしても納得いかないと、最後に『もう1回お願い』とチューニングした」と寺尾社長。納得がいかなかった原因は、「Aメロとサビが同じ光り方をしていたから」だった。

 アーティストのライブシーンを思い浮かべてみてほしい。AメロからBメロ、そしてサビに向かうに従って観客のボルテージは上昇し、それを扇動するかのように照明もどんどんきらびやかになっていくのが定石だ。つまり、Aメロとサビがいくら音楽的には波形が同じだとしても、同じ光り方をするのは「音楽的ではない」という。

 「普通に聴くと、サビに対してAメロは少し軽く感じることがある。だが波形で見ると、小さく聞こえるような音でも、実はマックスまで使っている。その波形を大きくするのがマスタリング技術。試作のスピーカーは、音楽はサビでウワッと盛り上がるのに、光り方がAメロと同じ感じだった。『その差分までしっかりと光で表現してほしい』と伝えた」

 そこでいわゆるライブならではのグルーブ感を光で演出するために加えられたのが、キャビネットのすぐ内側にある、ステージライトをモチーフにしたLED3灯だ。有機ガラスのLED管3本に対し、ちょうどそれぞれの中間から照らすような位置に配置している。

 「何か足りないと考えていた。東京ドームなどで行われるアーティストのライブステージを思い浮かべていて、“ころがし(ステージ地面に置かれるモニタースピーカー)”が足りないとかイメージしているうちに、さらに1段下辺りから照らされる照明があったはずだということに気づいた。最初は本当に台形のキャビネットみたいなものにLEDを仕込んでみたが、LED管3本の光に対して邪魔になる。そこで最終的に下部に埋め込む形にした。それでLED管3本を3ピースバンドのメンバーに見立てて、フロントはボーカルで当然ロックスターの象徴だから有機ガラスに星を描いて……やりたい放題(笑)」

 ここまで光を追求した上で、なおかつ寺尾社長が最後に求めたのはこれだった。

 大好きな楽曲の中からエアロスミスの名曲「Livin' on the Edge」をとにかくカッコよく光らせること。

 「途中でガガガ、ガガガっていうギターが入るんですけど、そこがすごくカッコよく光るんですよ。その後に、『Livin' on the Edge~』ってサビがドーンってきたときのドーンを、ガッてなるように明るくしてくれと。最後にそれをチューニングして、光り方は完成した」

本体背面の星マークの付いたLIGHTボタンを押すことで、LEDユニットの光のモードを切り替えられる
本体背面の星マークの付いたLIGHTボタンを押すことで、LEDユニットの光のモードを切り替えられる
写真左から「Beat(ビート)」「Ambient(アンビエント)」「Candle(キャンドル)」。写真は明るさの違いしか分からないが、実際はモードごとの音楽に合わせて光り方が変化する
写真左から「Beat(ビート)」「Ambient(アンビエント)」「Candle(キャンドル)」。写真は明るさの違いしか分からないが、実際はモードごとの音楽に合わせて光り方が変化する

 いつしか「これは照明器具の話だったかな?」と錯覚するほど、光へのこだわりを熱く語る寺尾社長。これだけでもバルミューダのスピーカーが“ただモノ”ではないことがうかがえるだろう。次回はいよいよ“音”の開発ストーリーに踏み込んでいく。そこでもまた寺尾社長のこだわりがさく裂する。

【後編】歌にこだわった“音の秘密” バルミューダ初のスピーカーに続く。

(写真提供/バルミューダ)

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