プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)のマーケターの失敗とその乗り越え方を描く本特集の3回目に登場するのは、P&Gジャパンベビーケア担当の瀬戸温夫アソシエート・ブランド・ディレクターだ。瀬戸氏は紙おむつ「パンパース」で2つの市場開拓を担ったが、低価格帯商品は売り上げが伸びず販売を終了した。一方、高価格帯商品のほうは順調に成長しているという。成否を分けたポイントは、消費者心理の理解だ。

パンパースの高価格帯商品「パンパースのはじめての肌へのいちばん」は、低価格帯商品での失敗が糧となって成功した
パンパースの高価格帯商品「パンパースのはじめての肌へのいちばん」は、低価格帯商品での失敗が糧となって成功した

 かつてP&GでCEO(最高経営責任者)を務め、2000年代に同社の成長をけん引したアラン・ラフリー氏。その戦略は徹底した顧客重視だった。「コンシューマー・イズ・ボス」をスローガンに掲げ、「消費者心理の理解」の徹底に努めた。その概念は今も健在だ。

 特集の第2回で紹介した電気シェーバー「ブラウン」担当の大江文アソシエート・ブランド・ディレクターは「消費者は、なぜ買わないのかといった理由を自分の言葉で説明できない。そういった消費者の言葉にならない声を理解するトレーニングを入社1年目から受ける」と説明する。消費者心理の理解がP&Gのマーケティング戦略の根幹だからだ。

<特集 P&Gマーケター流 失敗からの逆転法>
【第1回】 P&Gパンパースをヒットさせた男が明かす ウィスパー失敗の原因
【第2回】 「P&Gスタンダードに固執し過ぎた」失敗を生かして洗剤を成長
【第3回】 高価格帯パンパース好調のワケ 消費者心理を見誤った失敗が糧に

 だが、そうは言っても消費者を完璧に理解することは難しい。実際、瀬戸氏はパンパースの低価格帯商品で消費者の理解を見誤った。「(消費者の理解という)最初の部分が足りないと、間違った戦略を立ててしまうことになる」と瀬戸氏は言う。失敗からそのことを学び、高価格帯商品を成功へと導いた。

大手人材会社を3年で辞め転職

 瀬戸氏は生え抜きのP&G社員ではない。大手人材紹介会社の営業を3年間経験して、P&Gに転じた。その理由は2つ。グローバル企業での勤務経験を積むことと、経営スキルを身につけること。経営スキルを身につけるためにP&Gを選んだのは、与えられる裁量権の大きさが理由だ。入社1年目からプロジェクトリーダーとなり、営業や生産といった他部門と連携しながら担当する商品の成長を促すなど、経営者的な働きを求められる。これらの理由から瀬戸氏はP&Gを2社目に選んだ。

 入社後はマーケティング研修が用意されている。P&Gでは新卒、中途採用に関わらず、マーケターとして採用された場合、「ニュー・トゥ・ブランド・カレッジ」と呼ばれる教育プログラムを受ける。アジア各国からマーケター見習いが集められ最初に学ぶのは、本特集でも登場した「WWH」と呼ばれるP&Gのマーケティングフレームワークだ。事例を基に、自分自身ならどのような戦略を立てるかといったワークショップ形式でマーケティングのイロハを学ぶ。講師はすべてP&Gの実務者だ。「中途採用でも後れを感じたことはなかった」(瀬戸氏)のは、こうした仕組みがあるからだ。

 瀬戸氏は入社後ABM(アシスタント・ブランド・マネージャー)としてパンパースに配属され、半年の実務を終えたあとカレッジに参加した。パンパースで任されたのが、低価格帯商品の「パンパースのしっかり吸収パンツ」だった。低価格帯商品は競合が少ない割に規模が大きな市場であることが調査からは分かっていた。そのため、以前から挑戦する価値のある市場だとP&G社内では捉えられていたものの、攻められずにいた。瀬戸氏はこの市場に果敢に挑戦した。

あえて採用したオレンジ色が誤算に

 低価格帯とはいえパンパースブランドの商品。事前の消費者調査では商品コンセプトに対する反応は十分だった。品質に対しても、パンパースブランドゆえに心配の声は聞かれなかった。そこで、限られたマーケティング予算で、「大々的に広告をうつより、店頭でしっかり存在感を保つことが新製品には適している」(瀬戸氏)と考えた。パッケージはその手段の1つ。緑色を基調とした既存の製品と差異化を図り、目立つオレンジ色のパッケージを採用した。店頭接点で目に付くことを狙った。このパッケージに対する事前の消費者調査も上々だった。

 「机上で見れば、戦略的にはすごく正しかった」(瀬戸氏)はずだった。ところが、実際に発売したところ、売れ行きは芳しくなかった。P&Gでは発売後の売れ行きを見て、反応が悪ければすぐにその理由の追求を求められる。瀬戸氏は失敗の要因を見つけ出すには「仮説を立てるためのデータ収集が重要だ」と説明する。

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