経済合理性の観点からいくと、会社はGoサインを出さないだろうと思っていました。しかし、私にとって奇跡だったのは、当時の社長・鈴木喬(現・取締役会議長/代表執行役会長/経営全般担当)がいたことでした。11年3月16日の朝にCMを打ちたいと話をすると、椅子から立ち上がり握手を求められ「鹿毛さん、これは“志”ということですね。これまで東北の方たちからもらっていた恩義を今こそお返しすべきですな」と言ってくれたのです。

 さらに撮影場所の候補にポルトガル・リスボンが挙がっていることを伝えると、「その街は1755年に起きた地震で津波などの被害に遭い、6万人超の死者を出した街だ」と鈴木は教えてくれました。しかし、私はその過去を知らず、「鹿毛さん、あなたはMBAも取得しているのにそんなことも知らないのかい」と鈴木に言われてしまいました(笑)。私は偶然にも、そんな歴史を持つ街リスボンを選んでおり、この話を聞いて撮影場所に即決したのは言うまでもありません。

 CM撮影は復興を遂げた家並みを背景に行いました。その街の中で、ミゲル少年がアカペラで「消臭力ソング」を歌い上げる――。そんな日常を描きながら、ブランドのアイデンティティーでもある「空気を変える」ことに挑戦しました。

 放送開始日には鈴木が全社ミーティングを開き、「本日から『消臭力』のCMを打ちます」と社員へ大々的に伝えました。在庫を抱えていないこともあり、社内からクレームの声も上がりましたが、結果、世間の皆様から大きな反響をいただきました。当時、CM好感度ランキングで、当社がこれまで取ったことのないような高いスコアを記録し、同年の8月にはミュージシャンの西川貴教さんにもご出演いただきついに1位を獲得しました。これがきっかけとなり、お客様との絆も一層強まったと考えています。

「心を見る」仕事とは

 このとき私は、CM好感度ランキング1位を狙いにいく目的でCMを作ったわけでは決してありません。今まで偉そうにセミナーで講演をしてきた自分が、なぜ今この状況で小さく縮こまっているのだろうという、どこか悔しい気持ちがあったから作れたのでしょう。CMを作らずこのまま終わってしまえば、ただの手法的マーケターに成り下がってしまうという思いもありました。

 この決断は前述の通り、会社に大きな損害を与えるリスクがありました。そこで私もリスクを取り、もしも会社に損害を与えてしまったら辞職するという覚悟でこのCMを打ちました。それは鈴木と私の間だけの暗黙の了解でしたが、反響を受け鈴木が「あなた会社辞めなくて済みそうですな」と声を掛けてきたのは今では懐かしい思い出です。

 これほどまでの反響は誰にも予測できなかったけれど、決して“ばくち”ではありませんでした。これは自分の中のN=1をしっかり見た結果だと言うこともできます。そしてこれは鈴木が会社にいてくれたから実現できた事例です。会社を辞めるリスクを背負うほどの仕事のやり方はお勧めしませんが、究極「心を見る」仕事とはこういったことなのだと思います。

 今起きているコロナの問題は、震災のときとは全く違います。あのときのような「日常に戻ろう」をテーマにしてむやみな行動をとると、迷惑をかけてしまいます。今もまた、自分というN=1の心の中と会話しています。人と話すこと、人のぬくもりこそがどんなに大切なことかを思い知らされています。

 そして企業理念に沿って考え、新しい消臭力のCMを作りました。20年3月12日はまだ撮影が許されていたときで、ギリギリ完成することができました。「悲しいときは泣けばいい、ただ明日の朝には笑ってる君がいてほしい」という歌詞が出てきました。CMの最後には西川貴教さんに「空気を変えるぞ」と叫んでいただきました。それが正しい答えなのかは分かりませんが、自分の中のN=1と企業理念に沿って素直に作ってみました。

(構成/中山 洋平 写真/酒井 康治)