Withコロナ時代のMaaS最前線の戦いを、計量計画研究所の牧村和彦氏が緊急リポートする第3弾。最終回は、新型コロナ禍を契機にバスやタクシーなどで医療品、食料品を運搬する新しい取り組みと、社会的距離を持続する都市空間のリデザインの動向について見ていく。

2020年4月12日のニューヨーク、マンハッタンの大通り。ニューヨークでは、社会的距離を保ちつつ健康的な移動ができるよう、歩行者や自転車に街路空間を開放する動きが出てきている(写真/Shutterstock)
2020年4月12日のニューヨーク、マンハッタンの大通り。ニューヨークでは、社会的距離を保ちつつ健康的な移動ができるよう、歩行者や自転車に街路空間を開放する動きが出てきている(写真/Shutterstock)

 米国ミネソタ州では、州内の公立学校の閉鎖によって学生への給食の運搬が課題となり、休止となったスクールバスに切り替えて対処している。2020年3月18日から、無料または割引で給食を受けられる生徒(約3万人)にスクールバスで食料の提供を始めている。約275人のドライバーが運搬を担っており、子供たちは週に1度、朝食5回分と昼食5回分を受け取る。なお、運営費用は連邦政府の補助や非営利団体のノー・キッド・ハングリー(No Kid Hungry)およびセカンドハーベスト(Second Harvest)に依存しているという。同様の取り組みはサウスカロライナ、ニューメキシコ、バーモントなどでも実施されている。給食業者の雇用を守り、スクールバス運転手の雇用を守り、家庭には安心して子供たちが在宅できる環境を提供するといった、三方良しの方策だ。

Withコロナ時代のMaaS
【第1回】 「移動」を止めるな! Withコロナ時代のMaaS(1)
【第2回】 データ活用で感染リスクを減らせ! Withコロナ時代のMaaS(2)
【第3回】 「歩行者天国」が都市の新潮流に Withコロナ時代のMaaS(3) ←今回はココ
ミネソタ州のセントポール公立学校のスクールバスで食事を届けている様子(出典:ADINA SOLOMON(2020):Schools Take Their Meals on the Road — Will the Changes Outlast COVID-19、APRIL 14, 2020)
ミネソタ州のセントポール公立学校のスクールバスで食事を届けている様子(出典:ADINA SOLOMON(2020):Schools Take Their Meals on the Road — Will the Changes Outlast COVID-19、APRIL 14, 2020)

 また、米国デンバーでは、デンバー交通局(RTD)のパラトランジット(障がい者や高齢者などに対して日常の外出を支援する移動サービス)の利用者に対して、3月30日より食料品の宅配サービスを無料で提供し始めた。米国では、もともとパラトランジットを行政が提供するのが一般的だが、現在は外出の負担を軽減するため、食料品の配達まで始めたということだ。食料品の注文は電話かオンラインで受け付けている。同じ車両と同じ運転手で、これまでは人を運んでいたサービスを食料品の配送に切り替え、市民のライフラインを維持する工夫だ。

 配車サービスの米リフト(Lyft)は、「医薬品などを必要とする個人へ届けるサービスを提供する」と3月末に発表した(サービス名は「Lyft UP」)。これは、慢性疾患のある人や衰弱している人に対して、医療機関と協力して医薬品などを届けるサービスだ。また、これまで担ってきた透析患者、化学療法が必要な患者、妊婦などを対象とした非緊急医療輸送(NMET)サービスを強化し、対応する医療機関や地域を拡充するとしている。これらと同時に、学校から給食を支給されていた学生や高齢者への食事提供も開始することを表明し、実際にサンフランシスコのベイエリアで始めている。さらに、3月末には米アマゾンと協力し、需給が逼迫しているアマゾンの配送支援も始まった。

 日本でも、国土交通大臣の赤羽一嘉氏が20年4月21日の記者会見で、タクシー事業者に対して、飲食店からの料理配送の受託を特例的に認める方針を明らかにした。新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛で需要が落ち込んでいるタクシー業界を支え、店内飲食を休止してテイクアウト対応を始めた飲食店の配送ニーズに対応するためだ(当面、5月13日まで実施予定)。また、タクシーによる貨物運送も認めると発表した。

 これに前後し、救済事業としてタクシーによる買い物代行や医薬品受け取り代行サービスが全国各地で始まりつつある。京都のエムケイタクシーは新型コロナウイルス感染症患者の治療に当たる医師や看護師など、医療従事者の通勤を無償で支援する活動を始めると4月21日に発表した(京都市保険事務局と調整中)。ただし、乗客と飲食料品を同時に運ぶことはできず、代行できる食料品や医薬品には制限があるなど課題も多い。限られた労働力で、市民が必要とするサービスを提供できるよう、特例措置や緊急規制改革などで今回の国難を克服することをさらに期待したい。

新潟県長岡市で4月20日から始まった「乗らないタクシー」が話題に
新潟県長岡市で4月20日から始まった「乗らないタクシー」が話題に

社会的距離を保つ都市空間の再編

 コロナ禍が長期化する中においては、感染拡大の防止を目的とした社会的距離(ソーシャルディスタンス)を確保しながら、都市活動や社会活動を持続していく必要がある。既に世界では、街路を車両通行止めとし、歩行者や自転車に積極的に開放することで、人間中心の都市空間へアップデートする運動や実践が始まっている。新型コロナの脅威が露見して以降、歩行者天国などを次々と中止している日本とは対極的な動きだ。

 ニュージーランドでは、都市封鎖(ロックダウン)が解除された現在においても感染リスクを抑えるために社会的距離を継続していく必要があるとし、ジュリー・アン・ジェンター交通大臣が「恒久的な歩行空間の拡大や、自転車走行空間の確保の準備を進めている」と表明した。警戒レベルが緩和されたら速やかに計画が実行されるとのことであり、Withコロナの新しい価値観を市民と共に進めていく政策(タクティカルアーバニズムと呼ぶ)として、世界中が注目している。また、イタリアのミラノも同様に、夏頃をめどに35キロメートルの街路を歩行空間に開放する計画を20年4月21日に明らかにしている。

 この間、それ以外にも時限的に自動車を通行止めにし、歩行者や自転車に開放する取り組みが世界各地に広がっている。米国カリフォルニア州のオークランドでは、4月11日から約120キロメートル(74マイル)の道路を封鎖した。これは、市内の道路の10%に当たる距離だ。居住者や配達、緊急車両の通行は従来通り通行可とし、日常生活に支障ないよう配慮もされている。

120キロメートルに及ぶ一時的な道路封鎖を実行している米オークランド
120キロメートルに及ぶ一時的な道路封鎖を実行している米オークランド

 オークランド以外にも、ミネアポリス(30キロメートル)、デンバー(26キロメートル)、オーストリアのウィーン(18キロメートル)などが一時的に道路を封鎖し、歩行者や自転車の空間として、社会的距離の維持に取り組んでいる。サンフランシスコは、これらを「slow street」と呼び、スロープなどで車両の速度を落とし、歩行者と自動車が共存できる街路を順次拡大していく方針だ。その他、英国交通省では暫定的な交通規制命令のガイドラインを発行し、街路を一時的に封鎖。日常生活で社会的距離を確保できるよう歩行者や自転車に開放した。4月20日からはブライトンの海岸沿いの街路を8時から20時まで封鎖し、歩行者天国が始まっている。

 ニューヨークでは、ビル・デブラシオ市長が、公園などでの人々の密集を解消するため、一部の街路を試験的に歩行者に開放すると3月に発表した。3月27日~31日までの4日間(10~19時)、歩行者天国とした。ニューヨークには、10年以上続けられている夏季のサマーストリート(大通りを歩行者や自転車に開放する取り組み)の積み重ねがあり、歩行者天国は健康増進に寄与するというイメージが市民にも定着している。このような経験があり、即決即実施に至ったのだろう。

 4月17日のニューヨーク市議会では、評議会議長のコーリージョンソン氏と評議員のカーリーナリベラ氏が、新型コロナウイルスの対策に当たって、歩行者や自転車に街路空間を開放するための法律を提案し、多くの理事会の支持を得た(4月22日の理事会で正式に導入される予定)。法案では、市全体で約120キロメートル(75マイル)の街路空間を目標に、5つの区域での導入を市に求めるものとなっている。これが実現した暁には、世界最長の歩行者天国が生まれることになる。

 また、世界中でこの間、自転車利用が急増しており、エッセンシャルワーカーの安全な移動を確保するために、街路空間の一部を自転車レーンに変更する取り組みも始まっている。コロンビアの首都ボゴタでは既存の550キロメートルの自転車レーンに加えて、さらに76キロメートルの自動車用道路の一部を自転車レーンとする緊急対策を実施した。

南米コロンビアでは、一時的な自転車レーンを創出し、エッセンシャルワーカーの安全な移動を支援
南米コロンビアでは、一時的な自転車レーンを創出し、エッセンシャルワーカーの安全な移動を支援

 ドイツの首都ベルリンでは、コロナ収束後も視野に入れ、市当局が主導して一時的な自転車レーン確保のガイドラインを発行している。併せて、車道を減らして自転車レーンとして再編する動きも活発だ。今後、マイカーへの転換が進むことが十分想定される中、安全に走行できるインフラを先行して整備する施策として、日本でも大いに参考になるだろう。

 今回、3回にわたって紹介した世界各国の取り組みは、いずれも根底にライフラインを支える人々、エッセンシャルワーカーへの尊敬と称賛があり、これらの人々が十分に活躍するには移動が必要不可欠だという紛れもない事実がある。翻って日本では、連日、人の移動量の推移が報道され、バスやタクシー、鉄道といった公共交通機関のネガティブイメージにつながっているが、その移動量にはエッセンシャルワーカーの移動も当然含まれており、一緒くたに議論して良いものではない。公共交通機関の運転手や従業員への安全対策、乗客への安全対策など、今できる全ての対処が世界中で進められている中で、ここ日本では、あまりに対極的な動きが進んでいると言わざるを得ない。

 また、日々移動サービスの変更が余儀なくされる中、鉄道とバスが補完し合い、バスとタクシー、あるいは路線バスとオンデマンドバスが連携するなど、基幹的な交通サービスを維持するためにでき得る創意工夫が、世界では次々に生まれている。食分野と移動サービスの連携、医療と移動サービスの連携など、異業種とMaaSが融合した次の世界、いわゆる「Beyond MaaS」の取り組みも急速に進化している。基幹的な生活サービスを維持することに移動サービスが貢献しているのだ。その本質は、エッセンシャルトリップ(生活していく上で必要な移動)を維持することであり、業界や商習慣、法令の枠を超え、国難に取り組んでいる勇敢な姿がそこにはある。

 Withコロナやアフターコロナにおいては、限られた都市空間の中で社会的距離をどのように確保し、維持していくかが重要な政策課題となる。世界の先進都市は既にこの課題解決に着手しており、本稿で紹介したニューヨークやベルリンなどの取り組みは、その始まりにすぎないだろう。

ドイツのwundermobilityがWEF(世界経済フォーラム)などと連携し、新型コロナウイルスに端を発した移動支援の様々な取り組みを紹介するサイト「#WeAllMove」を立ち上げた。医療従事者に安全な通勤オプションを提供する移動ソリューションなど、国ごとに事業者を掲載している
ドイツのwundermobilityがWEF(世界経済フォーラム)などと連携し、新型コロナウイルスに端を発した移動支援の様々な取り組みを紹介するサイト「#WeAllMove」を立ち上げた。医療従事者に安全な通勤オプションを提供する移動ソリューションなど、国ごとに事業者を掲載している
#WeAllMove

 接触率低減ではなく、感染確率低減を目指して、人間のための移動空間を拡充し、自転車利用など国民に賢いスマートな行動変容を促していくこと。そして、そのために受け皿としてのインフラを再編、必要な人に必要な移動サービスを維持しながらアップデートしていく欧米の知見からは、日本が学ぶことは数多くある。日本が直面している「移動の危機」に本稿が少しでも参考になれば幸いだ。

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