Withコロナ時代のMaaS最前線の戦いを、計量計画研究所の牧村和彦氏が緊急リポートする第2弾。今回は、交通事業者が感染リスクを極力減らす工夫、MaaS事業者による取り組みにフォーカスする。
本シリーズ第1弾では、新型コロナウイルス感染症の最前線で戦う医療従事者など、エッセンシャルワーカーの移動を支援する取り組みを紹介した。今回は、交通事業者が感染リスクを極力減らす工夫、MaaS事業者による取り組みを見ていく。
【第2回】 データ活用で感染リスクを減らせ! Withコロナ時代のMaaS(2) ←今回はココ
【第3回】 「歩行者天国」が都市の新潮流に Withコロナ時代のMaaS(3)
移動を止めない、バス事業者の感染予防策
ニューヨーク市交通局やロンドン市交通局では、新型コロナウイルスの感染により、多くの運転手が亡くなっている。また、米国による108兆円規模の経済対策が日本でも話題になったが、そのうち2兆7000億円は公共交通機関の運行維持に充当されていることは、日本ではあまり知られていない。医療崩壊を防ぐことが喫緊の課題であると同時に、エッセンシャルワーカーの“移動崩壊”も避けなければならない。
バス運転手や地下鉄、鉄道の職員ら20人以上が死亡したロンドンでは、2020年4月17日、亡くなった方々を追悼して1分間の黙とうをささげた(ロンドン市長のサディク・カーン氏も労働組合ユナイト主催のイベントに参加)。併せて、この事態を受けてロンドン市交通局は、バスの運転手を防護する新たな措置を発表している。
具体的には20年4月20日から、乗客の前方扉からの乗降は禁止とし、バス運転手との接触機会を減らし、中扉あるいは後方扉のみに変更した。また、運転席に一番近い前部の座席にロープが張られ使用禁止とし、運転席には透明の保護スクリーンで仕切りを設けた。また、バス運転手の休憩施設を閉鎖して、臨時のバス車両を用意し、休憩所として運営している。
米国の動きは早い。ブルームバーグフィランソロピーズ(創設者は元ニューヨーク市長のマイケル・ブルンバーグ氏)と、全米交通担当官協会(NACTO)は、新型コロナウイルスへの様々な対策や創意工夫を一元集約しているサイト「Transportation Response Center」を立ち上げている。世界中でコロナウイルスと戦う人々の知見がシェアされ、政策の意思決定の有益な情報として活用されている。4月3日時点で、全米50以上の都市において(下図のFare suspension)、バス運転手の感染リスクを少なくするために、前方扉からの乗降を禁止し、後方のみの乗降に変更、運賃収受を一時休止した臨時の運用を行っている。運転手の感染リスクを下げ、エッセンシャルワーカーの乗客に対しても安心安全を提供する徹底ぶりだ。また、窓開けや咳エチケットの徹底、乗車定員を限定するなど、いわゆる「3密」を防ぐ対策も進んでいる。
エッセンシャルワーカーに「ありがとう」を
世界中でエッセンシャルワーカーへ感謝の意を伝える活動が生まれている。20年4月13日からの1週間、米グーグルがトップページに感謝の意をイラストで表明。続いて4月18日には、WHO(世界保健機関)と国際擁護団体のGlobal Citizenがレディー・ガガと協力し、「One World:Together At Home」を主催し、エッセンシャルワーカーを応援するイベントを開催した。毎晩、エッセンシャルワーカーに向けて拍手を送る人々、青い光で街を照らし感謝を示す人々など、感謝と応援の活動が世界中で起きている。
医療従事者と同様にエッセンシャルワーカーである、交通事業者や物流事業者を称賛するキャンペーンも世界中で始まっている。米国では、4月16日に新型コロナウイルスで亡くなった方々への追悼と、最前線で戦っている公共交通事業者をたたえて、ホーンを鳴らすイベント「#SoundTheHorn」が行われた(120を超える交通事業者が参加)。また、「#HeroesMovingHeroes」(英雄を運ぶ英雄)として、連日各地で活躍している交通や物流従事者にフューチャーした感謝の投稿がSNSでは続いている。日本では連日、公共交通機関を利用することに対してネガティブイメージばかりが流されており、世界とは大きな隔たりがある印象だ。
MaaS事業者はデータ分析で貢献
日々交通サービスが減便、休止という変更を余儀なくされており、ドア・トゥ・ドアの移動を支援するMaaS事業者の役割がますます重要になっている。本シリーズ第1回で紹介したように、エッセンシャルワーカーのための移動サービスが関係者の不断の努力により続けられている。また、エッセンシャルトリップ(生活していく上で必要な移動)のために、社会的距離(ソーシャルディスタンス)を確保し、食料品や医療品の調達を安全に行う上での移動支援が求められている。
北米やオーストラリアを中心に事業を展開しているMaaSオペレーターのトランジット(Transit)は、リアルタイムで収集されるバスの乗降情報を基に、混雑度合いを6段階で提供するサービスを追加した。「満車」「非常に混雑」「立ち席のみ」「数席着席可」「多数着席可」「空いている」の6段階で指標化し、バス事業者から受信した時刻も合わせて、走行位置に情報を追加している。バスのリアルタイムな乗降情報が提供されているシドニー、オークランド、スプリングフィールド、モデスト他10都市から開始した。
また、MaaSオペレーターは、交通事業者から運行に関するデータ、アプリ利用者のビッグデータなどを日々収集しており、都市の活動量や移動量を新型コロナ感染症の流行直後から提供し続けている。これは、携帯キャリアが提供している滞留人口などマクロな人の活動情報とは一線を画すものだ(多くは居住人口やエッセンシャルワーカーを含んでいる点に留意が必要である)。
MaaSオペレーターでは、例えばトランジット、ムービット(Moovit)、シティーマッパー(Citymapper)などが代表的な取り組みだ。中でも、トランジットとムービットは、鉄道やバス、トラム(路面電車)などの公共交通利用に特化して、世界中の利用動向が逐次アップされている点が特徴的。新型コロナウイルスが与えたインパクトと被害想定が、瞬時に国別や地域別で把握でき、政府の政策判断、財政支援に有益なデータを提供し続けている。
公共交通機関の利用状況をモニタリングしているだけではなく、MaaS事業者は新しい移動サービスの稼働状況や利用状況も把握している点が特徴的だ。ベルリン市交通局で運営しているMaaSアプリのオペレーターを担っているエストニアのトラフィ(Trafi)は、ポルシェコンサルティングと協力し、ベルリンにおける20年1月から4月までの週ごとの移動の変化を解析している。公表された結果によれば、総移動量は58%減少し、特に公共交通機関への影響が大きいことが報告されている。また、配車サービスは一般向けには休止しており、利用はゼロである一方で、自転車利用が増加傾向となっている。自転車利用の増加はニューヨークやスコットランドでも報告されており、類似の傾向だ。
このような移動に特化した指標はMaaSオペレーターならではであり、MaaSが導入されていなければ実現しなかったものだ。トラフィは、外出自粛や社会的距離の確保が求められる中で、人々の移動手段がどのように行動変容していくかを解析し、社会に提示している。このような取り組みを先導しているMaaS事業者の社会的な役割や価値は、パンデミックの経験を通して、市民からも一層期待、信頼されていくことだろう。
(第3回「『歩行者天国』が都市の新潮流に Withコロナ時代のMaaS(3)」に続く)