ミシュラン史上最速の三つ星レストラン「HAJIME」(大阪市西区)のオーナーシェフ、米田肇氏が、新型コロナショックで大打撃を受けている飲食店に対し、国の支援を勝ち取るべく精力的に動いている。2020年3月29日から始めた署名活動では、すでに10万3000件以上の署名が集まっている。希代の料理人を突き動かす危機感とは?

米田肇氏は、独創的な一皿でゲストの舌をうならせる“料理界のイノベーター”。なぜ全国の飲食店のために立ち上がったのか?
米田肇氏は、独創的な一皿でゲストの舌をうならせる“料理界のイノベーター”。なぜ全国の飲食店のために立ち上がったのか?

 新型コロナ対策による外出自粛要請や、色濃く残るロックダウン(都市封鎖)の可能性が、一気に客足が遠のいた飲食店の経営を窮地に追い込んでいる。飲食店の予約システムを開発するテーブルチェック(東京・中央)が3月31日に集計した調査結果によると、3月の飲食店1店舗当たりの1日平均予約件数は前年同月比34%も減った。予約のキャンセル比率も前年同月と比べて約2倍の約28%で、外出自粛要請の出された3月28~29日の週末にはピークで40%を超えた。予約人数が多いほどキャンセル率が高くなっており、そのぶん飲食店の経営には多大な悪影響が出ていることが見て取れる。

 こうした苦境にあえぐ飲食店を救うべく、飲食店倒産防止対策を求める署名活動の発起人として、自ら国や国会議員への働きかけを行っているのが、米田肇氏だ。今どんな対策が必要なのか、米田氏を駆り立てる危機感とは何か、話を聞いた。

今回の署名活動を始めた経緯を教えてください。

米田肇氏(以下、米田氏) 3月23日に東京都の小池百合子知事の会見で、ロックダウン(都市封鎖)の可能性について言及があって以降、その言葉が急速に浸透したことで強い危機感を覚えました。日本は、強制的な外出禁止措置など海外ほど厳格な運用は難しいといわれていますが、それでもひとたびロックダウンということになれば、真面目な日本人はほとんど外出しないでしょう。もちろん、新型コロナ対策としては取り得るべき有効な選択だと思います。ですが、ロックダウンとなると飲食店は休業せざるを得ず、何も保障がないままでは「従業員の給料は?」「家賃は?」と、経営者としては強い不安感を抱きます。

 これは経営の危機であると認識し、すでにロックダウンを実施している海外の状況を調べました。すると、多くの国でロックダウンは、飲食業を守るために従業員の給料の60~90%保障や、家賃保障、光熱費まで行政負担していることが分かりました。それに対して日本では、ロックダウンが今日か、今日かと噂されながら、飲食店などを例に挙げて外出自粛要請がなされ、“生殺し”の状態がずるずると続いていました。

 これは深刻です。フランスではミシュラン三つ星シェフが飲食店保護のための署名活動を行っていたので、日本でもシェフの間で誰か立ち上がらないのか聞いて回りましたが、3月下旬時点で多くは私ほど危機感を持っていない状態でした。それなら、自分が行動しなければならないと考え、3月29日から署名活動を始めました。

署名活動の開始から約1週間、本日(4月6日)時点で実に10万3000人以上の署名が集まっています。

米田氏 日本では署名活動が効力を持つ目安が10万票といわれていますから、まずは最低限をクリアしました。海外では、デモなどを含む一大ムーブメントに発展するのに15万~20万票とされていますから、次はこの段階を目指します。同時に、集まった署名は関連省庁や国会議員などに私自ら届け、今後の補正予算を含む措置に我々飲食業界と消費者の声が反映されるために動きます。

 政府に求めることは、飲食店の従業員の給料補償と、家賃補償の2つが基本です。飲食店の家賃相場は通常のオフィスの2~3倍で、外出自粛で収入が激減している中で飲食店の体力をどんどん削っていきます。

 これまで政府や各地自治体は各種補償を打ち出してきていますが、いずれも手続きが煩雑なうえ、入金が3カ月先ということもざらにあります。ほとんどの飲食店は今日の売り上げで明日の食材を買っているような状態で、飲食業の内部留保の平均は1.5カ月分といわれていますから、それでは全く有効な手だてにはなりません。一度客が激減したり、一時休業したりすると、一発で潰れる店がたくさん出てきます。

 その点、フランスやドイツ、ニュージーランドなどでは、すぐに補償金が銀行に振り込まれるといいます。飲食業はもともと廃業率が高くて、弱い産業です。補償の決断も、迅速な振り込みも、事は急を要しており、とにかく迅速にお金を投入することが重要です。

 そうして安心の基盤ができれば、社会にとって良いアクションも生まれてくるはずです。例えば、神経をすり減らすような労働環境で日々新型コロナと戦っている医療機関、介護施設などの方々に対して、飲食店の有志でおいしい料理を届けることなどです。すでに海外ではこうした動きが出ています。

HAJIMEの営業終了後、インタビューに応じた米田氏。表情は穏やかだが、インタビュー中はPCのモニター越しにも飲食店の行く末に対する危機感がひしひしと伝わってきた
HAJIMEの営業終了後、インタビューに応じた米田氏。表情は穏やかだが、インタビュー中はPCのモニター越しにも飲食店の行く末に対する危機感がひしひしと伝わってきた

署名活動を通じて、他の飲食店の窮状を耳にすることが増えましたか?

米田氏 署名活動を始めてから、私のFacebookアカウントなどには毎日20~30件、「今日、閉店することにしました。一生懸命、活動してもらっているのにすみません」というメッセージが届いています。

毎日ですか……。

米田氏 そうです、毎日20~30件ですよ。私は「こちらのほうこそ、すみません」としか言えなくて。世間の皆さんが考えているより、ずっと切実な状況なのです。休業することで日々何億というキャッシュが飛んでいくチェーン店しかり、オープンしたばかりの若いお店しかり、中高年のご夫婦で営まれている料理店しかり、おしなべてどこも苦しい状態です。

 それは、世界のレストランランキングに入っているような有名店も例外ではありません。特に問題なのが、地方の有名店です。都市部の有名店は富裕層が支えているから、こんな時期でも「逆に空いている」といって、ある程度客が入っていたりします。一方で地方の有名店は、基本的にそれら都市部の富裕層やインバウンドなど、遠方からの客で成り立つモデル。良い料理を作っているからこそ、周辺の飲食店の相場より高い価格設定でやってきましたが、そのぶん、こうした状況下で遠方からの客足が途絶えたとき、急に地元の人が訪れるとはなりにくい。実際、私の知り合いの超有名店も、存亡の危機に立たされていると聞きます。

 私の店「HAJIME」はというと、3月まではそこまで大きな影響はありませんでしたが、4月は海外からの250人分の予約がすべてキャンセル。東京のゲストなどからも、キャンセルが相次いでいる状態です。数人でも予約があれば店は開けていますから、スタッフは同じように働いてくれており、彼らの給料も当然必要になります。4月は確実に赤字経営です。

 それでもHAJIMEの場合、日本でも有数の経営状態と自負していて、今年で開店から12年目になりますが、毎年内部留保をしっかり心がけたおかげで、1年くらいは潰れる心配はありません。「そんな余裕のあるやつが、なぜ署名活動を?」と思われるかもしれませんが、多少余裕がなければ動けるわけがありませんし、何より、誰かが今立ち上がらないととんでもないことになる。それだけです。

 私が抱いている危機感の大きな部分では、2021年に延期が決まった東京五輪があります。それまでの約1年で、日本の飲食店が壊滅状態になってしまっていたら、海外から来日する人は何を思うのでしょうか。これまでインバウンドの増加が日本経済を押し上げてきましたが、その中心にあるのは観光産業とともに飲食業でしょう。そんな飲食店への補償を行わず、生殺し状態を続けていたずらに消耗させ、結果的に多くの店が閉鎖せざるを得ない状態に追い込まれるなら、そんな国に誰が共感するでしょうか。

 こうした署名活動に賛否両論があることは承知しています。確かに、多くの料理人はおいしかったらもうからなくてもいいとばかりに、薄利でもゲストの笑顔を糧に営業しているような部分があります。料理人はすごく純粋な人たち。逆に言ったら料理以外のことを勉強していないということです。おいしいものを食べてもらいたい一心で働いているみんなの“火”を、何もしないまま絶やしてしまっていいのか。私は、それは耐えられません。

そうした料理人の心意気の恩恵にあずかってきたのは我々消費者ですから、世間も無関心ではいられません。最後に、今まさに苦境に立たされている飲食店の方々にメッセージを。

米田氏 今は本当の危機の序章にすぎません。今後、「アフターコロナ」の時代が訪れたとして、そのスタート時に飲食店の体力が残っていなければ、今以上の閉店ラッシュが巻き起こるでしょう。一度、来なくなった人が戻るのは、うまくいっても半年から1年先ですから、十分な体力が必要です。少なくともまだ持ちこたえてくれている飲食店の手遅れになる前に、国からの有効な支援が受けられるよう活動を続けていきます。

 私は、食は人々に希望を与えられるものだと思っています。いずれ新型コロナが収束して街が回復していくときに、疲弊した地域のみんなを勇気づけられるのは料理人が腕を振う豊かな食体験です。だから、今は本当に大変な状況ですが、諦めずに精いっぱい頑張ってもらいたい。

(写真/水野浩志)


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