新型コロナウイルスが広がるとともに、ネット上では被害状況を示すグラフやダッシュボードが多数登場している。緊急事態であればこそ、正確で分かりやすい情報伝達が求められる。各サイトはビジュアライゼーション(データ可視化)の視点から見ると、どんな工夫があるのか。専門家の松島七衣氏が解説する。
拡大を続ける新型コロナウイルスの被害状況を、分かりやすく把握するために作られたグラフやダッシュボードが世界中で公開されている。このように、数字や文字のデータ群を整理し、効果的にデータの中身を伝える手法のことをビジュアライゼーション(データ可視化)という。この技法を用いると、作り手のメッセージやストーリーが明確に伝わりやすくなるという効果があり、議論の活性化につながる。
今回の件において、気を付けなければならないのは、健康や命に関わるセンシティブな内容でもあり、表現次第では、誤解や混乱を招く可能性があることだ。既に、報道やネットの口コミの影響で「○○が売り切れる」といった噂が広がり、一部で問題視されている。正しく情報を伝えるはずのグラフが、そうしたミスリードを引き起こす可能性があるということだ。
今後も新型コロナウイルス関連のデータを目にする機会は多いだろう。まずは情報の受け手の立場として、データ可視化の観点から考慮すべき事項を伝えていく。特にデータとグラフの使い方に注意を払ってほしい。加えて、マーケターをはじめ企業や製品の情報を発信する立場にある読者にとっては、こうした状況下で重要な情報を届けるときに何を考えるべきかを理解するためのヒントにもなるはずだ。
まずは使用している数値を確認する
世界中で提示されている新型コロナウイルス関連データの多くは、累積の感染者数、現在の感染者数、回復者数、死者数、新規感染者数である。一般論になるが人々は、累積の感染者だけを見れば不安感を抱きやすくなり、現在の感染者数と回復者数を比較すれば安心感を抱きやすくなる。示す数値によって、印象やコンテキストは変わるのだ。
世界保健機関(WHO)の情報配信サイト「WHO COVID-19 Dashboard」は日別感染報告数と、累積の感染者数が切り替えられるようになっているところが秀逸だ。新規感染者数の推移は、専門家でなくても、流行が拡大期なのか、収束期なのかを、大まかに予想しやすく、数週間後の流行状況を考えられる貴重な情報となる。
日本経済新聞の「世界全体の感染者、回復者、死者の数」では、3種類の数値を積み上げる形で累計の感染者数を見せている。3種類を分けずに累積数だけを示せば、感染者は急増していて危険が迫る状況だと、読者は過度な不安を感じるかもしれない。その点、このグラフは、既に回復した人が多いことを同時に表すことで「回復した人も一定数いるのだ」と冷静に判断できるようにしている。
条件の違いを想像することが大切
グラフの中で複数のデータを比較している場合、それぞれの条件がどう異なっているかを考えることは重要だ。例えば、国ごとの感染者数のデータを比較する場合。人口、高齢者の割合、生活の特徴、政府の措置、医療システム、集団感染が起きた場所など、様々な条件が異なっているという意識を持っておきたい。データの取得環境も異なっているはずだ。
Financial Timesの特設サイトでは、3人以上亡くなった日を起点として、国ごとに死亡者数の推移を出している。流行の開始時期は地域によって異なるが、同じ条件を起点日にするという工夫を加えることで、国同士の比較が容易になっている。
上のグラフは掲載する国を一部に絞っている。1つのグラフに多くの項目を盛り込みすぎると識別しづらくなる恐れがある。そこで同サイトでは、その他の国については、個別に小さいグラフを作り、それぞれを並べている。こうすることで、既に拡大した国と比較してどう違うのか、多くの国で推移を確認できるようにしている。グラフはシンプルに分かりやすく示すことが基本。その基本を崩さず、多くの国を比較したいというジレンマをうまく克服している例と言えそうだ。

日本では、検査数が少ないから感染者数が少ないのだろう、と言われることがある。そうした見方を受け止めるだけではなく、本当に正しいのかを、確かめるデータを探す姿勢も大切だ。ここでは世界規模の課題解決を目的に多数のグラフを掲載しているサイト「Our World in Data」の「Tests conducted vs. Total confirmed cases(検査数と累積感染者数の比較)」を見てみた。すると、確かに感染者数が多いほど検査数が多い傾向はあるようだ。
残念ながら新型コロナウイルスの感染者は爆発的な勢いで増えている。そのため、グラフの軸が桁数ごとに区切る対数になっている場合があることも気を付けたい。下のグラフでは横軸の感染者数が10、100、1000と10倍ずつ大きくなっており、少しの違いに見えても大幅な差がある。
円で表す地図で、感染者の多いエリアを把握
感染者数の地理的な拡大状況を表す表現として、今回の新型コロナウイルス関連でもよく見かけるのが、国や地域の単位で、感染者数を円の大きさで表す地図表現だ。円の大きい場所を一目瞭然で把握できるという長所がある。
注意としては、円の中心地に感染者が固まっているわけではないことだ。特に地図をズームしたときに、誤解が生じやすくなる。円の大きさの変化が、実数ではなく対数である場合は、小さいところを過大評価したり、大きいところのインパクトを小さく感じたりする場合もある。円が密集すると円の大きさや位置関係が判断しづらくなることもある。
次の例は、米トムソン・ロイターによる「Tracking the spread of the novel coronavirus(新型コロナウイルスまん延のトラッキング)」だ。日ごとに、中国から世界に広がる様子をアニメーションで分かりやすく見せている。ただ、欧州では大きな円が複数発生し、各国の差は見づらくなってしまっている。このグラフを作ったときの想定を超える被害が欧州で広がってしまった、ということだろう。
色塗りの地図で、感染の広がりを把握
国や地域ごとに、感染者数を色の濃さで表す、色塗りの地図もよく使われている。次の例は「Yahoo! JAPAN」の色塗り地図「都道府県別感染者数」だ。北海道のほか、首都圏や愛知県、大阪府付近の広がりが見て取れる。
地図と棒グラフの組み合わせも有効
色塗りの地図は、地理的な広がりが把握しやすく、円の大きさで示す地図と比べると、重ならないのが利点と言える。一方で注意点は、面積が小さい地域は見落としやすくなることだ。
この課題を解決しているのは「東洋経済ONLINE」の「新型コロナウイルス国内感染の状況」。地理的な状況把握用に地図を、人数の把握用に棒グラフを組み合わせている。ダッシュボード全体で色の数を制限していて、色の組み合わせに一貫性があり、不安を与えない色遣いをしている点も好感が持てる。
背景が黒で、感染者数が赤い配色をしたダッシュボードが多く存在している。危険な情報を表現するとき、危険を連想する配色にするのはセオリーだ。しかし、今の状況の場合、強い不安を感じている人がいるという報道があることから、さらに不安な気持ちをあおってしまう可能性もありそうだ。
アニメーションで変動を把握
Webという特性を生かしたアニメーションも、データ可視化の手法として欠かせないものになっていくだろう。感染者数の推移を棒グラフのアニメーションで見せているサイトが、英BBCニュースの「How confirmed cases have spread outside of China(中国以外での感染者数の広がり)」だ。イタリアや米国が各国を一気に追い抜く様子が確認できる。
同じようなデータでも可視化の方法によって、大きく見え方が違うことが実感できたはずだ。新型コロナウイルスの影響がどこまで広がり、我々のビジネスにどう影響するか、先が見えづらい状況が続いている。それでも、現状を正しく可視化したグラフに基づき、一人一人がデータを適切に判断すれば、将来を予測し、どうアクションを取るかの判断材料にもなるはずだ。