※日経トレンディの記事を再構成
人気スマートフォンゲーム『Fate/GrandOrder(以下FGO)』。ファンを増やし続けるのみならず、様々なビジネスにインパクトを与え、一大経済圏を築いた理由を探る特集の最終回。セガとコラボしたアーケードゲームがゲームセンターに若者や女性を呼び込み、変わり種コラボの「リアル脱出ゲーム」はチケット争奪戦となった。ヒットコラボに共通するのは……
『FGO』を理解するから作れる セガのアーケードゲーム
セガ・インタラクティブも、『FGO』ファンを理解し、それまでの常識を捨てて新規顧客に寄り添ったゲームを開発したことで、成功した。それが『Fate/Grand Order Arcade(以下、FGOアーケード)』だ。『FGO』をゲームセンターなどに設置するアーケードゲームとして展開するこのプロジェクトは、2016年に、FGO PROJECTクリエイティブディレクター(当時。現 FGO PROJECTクリエイティブプロデューサー)の塩川洋介氏からの提案で始まった。
主なターゲットは『FGO』をプレーしているユーザーだが、彼らにゲームセンターまで足を運ばせるにはスマホゲームには無い魅力が必要。そこで、セガの持つ3D技術を駆使した。普段スマホで見ている2次元のキャラクターを3Dで動かし、迫力ある対戦ゲームを楽しめるようにした。
「イラストは描かれていない部分も多く、そのまま3Dにしようとすると顔や髪形などが不自然になってしまう場合も。どこから見てもおかしくないよう調整するのに苦労した」と、開発を担当したセガ・インタラクティブのディレクター、伊神公博氏は語る。こうした工夫が奏功し、召喚したサーヴァントを360度回転させて見ることができ、一部は衣装も替えられる「マイルーム」機能を付けられた。
また、スマホゲームではガチャを回して獲得できるサーヴァントの「セイントグラフ」や、サーヴァントのステータスを底上げする「概念礼装」を物理カードとして入手し、集められる仕組みにした。
17年8月からは『FGO』の周年のイベントを皮切りに、福岡や徳島、大阪、東京・秋葉原でFGOアーケードのプレー体験ができるロケテストや体験会を実施し、そこでのユーザーの声を参考にチューニングしていった。「これだけの規模でロケテストを行って作った例は珍しい」(伊神氏)。
結果分かったことは、やはりアーケードゲームを初めてプレーする人がほとんどで、何をどう操作すればよいのか分からない人が多いということ。そのため、『今何が起こっているか』を分かりやすくするために、できるだけシンプルに設計した。操作は、移動スティックの「Lグリップ」と必殺技の「宝具」を発動させる「宝具ボタン」、攻撃の「アタックボタン」のみ。「最近は、10個近く操作ボタンが付属しているコントローラーもある。それを基本的な操作をこれだけにするのは勇気のいる決断だった」(伊神氏)。
さらにプレーヤーが迷わないよう「ゲームセンターで使われる専門用語の解説などをまとめた冊子を、『FGO』のイベント会場で配布した」(セガ・インタラクティブで宣伝を担当した藤木圭一太氏)という。
18年7月にリリース後は、プレーヤー数は予想を超え、1カ月で30万人を突破。「基本、対戦格闘ゲームは90~95%を男性ユーザーが占めるが、FGOアーケードの男女比は8対2程度と女性に多く来てもらえた」(伊神氏)。
リリース後もこまめにアップデートすることでファンを長く引き付けている。20騎のサーヴァントからスタートしたが、57騎(19年11月現在)まで増えた。「月に1、2騎を追加するペース。他のゲームは半年に1度などに複数のキャラをまとめて更新という場合が多く、破格のスピード」(伊神氏)。
SCRAPが企画する「リアル脱出ゲーム」も変わりダネのコラボだ。18年に実施した「謎特異点I」では特に、チケットが争奪戦となり、SCRAP会員先行チケット販売で、最短完売記録(当時)を打ち立てた。
人気の理由は、『FGO』のゲームシステムや設定を、脱出ゲームに盛り込んでいること。召喚体験、一人一騎サーヴァントが付く、令呪を使うなど、「本当に『FGO』世界に入り込んだマスター体験をつくり上げるべく、ストーリーと謎を絡ませた。違和感無く物語体験をさせるために、実際に呪文を読ませるといった工夫を積み上げた」(SCRAPコンテンツディレクター・平井真貴氏)。この結果、「初めてリアル脱出ゲームに触れたお客さんが、その後別のゲームにも参加してくれたという動きが見えた」(SCRAPプロデューサー・高木聰樹氏)という。リアル脱出ゲームは本来、SCRAPが主催しているイベントが多いが、『FGO』については、FGO PROJECTが主催で、SCRAPは委託という形式を取っている。それだけに、「FGO PROJECTはファンのためにリスクを取るという熱意が感じられた」(高木氏)。
『FGO』のサーヴァントたちのファンになった人は、スマホを飛び出して、様々な新体験へと導かれている。そこまで人を動かすヒット現象に共通するのは、見せかけのコラボではなく本気で『FGO』の中に入り込んで、それを表現しようとするクリエーターやメーカーの真面目な遊び心だった。
今の時代にヒットを生むための重要な考え方として、コミュニケーション・ディレクターの佐藤尚之氏が提唱する「ファンベース」というキーワードがある。ブランドが大切にしている価値を支持する生活者を「ファン」と位置付け、そのファンをベース(土台、支持母体)に、中長期的な売り上げや企業価値の向上につなげていくというものだが、まさに『FGO』はこの考えが浸透したプロジェクトといえるのではないか。今、エンターテインメント企業に限らず、すべての業種が注目すべき現象といえる。
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