※日経トレンディの記事を再構成

1900万ダウンロードを突破した人気スマートフォン向けゲーム『Fate/GrandOrder(以下FGO)』。実は、キャラクター商品はもちろん、学術書やオーケストラコンサート、ホテル……様々なビジネスにインパクトを与えている。本特集では、『FGO』の中身とヒットの裏側に加え、業界の垣根を越えて一大経済圏を築いた理由を探る。

テレビアニメ『Fate/Grand Order -絶対魔獣戦線バビロニア-』の第2弾キービジュアル
テレビアニメ『Fate/Grand Order -絶対魔獣戦線バビロニア-』の第2弾キービジュアル

 2017年9月20日。歌手の安室奈美恵が1年後の引退を発表し、Twitterのトレンドワードが「安室奈美恵」「安室ちゃん引退」といった言葉で埋め尽くされるほどの激震が走った。ところが、それらを抑えてトレンド1位に君臨し続けたワードがある。「マーリン」だ。これはスマートフォン向けゲーム『FGO』に出てくるキャラクターの名前で、『FGO』はリリースから約4年半で国内累計1900万ダウンロードを記録している超人気作。「ファミ通モバイルゲーム白書2019」によると、18年の国内モバイルゲーム売り上げランキングでは、『モンスターストライク』に次ぐ2位の885億円を記録している。20年2月には、1900万ダウンロードを突破した。エース経済研究所アナリストグループ部長の安田秀樹氏は、「実は経済的インパクトの大きいゲーム。17年上半期にソニーが大幅な増収増益を果たしているが、そこに推計で250億円程度の利益をもたらし貢献したのがアニプレックス(ソニー・ミュージックエンタテインメントの子会社)が手掛けた『FGO』だった」と言う。

 もともとは「Fate」シリーズのファンに向けたスマホゲームのはずだった。それが今、既存のファン層を超えてビジネスにインパクトを与えているのだ。

 15年にローンチした『FGO』を、開始当時から担当しているのは、ディライトワークスの石倉正啓氏とアニプレックスの金沢利幸氏だ。

 ベンチャーのディライトワークスにとっては初の本格的な事業。アニプレックスにとっても、スマホゲームを手掛けるのは初めて。当時の状況を「宣伝するどころではない。とにかくサーバーとの戦いだった」と金沢氏は語る。というのも、最初の事業計画は、ユーザー10万~20万人を想定したものだった。ところが、リリース前の事前登録者数は70万人を超え、想定以上のアクセスにサーバーが耐えられず、ローンチ直後に長時間のメンテナンスに入らざるを得ないという事態となった。「うれしい悲鳴ではなく、本当に悲鳴を上げていた」と振り返る。

『FGO』を初期から担当する、ディライトワークス 第2制作部FGOスタジオ スタジオ長の石倉正啓氏(左)と、アニプレックス企画制作第2グループ PDマーケティング部課長の金沢利幸氏(右)
『FGO』を初期から担当する、ディライトワークス 第2制作部FGOスタジオ スタジオ長の石倉正啓氏(左)と、アニプレックス企画制作第2グループ PDマーケティング部課長の金沢利幸氏(右)

 なぜ、『FGO』が開始前からそこまでの人気を得たのか。そもそも「Fate」シリーズの原典は、同人サークルとして1999年に発足したTYPE-MOONにより、2004年に18歳以上向けのPCゲームとして世に送り出された『Fate/staynight』だ。その後、15年もの間、家庭用ゲームやテレビ・劇場版アニメ、小説、コミカライズ、舞台など様々な形でシリーズの作品が展開されてきた。この「Fate」シリーズの根幹を成しているのが、TYPE-MOONの奈須きのこ氏というシナリオライターによるシナリオだ。

 物語の原典に当たる『Fate/staynight』は、西暦2000年ごろの日本の地方都市「冬木市」を舞台に、7人の魔術師(マスター)と7騎の使い魔(サーヴァント)がペアを組み、どんな願いでもかなえられるという「聖杯」を巡って「第五次聖杯戦争」と呼ばれる壮絶な戦いを繰り広げるという物語だ。

サーヴァントはポケモン!? 一緒に旅をして愛着が湧く

 特徴的なのは、人間であるマスターが、歴史や神話上の英雄や偉人たちをサーヴァントとして召喚するシステム。この構造は他の「Fate」シリーズにも共通しており、『FGO』に「Fate」シリーズに登場したサーヴァントが大集合しているのだ。ただし、歴史上の人物とサーヴァントは名前は共通していても、性別や設定は異なる場合も多い。

 ゲームの魅力はやはりこの、250騎以上もいるサーヴァント。石倉氏は「分かりやすくゲームの要素を伝えると、ポケモンに似ている。多くのサーヴァントがシナリオ上に登場し、召喚によって彼らを仲間にしながら一緒に試練を乗り越えていくので、どんどん愛着が湧く。ユーザーは好きなサーヴァントと一緒に冒険したいという思いでプレーしている」と言う。

 サーヴァントごとに、キャラクターデザインやバトル時の動き、発動する特殊な能力が異なり、それぞれが強烈な個性を持っている。「聖晶石召喚」(ガチャ)と呼ばれる、ゲーム内の専用アイテムを消費して引くくじのシステムによってサーヴァントを入手し、育てていく仕組みだ。

 歴史上の人物がサーヴァントとして登場するため、友達に紹介しやすいという側面もある。

 「例えば『FGO』を、坂本龍馬が出てくるゲームだと友人に説明することもできるため、それなら知っているからやってみよう、と話が盛り上がるのだろう。ユーザーにアンケートを取ってみると、FGOを始めた理由の多くが『友達に誘われて』だった。テレビCMのような大規模な宣伝はあまり行っておらず、お客様がお客様を呼んでくれるという状況」(石倉氏)。

 レアなサーヴァントを手に入れるのだけがゲームの面白さではない。「ストーリーに引き込まれるユーザーが多い」と、石倉氏は語る。一般的なスマホのゲームでは、戦闘部分に比重が置かれ、ストーリーを飛ばして遊ぶ人も多いが『FGO』では、ノベルゲームが原典ということもあり、ゲーム内で重厚なストーリーが展開される。

 「奈須きのこ氏をはじめとしたライター陣は、サーヴァントそれぞれの魅力を引き出すストーリーを展開している。レアリティー(希少さ)が低いサーヴァントが人気を得ていることも多く、これも物語をじっくりと読んでもらっている証拠だろう」(石倉氏)。

 バトル無しでストーリーを読ませるだけの章もある。「初期の頃はスマホで長い文章を読んでくれるのかと心配していたが、確実にテキストを楽しんでくれているということが分かり、章が進むにつれてシナリオのボリュームを増やしていった」(石倉氏)。『FGO』のユーザーは20代が5割以上を占める。活字離れしているといわれている若者が、ゲームの中でここまでテキストを読むことに驚かされる。

 多彩なサーヴァントとの出会い 

サーヴァント5騎+他のマスター(プレーヤー)のサポートサーヴァント1騎を編成してプレーする。このサーヴァントを様々な方法を使い、レベル、ステイタスをアップさせて育てる
サーヴァント5騎+他のマスター(プレーヤー)のサポートサーヴァント1騎を編成してプレーする。このサーヴァントを様々な方法を使い、レベル、ステイタスをアップさせて育てる
ジャンヌ・ダルク
「我が旗よ、我が同胞を守りたまえ!
 我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)」


サービス開始当時から登場。全サーヴァント中で最も基礎HPが高く、宝具で味方全体の耐久補助ができるという性能を持っており、高難易度のクエスト(戦闘)で活躍してくれる。モデルとなったのは、15世紀に「フランスの解放」の神託を受けて百年戦争を勝利に導き、宗教裁判によって火刑に処せられた少女だ
レアリティ★★★★★  クラスルーラー
【イラスト】武内 崇 【声】坂本真綾

サーヴァントの自慢をしたい Twitterがバズる原動力

 もう一つ、『FGO』には特徴がある。実は、今どきのモバイルゲームにしては珍しく、オンラインで他人とつながる仕組みが無いのだ。フレンド登録をした人のキャラクターがバトルをサポートしてくれる機能はあるものの、リアルタイムで他プレーヤーと共闘して敵を倒したり、対戦をしたりする機能は無い。基本的に、1人で没頭してゲームを進めていく。「それが逆に、手に入れたサーヴァントを自慢したい、ストーリーについて語り合いたいというつながりの欲求を生んでいる」と、石倉氏は言う。

 『FGO』について語りたいという欲求は友人同士の会話にとどまらず、Twitter上に向かう。これが社会現象となったのが、冒頭で説明した「マーリン現象」だ。マーリンは「アーサー王伝説」に登場する魔術師「マーリン」をモチーフにしたキャラクターで、ゲームではトップレベルの人気を誇るサーヴァント。仲間の体力などを毎ターン回復させる能力があり、顔も声もいい。プレーヤーにとっては、喉から手が出るほど欲しいキャラクターなのだ。しかも、一定期間しか出現しない限定キャラで、特定のチャンスでしか手に入らない存在だった。

マーリン
「好きなもの? 人間と、悪戯と、女の子だよ?
 だって楽しいだろう? いじるの」


宝具「永久に閉ざされた理想郷」は、味方全体に宝具と呼ばれる必殺技を使用するためのポイントを供給し、HP回復効果を付与できるという最強の力を持っている。長期戦や高難易度クエストでパーティーに組み入れたいキャラだ。イケメンで爽やかな青年だが、その本性は“ろくでなし”。原作は、英国中世の伝説を基にした騎士道物語、アーサー王伝説に登場する魔術師で、謎に包まれた人物として描かれている
レアリティ★★★★★  クラスキャスター
【イラスト】タイキ 【声】櫻井孝宏

 そんななか、『FGO』の1000万ダウンロード突破を記念し、マーリンが登場する期間限定イベントの開催が告知された。その開催初日がちょうど、安室奈美恵の引退が発表された17年9月20日だったのだ。マーリンを召喚することを楽しみに待っていたユーザーたちが、スタート時間に合わせて一斉にガチャを回し始め、Twitterで結果や進捗を報告し合い、トレンド1位を独占し続けた。

 石倉氏は「全く予想していなかった現象」と言う。金沢氏は「シナリオの進行上、マーリンがゲーム本編にも出てきているタイミングだったので、マーリンを自分のパーティーに組み入れたいと思った人が多かったのではないか」と話す。

 ゲームでつながらない代わりに、リアルでのつながりは活発化する。『FGO』は周年などを機にたびたびイベントを行っており、地方でも積極的に開催する。18~19年の冬は、『FGO冬祭り 2018-2019 ~トラベリング大サーカス!~』というイベントを北海道、宮城、大阪、熊本で実施し、事前抽選券への応募が殺到した。

 「プレーヤー同士が、リアルの場でも一体感を味わう機会。プレーヤーの生活に『FGO』がいつもある状態を目指す」と石倉氏は言う。

FGO現象【1】全国で行うリアルイベントに熱狂!
『FGO』は積極的に地方のリアルイベントを行う。写真は19年2月に行われた熊本県・グランメッセ熊本で行われた「FGO冬祭り」。他に北海道、宮城、大阪で開催。
FGO現象【2】アーケードゲームにも進出
スマホゲームである『FGO』が、セガ・インタラクティブとの協業でアーケードゲーム『Fate/GrandOrder Arcade』を18年から展開している。3D化されたサーヴァントを操作できる楽しみがある。『FGO』に登場するカードが実際に出てくるのも魅力。若者をゲームセンターに呼ぶ効果があった。
FGO現象【3】舞台やオーケストラ音楽にもなった!
17年には物語の6章を、18年には7章をそれぞれ舞台化した(下)。19年、東京都交響楽団の演奏による『FGO』の音楽が聴けるオーケストラコンサートも行った。このコンサートを音源化したCDも発売(下下)。
©TYPE-MOON / FGO STAGE PROJECT
©TYPE-MOON / FGO STAGE PROJECT
©TYPE-MOON / FGO PROJECT
©TYPE-MOON / FGO7 ANIME PROJECT
©TYPE-MOON / FGO ARCADE PROJECT
注)日経トレンディ2019年12月号の記事を再構成。一部の数字を除き、情報は取材時点のもの

(写真/吉澤咲子(人物))

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