日経クロストレンドは、本連載を基にした書籍『パーセプション 市場をつくる新発想』を2022年11月7日に発刊した。本書の著者である本田事務所代表の本田哲也氏が、元ZOZOの執行役員で、現在はYouTubeのチャンネルや会員制のコミュニティーの運営、複数企業のマーケティング顧問を務める田端信太郎氏とパーセプションについて議論した。田端氏はマーケティングにおけるパーセプションとは、「見たくない自分と向き合うこと」であると持論を語る。
本田事務所代表/PRストラテジスト
田端信太郎(以下、田端) せっかくなので本田さんが執筆された書籍の僕なりの感想を言うと、マーケティングやPRなど、ビジネスの文脈で語られるパーセプションは、企業イメージや商品のことばかりです。ですが、生活者の頭の中で、商品やブランドに対するパーセプションは10%も使っていなくて、それよりも職場の誰が仕事をできるのかとか、友人同士のうわさ話など、人間がかかわる部分が非常に多くを占めていると思います。
ですから、実は商品やブランドそのものに対するパーセプションよりも、商品やブランドが人に与えるパーセプションのほうに興味があります。例えば、どの洗剤は環境負荷が低いのかといったことよりも、その商品やブランドを使うことで、「自分にどのようなパーセプションを与えてくれるのか」が、消費を決めるうえでの影響が大きいという発想です。「キットカット」(ネスレ日本)の受験キャンペーンは、応援メッセージをパッケージに書いてプレゼントすることで、人間同士における気遣いというパーセプションを与えるツールになっていると思います。それが商品の味や品質を超える価値を生んでいます。
家に閉じて使われる商品なのか、外で使う商品なのかでも違ってきます。自宅で飲んでいるコーヒーは社会的な文脈とはほぼ無縁ですが、外で歩きながら飲むときにはカップにスターバックスのロゴが付いているほうがおしゃれに見えるというふうに、社会的な文脈を持つことになります。
特に時計、ファッション、車などの高関与商材は、持っていることで人間関係の中で個人に寄せられるパーセプションが変わることがあります。
パーセプション変容で求められる取捨選択
本田哲也(以下、本田) 商品やブランドを使っている人が周りからどう見られるかという視点はまさしくその通りだと思います。特にコモディティー(汎用)な商品では、おいしい、汚れが落ちやすいといったパーセプションは商品やブランドが所属するカテゴリーの中では重要かもしれませんが、生活者のマインドシェアではかなり小さいのかもしれません。
私の顧客である企業と、好ましいパーセプションについて議論をする際、企業にも法人としての人格がある。その人格には「突拍子もないことをやる企業」「保守的な企業」といったパーセプションが付与されるという話をします。法人という人格とそれを見る消費者の間で同じ価値観であるというパーセプションが生まれることで、好感度が上がったり、自分の生活に関係がある商品やブランドであると思ってもらえたりする可能性が高まります。
田端 ただ、パーセプションをつくったり、変えたりするときには何を捨てるのかは重要なポイントだと思います。今夏はキャンピングカーで米国を旅行していましたが、ある大手小売店の駐車場で車中泊をしようと計画をしていたところ、米国在住の友人からやめたほうがいいと強く忠告されました。その店舗はカリフォルニア州の田舎にある店舗でしたが、要はその小売店を進んで選ぶような層には危険な人物が多く含まれていると、僕の友人は認識しているわけです。このパーセプションを変えようとすると、既存顧客を捨てなければなりません。
本田 その悩みはあります。例えば、ワークマンは基本的にはパーセプションの変容で成功した企業です。「#ワークマン女子」などのブランドをつくることで、作業服から、機能服ブランドへと大きくパーセプションは変わりました。ですが、一部では「自分たちの好きだったワークマンは変わってしまった」という印象になっています。これはあらゆる企業で起こり得ます。パーセプションが変わることで、喜ぶ人と離反する人の両方が現れますよね。
マーケターは都合よく新しい顧客をとりながら、既存顧客を守りたいと考えがちですが、両方を完全に成立させるのは難しい。ブランドの若返りを図りたいと考えたときには、既存の顧客を維持するのか、それとも新規の若年層の獲得に力を入れるのかといった、顧客のポートフォリオづくりにかかわるし、それは「マーケティング戦略」全体の話になります。
田端 八方美人で、全方位にいい顔をしすぎて、パーセプションがよく分からなくなるケースもありますね。CSR(企業の社会的責任)、コンプライアンス、ガバナンスなどの中で、最低限のラインは守るべきですが、何を捨てるべきかは考えたほうがいいです。そもそも、パーセプションというのは社外からの見られ方の話ですよね。
本田 パーセプションとは消費者からの視点であって、自分たちがこう見られたいから、そういう世界観をつくろうというのは企業側のエゴです。「Perception is Reality」という言葉がありますが、会社の持つ理想と現実はかけ離れていることも多い。パーセプションは企業が所有するものではなく相手側が持つ認識だから、真摯に向き合うしかありません。
田端 その通りですが、人間が第三者なしで自己を分析するのが難しいのと同様に、そうはいかないのが現実です。世界的な有名なスポーツ選手でも必ずコーチがついています。自分のフォームなどを動画で振り返ることはできますが、修正点や休息をとるべきポイントを自己で正確に認識するのは不可能に近いものです。
パーセプションの測定は大切ですが、定量的にデータのグラフが変化しないと、パーセプションチェンジを認識できないのは頭が固いと思います。例えば、「車中泊」という行為そのものは違反ではありませんが、駐車禁止の場所では明確に違反になるように、“グラデーション”があります。それと同じように、パーセプションの線引きは難しい。
「自己嫌悪」「自己否定」「自己検証」が重要に
本田 鏡を見たらかっこいい自分が映るかと思ったのに、そうじゃない自分が映ることもあります。SNSの普及によって、企業の姿勢などが丸裸にされる時代だからこそ、自己を客観視しなければなりません。
田端 それはマーケティングにとどまらず、危機管理も同じで、周りの人間が忖度(そんたく)して言えないことを率直に伝えてくれる外部の意見には耳を傾けるべきです。それは、本当は見たくない自分と向き合うのと同じことです。
(幻冬舎社長の)見城(徹)さんが「自己嫌悪」「自己否定」「自己検証」が大切だと言っています。僕はブランド論で危険なのは、自己嫌悪よりも、「自分のことを大好きな人が多い」ことだと思っています。例えば、大手メーカーなどに勤めている人は、自社の商品やブランドを本当に愛している人が多い。愛社精神は悪くはありませんが、それしかないのは非常に危険です。
そういう人に対して、ブランドや商品に好ましくなパーセプションがあるといった定量調査などの結果をそのまま出すと、理想と現実のギャップに怒り出したり、むっとしたりすることがあります。それは現実と向き合えていない証拠です。意識しないと、目線が自社に向いてしまうので、9割ぐらいは社会を見たほうがバランスはとれると思います。ビジネスの文脈での自己嫌悪は非常に重要です。
本田 理想と異なるパーセプションを気に食わないと感じるのは仕方ありませんが、前に進むにはまず目を背けずに向かい合い、理想と現実の差を埋めていくしかありません。ところが、ではどういうパーセプションに変われば成功だと思いますかと質問すると、意外に答えられない人が多い。
答えたとしても、「もう少しかっこよく見られたい」といった具合に抽象的な表現にとどまりがちです。パーセプションはイメージとは異なるので、もっと解像度を高く、なりたい理想像を言語化できなければなりません。
田端 セガ・エンタープライゼス(現セガサミーホールディングス)が制作した、ゲーム機「ドリームキャスト」のテレビCMを覚えていますか。当時、セガの専務だった湯川(英一)さんを起用したCMで、街中で子どもが「セガなんてダサいよな」「プレステのほうが面白いよな」と会話しているのを耳にした専務が、部下にその真意を問いただすと、全員下を向いて否定しないといった、自虐的な内容のシリーズになっていました。僕はあれは広告の歴史に残る、素晴らしいテレビCMだと思って、いまだにときどきYouTubeで見ています。
広告代理店や部下から「消費者調査の結果、セガはダサいというイメージになっています」と言われたら、怒り出す可能性だってあるはずです。ですが、湯川専務のテレビCMを制作するということは、消費者から向けられているパーセプションを認めていたわけです。実際の専務が登場しているので、リアリティーもある。パーセプションを認めることの大切さが、短い動画としてコンパクトにまとまっています。
僕のYouTubeチャンネルに一生懸命、話している動画を上げると、投稿されるコメントの半分ぐらいは「金髪が似合わない」といった指摘です。この年になると「その年で金髪は痛い」という率直な感想は、嫁ですら言いません。それはそれで僕に寄せられるパーセプションなので、最初は腹が立ちますが、自己を認識するうえで逆にありがたいとも言えます。大企業のエグゼクティブ層がリアルなパーセプションを受け止められないのは、周りにいい意見ばかり言う仲間しかおらず、外側にある生の声を聞かないからです。
本田 パーセプションの調査はやるべきですが、テレビCMの好感度調査などのように定量的に完全に把握するのは難しい。調査も大事ですが、実際に分かったパーセプションに対して、きちんと向き合える姿勢を持つことが、事業やマーケティングにおいては非常に重要ですね。
(写真/新関雅士)