元ネスレ日本社長兼CEO(最高経営責任者)でケイ アンド カンパニー社長の高岡浩三氏は「『パーセプション』とは、顧客の問題解決という体験によって生まれるものだ」との持論を展開する。さらに「商品やサービスに対して問題解決につながるというパーセプションがない状態で、どれだけ広告に投資をしても効果は出ない」と続ける。書籍『パーセプション 市場をつくる新発想』の著者である本田事務所代表でPRストラテジストの本田哲也氏が、その真意に迫った。

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高岡 浩三 氏(左)
ケイ アンド カンパニー代表取締役社長
1983年神戸大学経営学部卒。同年ネスレ日本入社(営業本部東京支店)。 各種ブランドマネジャーなどをへて、ネスレコンフェクショナリーマーケティング本部長として「キットカット」受験キャンペーンを成功させる。2005年、ネスレコンフェクショナリー代表取締役社長に就任、10年、ネスレ日本代表取締役副社長飲料事業本部長として新しいネスカフェ・ビジネスモデルを提案・構築。 同年11月、ネスレ日本代表取締役社長兼CEO(最高経営責任者)に就任。2014年日本マーケティング大賞受賞。20年3月にネスレ日本を退社。17年5月よりケイ アンド カンパニー代表取締役としてDX(デジタルトランスフォーメーション)を通じたイノベーション創出のプロデューサーを務める。

本田 哲也 氏(右)
本田事務所代表/PRストラテジスト
「世界でもっとも影響力のあるPR プロフェッショナル 300 人」に 『PRWEEK』誌によって選出されたPR専門家。1999年に世界最大規模のPR会社フライシュマン・ヒラードに入社。2006年にブルーカレントを設立し代表に就任。09年に「戦略PR」(アスキー新書)を上梓。P&G、花王、ユニリーバ、サントリー、トヨタ、資生堂、ロッテ、味の素など国内外の企業との実績多数。19年より本田事務所としての活動を開始。著書に『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力』(東洋経済新報社)など多数。国連機関や外務省のアドバイザー、Jリーグのマーケティング委員などを歴任。海外での活動も多岐にわたり、世界最大の広告祭カンヌライオンズでは、公式スピーカーや審査員を務めている。公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会(PRSJ)理事。
▼前編はこちら 知名度が高いほど広告は無意味 元ネスレ高岡流の体験型マーケ

本田哲也(以下、本田) 高岡さんに伺いたいのは、ロングセラーブランドの課題です。昔のパーセプションを引きずっていて、新しく若い顧客を獲得できないという課題を抱えている企業から相談を受けることがあります。ですが、あまりにも急激にパーセプションを変えると、既存の顧客が離れてしまうかもしれません。その落としどころをどう考えるべきでしょうか。

高岡浩三(以下、高岡) (コーヒーブランド)「ネスカフェ」も同じ課題を抱えていました。日本のネスカフェは1960年に販売を開始しました。僕が生まれたのと同じ年です。日本上陸から、50年、60年とたつにつれ、徐々にインスタントコーヒーは若い人に飲まれなくなっていきました。これを変えるために、オフィスからアンバサダー制度を始めたのです。アンバサダーはコーヒーマシン「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」ありきの企画です。これはコーヒーの入れ方から体験してもらうことが目的でした。

高岡氏は「単身世帯が増える中、インスタントコーヒーも“インスタント”というパーセプションが失われていった」という
高岡氏は「単身世帯が増える中、インスタントコーヒーも“インスタント”というパーセプションが失われていった」という
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 単身世帯が増える中、インスタントコーヒーも“インスタント”というパーセプションが失われていきました。なぜなら、たった一杯のコーヒーを入れるのにわずかな湯を沸かさなければならないからです。そこで、一杯でもインスタントにコーヒーを入れられる機械としてバリスタを開発しました。今の若い人にとってはひとさじのコーヒーを湯で溶くのではなく、ボタンを押すだけで本格的なコーヒーが出来上がることが本当のインスタントコーヒーです。その体験をしてもらうことで、ブランドのイメージを変えることを目指しました。

 アンバサダー制度でオフィスで飲む体験をすることで、家でもバリスタを使いたいという欲求が生まれました。アンバサダーが宣伝効果になって、非常に多くの台数が売れました。

消費行動において「AIDMA」の法則は崩れつつある

本田 表面的な見た目を変えたり、売り場を変えたりするのではなく、体験そのものを変えていかないと顧客の若返りを図ることは難しい。時代の変化の認識まで踏まえて、新しい体験をどうつくるかまで考えないといけない時代になっています。

 新しい体験のデザインがパーセプションを若返らせる。その発想は本当にそうだと思いますが、ついつい若い人に受けるような広告をつくろうなどの方向になりがちです。体験のデザインまで踏み込んだ施策を考えられるマーケターは少ないように思います。

高岡 作り手のエゴだと思います。消費者にブランドを押し付けています。広告は万能ではありません。広告で認知はつくれます。ですが、パーセプションは利害関係のない人が伝えてくれるからこそ生まれます。

 ネットの時代になり、ブランドの認知はさらに必要性が薄れてきています。検索サービスが生まれ、ブランドや商品を認知していなくても、必要な商品のカテゴリーなどで検索すれば適切な商品が出てきます。「Amazon.co.jp」や「楽天市場」の世界では、広告で刷り込んだものを指名で買ってくれるケースは少ない。ほとんどが検索経由です。もやは、「AIDMA(Attention【注意】、Interest【関心】、Desire【欲求】、Memory【記憶】、Action【行動】)」という消費行動の法則は崩れています。

消費行動プロセスのフレームワーク「AIDMA」は、その法則が崩れつつあると意見を交わす
消費行動プロセスのフレームワーク「AIDMA」は、その法則が崩れつつあると意見を交わす
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本田 マーケティング業界で「アテンションファーストの時代ではない」といわれて久しいですが、顧客の課題に対して何ができるかという発想が重要になっています。今の流れで、思いついたのがスタートアップ企業の課題感です。スタートアップは商品やサービスの認知度もなければ、世の中に新しい価値を生み出そうとしているため、まだ何のパーセプションも獲得していない場合が多い。知名度をまず上げるべきか、パーセプションを生み出すべきか、よく相談されます。これは、ロングセラーブランドとは異なる課題です。

高岡 よほど投資家から資金を集めるのが上手であれば、認知を広めるための広告に投資するのもいいかもしれません。ですが、相談を受ける多くの企業はその資金力を持っていません。ですので、いかにお金を使わずにブランド体験を生み出すかをアドバイスします。

 ここ最近、お茶を製造・販売をする250年続く老舗の企業から相談を受けています。もはや、茶葉で茶を入れる文化はほとんどの家庭にはありません。多くの人がペットボトルなどの既製品を飲みます。茶葉への需要が減少する中、これまでの販売先であるスーパーで売り続けていても、売値は下がるばかりで利益が出ない。そうして、多くのお茶事業者が倒産に追い込まれています。

 私は相談を受けた企業に「100グラムで1万円ぐらいする、高級茶をつくりましょう」と提案しました。それを富裕層にネットを通じて販売する。富裕層に買ってもらうために、「誰が飲んでもおいしいと思えるお茶をつくれますか」とその企業に宿題を与えました。その難題に対して、つくってきたお茶が非常においしかった。その秘訣は茶葉を手もみしていないことにありました。

 手もみをすると長持ちする半面、風味や香りが損なわれます。全国にお茶を流通させるために手もみという技術が生まれましたが、あえて手もみをしないことで香りが豊かなお茶ができます。

 では、これをどう売るか。目を付けたのは、高級な料亭や旅館です。そうした高級旅館は、意外なぐらい部屋などのお茶にこだわりがなく、普通のティーバッグなどが置いてあります。そこで、手もみしていない新しいお茶を置いてもらう。ただし、卸値は従来のティーバッグと同じにする。その代わり、広告として商品の説明とECサイトに誘導するQRコードを合わせて案内してもらい、気に入った人にすぐに購入してもらうというスキームを考えました。

 この施策はこれからテストを開始しますが、広告ではなく富裕層が集まるところで体験を通じて、パーセプションをつくろうとしています。パーセプションをつくるという努力とクリエイティブがあれば投資資金がなくてもできるはずです。

本田氏は提供価値がはっきりしていれば、必ずしもリーチを追い求める必要はなくなると語る
本田氏は提供価値がはっきりしていれば、必ずしもリーチを追い求める必要はなくなると語る
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パーセプションの把握が課題と向き合う第一歩

本田 今、伺ったお茶の話もそうですが、提供する価値がはっきりしていて、それを体験してもらいたい層が決まっていれば、何もたくさんの人に知らしめる必要はありませんね。なぜパーセプションが重要かと言うと、ブランド体験やイノベーションの発想の大本になるからです。顧客が課題に思っていることに対して、商品やサービスで解決となるパーセプションを生み出すことで市場創造につながります。

高岡 顧客は必ずいくつもの問題を抱えています。その問題解決をどれぐらいできるかによって、商品のバリューが決まってきます。逆を言えば、問題解決につながらない商品やサービスではパーセプションはつくれません。

 ある企業から、「(菓子の)ガム市場で自社のシェアは落ちていないが、売り上げが下がっている」という相談を受けました。要はカテゴリーそのものが縮小しているわけです。そこで、「顧客はなぜガムを買ってくれているのか」と聞きました。すると「おいしいから」などと答えますが、それを言ったらキットカットだっておいしい。ガムが買われている本質的な理由にはなりません。多くの企業は、顧客が自社の商品やサービスを買ってくれている理由に意外なほど無頓着です。

 改めて考えてみれば、友達を待っているときの時間つぶしに使えるとか、そういう問題解決につながっていたからではないかと考えました。ですが、その問題解決はスマートフォンに取って代わられています。つまり、暇つぶしに使えるのはガムではなく、スマホというパーセプションに変わっているわけです。パーセプションを意識してないと、同じカテゴリーの商品としか競争していないと考えてしまいます。別の問題解決の手段が出ると、ニーズがなくなる。そのような状況では、どれだけ広告を出稿しても無駄です。認知はしていても、買う理由がないからです。

 僕の中ではマーケティングとは、顧客の問題解決そのものです。そこにすべて集中しています。マーケティングをあまり難しく考えすぎないほうがいい。ネスレではこの発想をマーケティング部だけでなく、全社員に行き渡らせたかった。ファイナンスもサプライチェーンも、どの部署にも必ず顧客がいます。サプライチェーンなら、倉庫会社や運送会社などが取引先かもしれません。

 そうした相対する顧客の問題解決を考えることでイノベーションは生まれます。パーセプションは大切です。ですが、横文字で理解が難しいのであれば、ブランド体験であり、ブランドが持つ問題解決によって生み出されるものであると考えることをお勧めします。

(写真/新関 雅士)

パーセプション 市場をつくる新発想』(クリックで別ページへ)』
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 商品開発、マーケター、広告・宣伝部、広報、営業、さまざまな方が日々、顧客に商品を購入してもらうためのコミュニケーションや潜在ニーズの発見に取り組んでいると思います。ですが、どれだけ便益のある商品やサービスを開発して、テレビCMなどで認知度を高めても、好ましいパーセプション(認識)がなければ購入には至りません。「みんなが知っている」の先にある、「みんなにどう思われているか」が重要な時代です。パーセプションが生まれるメカニズムを理解し、コントロールすることも売れる商品づくりの必須条件となっています。

 本書ではサンリオ、資生堂、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)、森永製菓、ワークマンといった大手企業から、名刺管理サービスのSansan、AI教材のatama plusといったスタートアップまで、15社を超える事例を収録。さまざまな事例を基に、5段階でパーセプションを有効活用する方法をやさしく解説します。