日経クロストレンドは、本連載を基にした書籍『パーセプション 市場をつくる新発想』を2022年11月7日に発刊した。本書に推薦文を寄せた元ネスレ日本社長兼CEO(最高経営責任者)でケイ アンド カンパニー社長の高岡浩三氏は、「パーセプション(認識)」は21世紀のマーケティングの基本であると言い切る。高岡氏がネスレ時代に「キットカット」や「ネスカフェ」で取り組んできた、パーセプションのマーケティング活用の神髄について、書籍の著者である本田哲也氏が聞いた。

本田 哲也 氏(左)
本田事務所代表/PRストラテジスト
「世界でもっとも影響力のあるPR プロフェッショナル 300 人」に 米「PRWEEK」誌によって選出されたPR専門家。1999年に世界最大規模のPR会社フライシュマン・ヒラードに入社。2006年にブルーカレントを設立し代表に就任。09年に「戦略PR」(アスキー新書)を上梓。P&G、花王、ユニリーバ、サントリー、トヨタ、資生堂、ロッテ、味の素など国内外の企業との実績多数。19年より本田事務所としての活動を開始。著書に『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力』(東洋経済新報社)など多数。国連機関や外務省のアドバイザー、Jリーグのマーケティング委員などを歴任。海外での活動も多岐にわたり、世界最大の広告祭カンヌライオンズでは、公式スピーカーや審査員を務めている。公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会(PRSJ)理事。

高岡 浩三 氏(右)
ケイ アンド カンパニー代表取締役社長
1983年神戸大学経営学部卒業。同年ネスレ日本入社(営業本部東京支店)。 各種ブランドマネジャーなどをへて、ネスレコンフェクショナリーマーケティング本部長として「キットカット受験応援キャンペーン」を成功させる。2005年、ネスレコンフェクショナリー代表取締役社長に就任、10年、ネスレ日本代表取締役副社長飲料事業本部長として新しい「ネスカフェ」のビジネスモデルを提案・構築。 同年11月、ネスレ日本代表取締役社長兼CEO(最高経営責任者)に就任。2014年日本マーケティング大賞受賞。20年3月にネスレ日本を退社。17年5月よりケイ アンド カンパニー代表取締役としてDX(デジタルトランスフォーメーション)を通じたイノベーション創出のプロデューサーを務める。

本田哲也(以下、本田) 本書の推薦文でもいただきましたが、高岡さんは「『認知』から『パーセプション(認識)』への移行は、21世紀型マーケティングの基本である」と言い切っています。まずは、その心をお伺いしたいです。

高岡浩三(以下、高岡) インターネットの時代よりも前から、僕の中では「ブランドの認知だけでは売り上げをつくれない」と感じていました。「ブランドのエクスペリエンス(体験)」という言葉を我々は使っていましたが、改めて振り返ると、それは「パーセプション」とほぼ同じ考えだったように思います。ブランドへの強烈な印象がないと、あまたあるブランドの中からお客さまに選択してもらえる時代ではありません。それにはブランドの体験設計が重要になります。

 僕のキャリアの中では(チョコレート菓子)「キットカット」がその象徴です。ブランドの認知は非常に高かった。ですが認知があるだけに、いくら広告してもコストがかかる割には売り上げのリターンがとれない状況が続きました。こうした中、キットカットのブランドメッセージである「Have a break, have a KITKAT.」の意味を改めて考えることから始めました。

 そこから生まれたのが、「きっと勝っとお」で知られる受験キャンペーンや、キットカットのブランドサイトで公開した短編動画「花とアリス」でした。キットカットの「ブレーク」を体験してもらうことを目的としたこれらの取り組みによって、長らくチョコレート菓子市場でシェア1位だった「ポッキー」を、キットカットが追い抜くことに成功したのです。万年2位だったブランドが1位になるのは、もはや認知の世界ではなしえません。キットカットはパーセプションをつくり続けることで、成長してきたブランドなのです。

高岡氏は「ブランドのエクスペリエンス(体験)」という言葉を使っていましたが、改めて振り返ると、それは「パーセプション」とほぼ同じ考えだったと振り返る
高岡氏は「ブランドのエクスペリエンス(体験)」という言葉を使っていましたが、改めて振り返ると、それは「パーセプション」とほぼ同じ考えだったと振り返る

本田 高岡さんの口から「体験」という言葉が出てきて感じましたが、パーセプションはお客さま側にあることです。企業側が知ってほしいことではなく、お客さまからどう見られているか。それは、消費者の体験でしかつくられません。本書でも「ファクト」や体験によって、記憶に刻まれ、その実体験によってパーセプションは形成されると解説しています。キットカットはパーセプション発想によるマーケティングを実践されてきたことを実感しました。

キットカットの受験キャンペーンの基となった原体験

高岡 知名度が高い商品・ブランドは売り上げの規模があり、広告に投資できます。ですが、そういうブランドを持つ企業ほど、もはや広告は売り上げや利益にはそれほど貢献しません。広告とは異なる形で、ブランド体験をつくっていくことが重要です。

 キットカットの受験キャンペーンの発端となった「きっと勝っとお」は、九州地方から聞こえてきたフレーズですが、実はその原体験は自分自身にあります。受験で神戸大学を受けるときに、実家が大阪だったため、両親が神戸のホテルを予約してくれました。ですが、受験を控えて、ただでさえ緊張している中で、1人でホテルに泊まることで、緊張がより高まったことは強烈な印象として記憶に残っています。

 そのときにホテルで受験生のために弁当をつくってくれるサービスを提供していました。今のようにすぐにコンビニエンスストアが見つかるような時代ではありません。弁当を持って行かないと昼ごはんを食べられない。それを見越したサービスでした。ところが、緊張のあまり、チェックアウトするときに弁当を受け取るのを忘れてしまったのです。それで受験する前から、落ちた気になってしまいました。それが何十年たっても忘れられなかったのです。

 だから、キットカットが受験のお守り代わりになっていると知ったとき、きっと受験生は昔の自分と同じ気持ちになっているだろうと感じました。そこで、ホテルを通じてキットカットをさりげなく渡すキャンペーンを展開したのです。それが、非常に成功しました。受験という人生の転換期に合わせたブランド体験は、とても忘れられない記憶になるのです。

 しかも、広告費を払ったわけではありません。キットカットを用意するだけで、全国300のホテルがサービスの一環として無料で配ってくれました。広告やサンプリングキャンペーンなら、普通はキットカットの配布に1枚単位で広告費がかかるはずです。

 今のチョコレート菓子の市場シェアランキングは上位10ブランドを見ても、数十年続いているブランドばかりです。新製品はほとんどが失敗しています。いつまでも広告に頼って認知度にこだわっているだけでは、成功はありえません。僕は常々言っていますが、マーケティングは顧客の問題解決です。食品であれば「おいしいものを食べたい」も解決ではありますが、それだけでは不十分です。自社の商品やブランドが顧客のどんな課題を解決できるかを考えていると、イノベーションのヒントが生まれます。

 キットカットの受験キャンペーンは、キットカットが受験のお守りになるというパーセプションが、プレッシャーから少しでも逃れたいと考える受験生や、受験生の子どもを持つ親の心を軽くする問題解決になりました。それは商品の味やクオリティーを超えた体験です。

 ネスレがグローバルで歴史を積み重ねてきた「Have a break, have a KITKAT.」というメッセージは変えようがありません。ですが、その意味は国によって異なってもいいと考えています。日本流のローカルなHave a breakの解釈をつくる。そうでなければ、マーケターの存在意義がありません。

本田氏は「キットカットはパーセプション発想によるマーケティングを実践されてきたことを実感した」と共感する
本田氏は「キットカットはパーセプション発想によるマーケティングを実践されてきたことを実感した」と共感する

パーセプションは広告だけでは伝わらない

本田 そうした体験が重なりあって、「ブランド」ができますよね。古い体質の企業ほど、マスマーケティング、特にマス広告に頼りがちです。ですが、一定以上のブランド認知度を持っている企業は、広告をやめたら、認知が下がって売り上げも下がるのではないかという恐怖心があります。

高岡 おっしゃる通りです。広告メッセージだけではパーセプションは伝わりません。体験をしないと伝わらない。(コーヒーブランド)「ネスカフェ」でいうと、アンバサダーも体験型です。ネスカフェが右肩下がりだったのは、競合製品などが理由ではありません。そもそも“家に人がいなくなった”ことが要因です。

 テレビも一家に1台ではなく、各部屋に1台になりました。さらにスマートフォンを持っている。家族が集まるだんらんが減れば、皆でコーヒーを飲むような喫食機会も減ります。ネスカフェの体験はもはや、家庭だけでは成立していなかったわけです。であれば、自宅の外で体験してもらうしかありません。そこで着目したのがオフィスです。道すがらなら、缶コーヒーをコンビニや自動販売機で買えばいいかもしれませんが、屋根の下で働いているときなら、少しでもおいしいコーヒーを、しかも安い価格で飲みたいと思ってもらえるはずです。

 そういう体験をしてもらうためにアンバサダーを募りました。言ってしまえば、アンバサダーには給料を払わずに、無料でコーヒーを社内で振る舞ってもらうのと同じことです。ある意味、非常に厚かましいキャンペーンです。ですが、セキュリティーなどの強化で、人を雇ってオフィスにコーヒーを届けられる時代でもなくなっています。そこで、アンバサダー参加者の善意に頼ったわけですが、金銭とは異なるインセンティブがないと続けてはくれないと思いました。

 そこで、先行して北海道で展開したところ、「毎朝、(社内の人にコーヒーを入れてくれて)ありがとうと言われるのがうれしい」という声が聞こえてきました。これも根底はブランド体験からきているものです。アンバサダーがいることで、おいしいコーヒーをオフィスで飲める。いまどき、上から目線で「お茶を入れてくれ」と言ったら、時代錯誤です。ですが、アンバサダーは自分の意志でやることで、ありがとうと言われる体験をしているわけです。

本田 高岡さんが手掛けられてきたマーケティングは、パーセプションづくりにひも付いていると感じます。グローバルブランドであっても、ローカルなパーセプションがあってもいいというのはその通りだと思います。ブランドの「顔つき」であるパッケージなどのビジュアルは全世界共通だとしても、それを消費者がどう解釈するかはそれぞれの国や地域で異なります。それはそれでいいわけですよね。

(写真/新関 雅士)

パーセプション 市場をつくる新発想(クリックで別ページへ)』
 商品開発、マーケター、広告・宣伝部、広報、営業、さまざまな方が日々、顧客に商品を購入してもらうためのコミュニケーションや潜在ニーズの発見に取り組んでいると思います。ですが、どれだけ便益のある商品やサービスを開発して、テレビCMなどで認知度を高めても、好ましいパーセプション(認識)がなければ購入には至りません。「みんなが知っている」の先にある、「みんなにどう思われているか」が重要な時代です。パーセプションが生まれるメカニズムを理解し、コントロールすることも売れる商品づくりの必須条件となっています。

 本書ではサンリオ、資生堂、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)、森永製菓、ワークマンといった大手企業から、名刺管理サービスのSansan、AI教材のatama plusといったスタートアップまで、15社を超える事例を収録。さまざまな事例を基に、5段階でパーセプションを有効活用する方法をやさしく解説します。

(後編に続く)

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