日経クロストレンドは本連載を書籍化した『パーセプション 市場をつくる新発想』を2022年11月7日に発刊する。本書に新たに収録した、冷凍食品大手の味の素冷凍食品の事例を紹介しよう。「冷凍食品は手抜きである」。同社はそんな冷凍食品に対して寄せられていたネガティブなパーセプション(認識)を、一気に好転させることに成功した。きっかけとなったのは、Twitterに投稿された、ある女性のつぶやきだった。
2020年8月、Twitterでは冷凍食品をめぐり、「#手間抜き論争」が話題を集めた。この論争は、味の素冷凍食品が冷凍食品のパーセプションを好転させる契機になった。
論争のきっかけは1人の女性がTwitterに書き込んだ日常の一コマだった。夕飯に冷凍ギョーザを出したところ、おいしいと喜ぶ子どもに対して夫が「(冷凍ギョーザを使うことは)手抜きだ」と言っていたということを、ユーモアを交えた文章としてツイートした。このツイートには13万を超える「いいね!」が集まるなど、大きな反響を呼んだ。
これに対して、味の素冷凍食品はTwitter上に設置した公式アカウントで「冷凍餃子を使うことは『手抜き』ではなく『手“間”抜き』です」と投稿。この件をきっかけに、冷凍食品全体に対するパーセプションを変えることができた。味の素冷凍食品では手間抜き論争が一段落ついた後、SNS限定で調査を行い、実際に冷凍食品に対するパーセプションがどのように変容したのかを計測した。
公式アカウントの最初のツイートには44万超のいいね!がつき、フォロワー数は約4000人増加した。Twitter上の「冷凍ギョーザ」への言及数はおよそ50万件増えた。これが「#手間抜き論争」の定量的な初期成果だ。
冷凍ギョーザの肯定的なツイートは約3倍に増加
では、論争に対する世の中の反応はどうだったのだろうか。定性的には「味の素さんと一緒に料理して作った餃子なんだなぁと思うとうれしかったです」といったポジティブな反応が確認できた。「手間抜き」への言及数はおよそ20万件増加。冷凍ギョーザを肯定するツイートは約3倍に増えた。
これらをもって「#手間抜き論争」のコミュニケーションがもたらした影響を検証すると、ツイートのポジティブ比率は前後比でおよそ約1.4倍に伸長。冷凍ギョーザと「手抜きではなく手間抜き」への言及数も増えた。結果として「冷凍(ギョーザ)食品は手抜きの象徴だ」というパーセプションから、「冷凍(ギョーザ)食品は手間抜きであって手抜きではない」というパーセプションに変容した。「手間抜き」への共感度が30%増加し、冷凍食品のパーセプションが好転した。
このように、「手間抜き」によって冷凍食品というカテゴリーで一定のパーセプションチェンジ(認識変容)を起こせたという実績ができたことから、味の素冷凍食品はこの調査を発展させて、世間一般における冷凍食品に対するパーセプションを把握しようという試みを始めた。
ブランド定点調査では見えないパーセプションの変化
味の素冷凍食品がパーセプションチェンジの計測を本格化させたもう1つの背景として、社内からの声があった。PR活動をする中で、消費者が自分たちの活動にどんなイメージを持っているのか、気持ちに変化があったのかなどを見て、それが会社のブランドにどのような影響を与えているのかをきちんと検証すべきだという意見が出た。
同社ではもともと年に1回、ブランド定点調査を実施していた。この調査自体は多くの企業が一般的に行っているものだ。いわゆるブランドの“健康診断”に当たり、毎年消費者に同じ項目の質問をして、ブランドへの印象に悪影響が出ていないかなどを確認するのが目的だ。この調査は、経年で傾向を見る定点調査のため、基本設計は変えられないという特性を持つ。
まず試しに、このブランド定点調査に企業ブランドとして今後獲得したいイメージ項目を盛り込んだ。しかしスコアの定義やイメージ項目のレベル感をそろえることが難しく、取り組みとスコアの相関関係も見えづらかったそうだ。「手間抜き論争」後の料理における価値観の変化や、オンラインイベントなどのPR活動によって消費者のパーセプションがどのように変化してきたか。これらを長期にわたって見ていくための定点観測のスキームがなく、PR活動が最終的にブランドにどう貢献したか、事業にどう貢献したかが把握しづらかったのだ。
そこで、PR活動の成果を可視化し、その蓄積を継続的に見て今後のコミュニケーション戦略に生かすべく、年1回のブランド定点調査とは別に、細分化した調査を新たに実施することにした。実施回数は年数回ほどを予定。人口動態に即して調査を行った。
冷凍食品のパーセプションの変化を3項目で調査
この調査のユニークな点は、冷凍食品カテゴリー内の競合他社や想起される商品といった狭い範囲のものではなく、「そもそも一般の人は普段の生活の中で、冷凍食品についてどう思っているのか」という視点であること。日々の生活の中での冷凍食品のパーセプションの変化を調べるのが目的だ。というのも、コロナ禍により冷凍食品というカテゴリーは大きく伸長し、マーケティング環境が大きく変化したからという事情もある。
調査で確認すべき事項としては、次の3項目を立てた。
- (1)PRという中立的な視点で消費者の実態を把握する
- (2)デジタルコミュニケーションの対象を明確化する
- (3)コミュニケーション内容(メッセージ)が正しく伝わっているか確認する
メーカーなどが調査をする場合、商品やサービスの開発をゴールにするケースが多い。すると、どうしてもメーカー目線で「こういうニーズがあるはずだ」という仮説に基づいた検証設計になりがちだ。しかしこの調査では、一般の人は本当は(冷凍食品を)どう思っているのかを洗い出すために、メーカーとしてではなく中立的な視点に立った仮説を盛り込んで、調査に落とし込んだ。
また、設問に対する答えのバリエーションは、この調査では答えのレベルを細かく設定することにより、得られる結果の精度を上げる工夫をしている。例えば、単にメディア接触の量だけではなく、消費者のパーセプションと発言の相関性をより明確にした。
もっともこの調査自体は本書の執筆時点ではまだ一回しか行われていない。そのため、例えば「手間抜き」で伝えたメッセージがアクションによって蓄積され、それを時系列で追っていくといった、より具体的な事業成果への貢献は今後の分析になるだろう。
この調査はいわば、味の素冷凍食品やその商品にたどり着く前の認識調査だ。
- (1)冷凍食品全般のイメージ
- (2)メッセージ(キャッチコピー)の認知・共感性
- (3)企業イメージ
これら3つを調査し、冷凍食品に対する普遍的なパーセプションを洗い出すための第1段階だ。今回、味の素冷凍食品はこの調査で、世の中の冷凍食品への認識を把握したことにより、PRも含めたいろいろな打ち手の優先順位や、仕掛けなければならない打ち手が明確になったと手応えを感じている。
また、PR活動が事業成果につながっているかどうかを求められる中で、パーセプションを定量化したことで、社内でもマーケティング施策の議論が進んだという。この調査が今後も継続されれば、パーセプションの計測がマーケティング施策に役立つ事例となるだろう。
本書ではサンリオ、資生堂、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)、森永製菓、ワークマンといった大手企業から、名刺管理サービスのSansan、AI教材のatama plusといったスタートアップまで、15社を超える事例を収録。さまざまな事例を基に、5段階でパーセプションを有効活用する方法をやさしく解説します。