パーセプションを「かえる」「つくる」「はかる」と続けてきた本連載。いよいよ今回から、「まもる」のセクションに入っていこう。守るべき状況はいくつか想定される。例えば、老舗ブランドは、時代の移り変わりの中でどのように守るべきパーセプションを維持するのか。あるいは、大切に維持してきたパーセプションが損なわれる危機もあるだろう。まもるの初回では、2020年のコロワイドによる敵対的TOB(株式公開買い付け)を巡る、大戸屋ホールディングス(HD)の事例を紹介しよう。
企業ブランドには、独自の価値で顧客の支持を得て、それがパーセプションとなっている場合がある。大戸屋の場合は「手作りの食堂」。安心して食べられる食材を使った出来たての家庭料理を出す店というパーセプションだ。毎朝店内でかつお節を削り、豆腐を作るなどして作りたての味を提供。臭みや苦味が出ないよう、配膳する直前に大根おろしを作るなど、安全性と味のクオリティーの両面できめ細かに手をかけるのが大戸屋の価値であり、強みだ。この買収劇において、大戸屋はパーセプションを守るための広報戦を展開した。
大戸屋は、実質の創業者である先代の三森久実氏が、池袋の大衆食堂から、女性でも入りやすい定食チェーンとして、国内342店、海外94店(20年7月時点)という規模まで拡大させた企業だ。12年にはいとこである窪田健一氏に社長の座を譲り、久実氏は会長に就任して海外事業に力を入れ始めた。しかし、その矢先の15年、久実氏は帰らぬ人になる。その後、当時取締役だった久実氏の実子である智仁氏が退社。創業家が約19%の株を持っていた。
この創業家の持ち株約19%が買収劇の発端となる。以下は関係者に聞いた、TOBへ至るまでの流れだ。18年以降、大戸屋は創業家から持ち株の自社株買いを複数回持ちかけられたが、結果的に創業家が翻意して実現しなかった。
その後、大戸屋は19年10月に、居酒屋「甘太郎」や回転ずし「かっぱ寿司」、焼肉店「牛角」、ハンバーガーチェーン「フレッシュネスバーガー」などを傘下に収めるコロワイドから、株式を取得した上での業務提携の提案を受ける。創業家の持ち株をコロワイドが買い、筆頭株主になったのだ。さらに、その後、コロワイドは大戸屋に対して、業務提携ではなく子会社化する方針になったと通告した。
最終的にTOBはコロワイドに軍配が上がり、20年11月4日の臨時株主総会を経て、大戸屋はコロワイドの傘下に入ることになる。その勝敗の是非については本稿では議論しない。学ぶべきポイントは、大戸屋がパーセプションを守るために取った広報戦略にある。
コロワイドは大戸屋再建策の1つとして、セントラルキッチンの活用を掲げていた。しかし、そうした方針は店内調理の出来たての料理を顧客に提供することを社是とし、培ってきた「安心して食べられる食材を使った、出来たての家庭料理を出す店」という大戸屋のパーセプションとは相反する。当時の経営陣は、自分たちの存在価値とずれると考えていた。
対立構造を描き、コントラストを明確化
これを踏まえて考えられた広報戦略では、店内調理でお客さま思考の大戸屋と、工場(セントラルキッチン)でコストダウンしたもうけ重視のコロワイド、という対立構造を描いたメッセージだ。ポイントは「コントラスト」にある。連載2回目で解説した「パーセプションを形成する5つの要素」の1つだ。
物事は常に相対評価される。コントラストが与えられることで、丸いと思っていたものが四角に見えたり、老けていると感じた人が若く見えたりする。「コロワイド=工場」という認識が強まれば強まるほど、「大戸屋=手作り」という認識が強調されるというわけだ。パーセプションを守る手段としてのコントラストの応用という示唆が、大戸屋の一連の広報戦略には見て取れる。
この対比を明確化し、メディアを巻き込みながらパーセプションを最大化させる施策を始める。オウンドメディアやプレスリリース、個別インタビューなど、使えるコミュニケーション手段はすべて使った。
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