「それ、早く言ってよ~」のテレビCMでおなじみ、クラウド名刺管理サービスのSansan。同社は名刺管理サービス市場で82.8%のシェアを占める。その成長の裏には、「名刺は企業の資産であり、人脈は共有できる」というパーセプションの創出があった。今回は、同社がいかにしてパーセプションをつくり、市場を寡占できたのか分析してみよう。
ビジネスで使われている紙の名刺は、会社名や役職名、氏名、メールアドレスなどの情報がかなり正確に網羅されている上、それを気軽に取引相手に渡すことが習慣化されているアイテムだ。それを蓄積すれば人脈となる。
従来、人脈は個人で保有するという認識があり、人脈の広さがその人の実力とも見なされてはいなかっただろうか。Sansanは名刺を個人で保有するという考えを変え、企業で管理すべきだと提案した。名刺は企業の資産であり、自分あるいは同僚の人脈を使い合うことで企業にとってより価値が高まるという主張だ。
これは同社が、創業当初から「名刺は企業の資産であり、人脈は共有できる」というパーセプション形成を意識していたことを意味する。名刺の共有から、人脈の共有に変換することで、名刺をデジタルで管理すべきだという答えになるわけだ。Sansanはどのようにして、このパーセプションを世の中に広めたのだろうか。
2007年創業のSansanは法人向けクラウド名刺管理サービスの会社として、5人の社員でスタート。当初は創業者である社長が自ら1日8件のアポイントメントを取り、名刺のスキャナーを担いで営業に回ったという。しかし、商談相手の反応は相当渋かったそうだ。
「名刺をクラウドで管理しましょう」と説明しても、「名刺はバインダーで管理しているから」「そもそも名刺をクラウドで管理してどうするのか」と、なかなか理解は得られなかった。端的に言えば「そもそも名刺管理は面倒臭い上に、さらに手間をかけたくない」と捉えられ、必要性が伝わらなかった。そこで営業戦略を大きく変えた。
「名刺」という言葉を封印
Sansanの営業担当者はサービス説明に極力、名刺という言葉を使わないようにした。代わりに、CRM(顧客関係管理)や、SFA(営業支援システム)と表現した。例えば「営業管理・顧客管理クラウドサービス」「名刺中心型クラウドCRM&SFA」などだ。つまり伝えるべき主な価値を名刺管理ではなく、顧客情報や営業管理に据えた。紙の名刺が簡単に整理できることに価値を置くのではなく、名刺情報を会社の資産(顧客情報)に変えるサービスであるというコンセプトを伝えていった。
サービス開始当初から将来を見通したコンセプトで展開していたSansanだが、目に見えて市場に変化が表れ始めたのは、12年の個人向け名刺管理アプリ「Eight」のリリース後だ。従来は法人向けのサービスしか提供しておらず、会社単位の契約となるため名刺のデジタル管理を体験できる人数は限られていた。Eightのリリースにより一般のビジネスパーソンも名刺管理をデジタル上で、しかも無料でできるようになった。
Eightの利用者数は19年8月時点で250万人を超えた。デジタルでの名刺管理と人脈の活用体験を、ビジネスパーソンに広く普及させることに貢献したのだ。さらに体験者を増やすために、派遣型名刺スキャン代行サービスのスキャンマン(東京・中央)と連携して名刺の読み取りサービスを実施したり、喫茶店チェーン「ルノアール」にスキャナーを設置して名刺のデジタル管理を体験してもらったりするなどの施策を打った。こうしたユニークな施策はテレビ東京のビジネス番組「ワールドビジネスサテライト」などのメディア露出にもつながり、デジタルを活用した名刺管理の認知向上に効果を示した。
また、12年にコンサルティング会社のシード・プランニング(東京・文京)が法人向けのクラウド名刺管理サービスの市場調査をスタートし、マーケットシェアを算出するようになったことも、サービスが「お墨付き」を得るための追い風になった。ちなみにSansanは7年連続シェアナンバーワンで、19年実績で82.8%のシェアを占める。
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