著書『イノベーションのジレンマ 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』(翔泳社)で有名な米ハーバード大学経営大学院のクレイトン・クリステンセン教授が、2020年1月に亡くなりました。研究者としてだけでなく教育者としても多くの人に愛された人で、僕も大好きな研究者の1人でした。私たちは、クリステンセン氏の一体どこに引かれたのでしょうか。

米ハーバード大学経営大学院のクレイトン・クリステンセン教授の著書『イノベーションのジレンマ』の原書を手にする著者近影(写真/清水洋)
米ハーバード大学経営大学院のクレイトン・クリステンセン教授の著書『イノベーションのジレンマ』の原書を手にする著者近影(写真/清水洋)
【上】 【追悼】クリステンセン氏はなぜこんなにも愛されたのか
【下】 【追悼】「破壊的なイノベーション」と我々はどう付き合うべきか

 クリステンセン氏の名前を聞いたことがなくても、『イノベーションのジレンマ』のタイトルをどこかで耳にしたことがある人は多いでしょう。しかし、彼の著作はこれだけではありません。『イノベーションのDNA 破壊的イノベータの5つのスキル』(翔泳社)や『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ ジャパン)、あるいは『イノベーション・オブ・ライフ ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ』(翔泳社)など、挙げきれないほどたくさんあります。

『イノベーション・オブ・ライフ ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ』(翔泳社)では、同氏が掲げてきた理論が私生活で直面する様々な問題にも役立つことを説いている。本書を通じて「自分の人生を評価するものさしは何か?」に対する答えを見いだしてほしいとクリステンセン氏は願っている
『イノベーション・オブ・ライフ ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ』(翔泳社)では、同氏が掲げてきた理論が私生活で直面する様々な問題にも役立つことを説いている。本書を通じて「自分の人生を評価するものさしは何か?」に対する答えを見いだしてほしいとクリステンセン氏は願っている

 本の出版は多いのですが、彼はトップ・ジャーナルに優れた研究成果をどんどん発表するタイプの研究者ではありませんでした。研究の手法も決して最先端というわけでもありません。最近は、トップ・ジャーナルに優れた成果をいかに出すのかを競争する研究者が多いことからすると、異色ともいえるでしょう。

 それでもクリステンセン氏は、国際的に高く評価されてきたのです。大げさかもしれませんが、愛されたといっても過言ではありません。

 多くの人を引きつけた理由の一つは(彼の人柄にもあると思いますが)、実務家にとっての重要な課題にとことん向き合って、それを理論的に考え抜く姿勢にありました。経営学者なのだから、企業で働く人たちや政策担当者たちの課題を考えることは当たり前だと思われるかもしれません。しかし、彼ほど実直に実務家たちの課題に向き合うのは、それほど簡単ではありません。向き合ったとしても、既にアカデミックでは解決されているものであったり、研究成果につながらないものであったりするからです。あるいは、はやりの単語を作ってそれを普及させるのに忙しい人もいます。しかし、クリステンセン氏は、理論を持って、向き合い続けたのです。

「どうしてこうなってしまうのか」を論理的に理解する

 『イノベーション・オブ・ライフ』に、それがとてもよく表れています。僕の好きな“クリステンセン本”の一つです。まだ、読んでいない方はぜひ手に取ってみてください。

 副題は「ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ」です。ここから分かるように、卒業生に向けた本です。しかし本書には、お祝いの言葉や人生訓が述べられているわけではありません。

 ハーバード・ビジネススクールを卒業したての人は、希望に満ちあふれているとクリステンセン氏は言います。世界でもトップ・レベルのMBA(経営学修士)を取得したのです。それまで学んだことを生かして、やりたいこともいろいろあるでしょうし、魅力的なオファーもたくさん届くはずです。

 しかし卒業してから時間がたつと、ビジネス界のリーダーになっているものの、「こんなはずじゃなかった」と悩んでいる人が多いというのです。

 これは、ハーバード・ビジネススクール(の卒業生ようなエリート)に限った話ではありません。「どうしてこうなってしまったのだろう」、あるいは「こんなはずじゃなかった」と感じる人は少なくないでしょう。

 クリステンセン氏は本書の中で、実務家たちの「ん~。困ったな~」を、経済学や心理学、あるいは経営学のこれまでの知見や理論を用いながら丁寧に分解し、「なぜ、こうなってしまうのか」と「じゃあ、どうしたらよいのか」のセットで分かりやすく提示してくれます。

ベストプラクティスから学ぶだけだと木から落ちる

 実務家たちの課題に向き合っているだけではありません。理論を補助線にして、課題を丁寧に解きほぐしてくれるのです。

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