P&G時代、危機感を持って米国本社のDisruptive Innovation(破壊的イノベーション)プロジェクトに参加したという、クー・マーケティング・カンパニーの音部大輔氏。クリステンセン教授の訃報が世界を駆け巡ったとき、10年来の友人から紹介されたのが、同教授の意外な著書でした。

 P&Gに在籍していた2008年、米国本社勤務を命じられました。与えられたミッションは「Disruptive Innovation(破壊的イノベーション)を実行するために、マーケティングは何をどうすべきか提案せよ」というものでした。

 クレイトン・クリステンセン教授の“The Innovators’ Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail”(『イノベーションのジレンマ - 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』)の発表から数年がたっていました。破壊的イノベーションが自分たちのような巨大企業にも大きな成長をもたらすであろうと期待しつつ、新興企業によって時代遅れにされてしまうかもしれないという切実な危機感も抱えていた頃です。

 この危機感は、アイデアもテクノロジーもありながら、そうしたイノベーションが出てこないのはなぜか、という問題意識に変わりました。組織構造や仕組みなど、様々な要素が複雑に絡まりあって横たわり、蠕動(ぜんどう)し、混沌としていたのは、あちこちの多くの企業と同じであっただろうと思います。

 アジア地域からセントラルチームに配属されるのは珍しいことだったので、私がこのアサインメントに就けるよう、多くの上司・元上司たちが支援してくれました。どの支援者が欠けていても実現できなかったと思われますが、そもそもクリステンセン教授が『イノベーションのジレンマ』でDrisuptive Innovationを説いてくれていなければ、プロジェクト自体が存在しないものでした。

 1月23日の訃報に接して、彼が創設したイノベーション・コンサルティングファーム、Innosightのメンバーたちとの議論や草案のペーパーなどが懐かしく思い出されました。神々しい概念も、検証と実践は地味なことが多いものです。破壊的イノベーションも通常のイノベーションも、実行は地道な努力の積み重ねであって近道はありません。破壊的イノベーションが結果論に見えることもあったかもしれません。とはいえ、霧のかかった市場を見通すための、透徹した「ものの見方」には、いくつかのコツがありました。

 「Jobs-to-be-done」という概念はそのひとつでした。そのコツが公開されたと認識したのが、『Competing Against Luck: The Story of Innovation and Customer Choice』(『ジョブ理論』)でした。破壊的イノベーションとして論じられる事例を理解するには、類似の商品群との競合関係に拘泥しないダイナミックな市場観が必要になることがあります。万年筆がネクタイと競合したり、布用消臭剤のファブリーズが置き型の消臭剤と競合したり、といった具合です。こうした競合関係は一見では分かりづらいことも多いですが、消費者が期待する「ジョブ」を通した競合関係を意識すると透けてくることがあります。

 これは、「ベネフィット」を通した競合関係を見通すことと似ています。前者は消費者が抱える課題(Jobs-to-be-done)に立脚し、後者は消費者が得られるブランド便益(Brand's Benefit)に立脚するという違いがありますが、同じコインの表裏といえるでしょう。汎用的にはジョブを、ブランドマネジメントでは便益を意識すると使いやすいだろうと理解します。