需給に応じて価格を変動させる「ダイナミックプライシング」を導入する業界や企業が相次いでいる。導入して実際に収益は向上するのか。消費者からは支持されるのか。課題は少なくない。この特集では、先行企業の実例から成功のヒントを探る。
スポーツ、エンタメ、小売りなど業種を超えて導入企業を取材する特集の1回目は、Jリーグのサッカークラブ、名古屋グランパスだ。
名古屋グランパスが試合のチケット販売にダイナミックプライシングを初めて導入したのは2018年12月。パロマ瑞穂スタジアムで開催された明治安田生命J1リーグ2018シーズンの第34節、対湘南ベルマーレ戦だった。翌19年のシーズンからは、ホームである豊田スタジアムとパロマ瑞穂スタジアムの全20試合で、シーズンパスなど一部の例外を除いた全席を変動価格にした。
Jリーグでは川崎フロンターレと横浜F・マリノスが試験的にダイナミックプライシングを採用したことはあったが、いずれも対象は一部の席種のみ。Jリーグで全面的にダイナミックプライシングを採用したのは名古屋グランパスが初めてだ。
近年、デジタルマーケティング施策による観客動員数の拡大に取り組むJリーグの中でも、名古屋グランパスは成功例としてよく名が挙がるクラブだ。Jリーグの会員サービス「JリーグID」を活用し、年間入場者数を4年間で約1.5倍に伸ばした実績もある。
だが、名古屋グランパスを運営している名古屋グランパスエイトマーケティング部ファンデベロップメントグループグループリーダーの遠藤友貴彦氏は「以前は、Jリーグの中でも(デジタル施策が)一番遅れていたチームだった」と振り返る。
Jリーグがデジタル施策に取り組み始めたのは今から十年ほど前。非接触ICカードを使った試合観戦記録システム「ワンタッチパス」を09年に導入し、観戦者の情報を収集、活用しようとしたのもその一例だ。だが、このワンタッチパスについても、名古屋グランパスは長きにわたって採用していない数少ないクラブだった。
最も遅れていたから先陣を切れた
デジタル施策への対応が遅れていたのは「クラブの方針としてチーム強化を優先していたから」と遠藤氏は語る。チームが強くなれば、ファンは試合を見に来てくれる。そうした期待の元、デジタルを活用した積極的な集客策で後手に回った。
意識が変わった1つのきっかけは、14年にJリーグが実施したスタジアム観戦者調査だ。観戦の動機やきっかけを聞いた項目で「好きなクラブの応援」と答えた人の割合が、J1所属のチーム中最下位だった。10年のJ1優勝以降も、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)への出場を決めるなど、それなりに高い戦績を上げていたにも関わらずだ。実際、観客動員数も減少を続けていたという。
「もっとファンと向き合い、ホームタウンに根ざしたチームにならなければいけないという危機感を持った。ただ、その時点では、ファンが求めているものを知る術さえ持っていなかった」(遠藤氏)
そこで、15年に実施した小学生対象の観戦招待企画でチケット管理をデジタル化。16年からはチケット全般に加え、グッズ販売やファンクラブのID管理なども開始し、観客のデータ収集と分析を開始した。こうして、ファンの実態を正確につかみ、キャンペーン告知などより細やかな販促施策が打てるようになったことで、前述のように年間入場者数を4年間で約1.5倍に伸ばすことができたのだ。
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