価値観が大きく変化する今こそ、インナーブランディングが必要だ。そんな問題意識で企画した本特集。では、企業はインナーブランディングにどう取り組んでいけばいいのか。企業のイノベーション活動と伴走する戦略デザインファームBIOTOPEの佐宗邦威代表に、その背景と対策を尋ねた。

佐宗 邦威(さそう くにたけ)氏
BIOTOPE 代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー
大学院大学至善館准教授

米イリノイ工科大学デザイン学科修士課程修了。P&Gのブランドマネージャーなどを務め、ソニーの新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の立ち上げにも携わった後に独立。消費財のブランドデザインやハイテクのコンセプトデザイン、サービスデザインなどのプロジェクトを手掛ける。企業のミッション・ビジョンなどのDNAデザイン、創造的文化づくりの組織デザインを得意とする。著書に『ひとりの妄想で未来は変わる』(日経BP)、『直感と論理をつなぐ思考法』(ダイヤモンド社)などがある。大学院大学至善館准教授、多摩美術大学特任准教授

これからは、インナーブランディングの重要性が増すのではないか。そんな問題意識から今回の特集を企画しました。佐宗さんは経営レベルの課題について多くの企業から相談を受けていると思います。インナーブランディングの必要性について、どう思われますか?

いろいろな現場を見てきて、企業が今、抱えているイノベーション課題には共通のパターンがあると感じています。

 1つが「デジタルトランスフォーメーション(DX)」に対応した組織デザインです。例えばIoTとかビッグデータ、AI(人工知能)、各種センサー……これらがビジネスのバリューチェーンのアップデート、例えばサプライチェーンやその背後にある企業の情報基盤を変えたり、センサーがあらゆるところに入り込むことによって、ユーザータッチポイントが多様化してきた。

 これらの包括的な変化により、リアルタイムにつながるユーザーに対し、よりスピーディーに顧客価値づくりのできる組織づくりが必要になります。

 もう1つ、特に経営的に非常にクリティカルなのが「求心力の低下」。優秀な、デジタル感度の高い人ほど辞めていく、若い人ほど辞めていってしまうという現象です。自社の事業に対する社員のコミットメントをつくっていくのが、すごく難しくなってきている。

 象徴的なのは、ミレニアル世代でしょう。何のために働くのか、働く「意義」を大事にする。一緒に働く人を大事にする。クリエイティブな仕事をして常にフィードバックを受けながら価値をつくっていくという働き方じゃないと、企業では働きたくない。そんな価値観を持つ人が増えてきています。今までのマネジメントスタイルでは、求心力を維持することが非常に困難になっている。

 この流れは加速中です。日本では2025年、ミレニアル世代の人口が、20~74歳人口の約40%を占めるようになるといわれています。求心力をどうつくっていくかが、大きな経営課題になってきます。いわゆる「優良企業」といわれているところですら、経営者はすでに苦労しているのが現状です。

 同時に、SDGs(持続可能な開発目標)に代表される「社会意義」への対応も、今まで以上に求められています。特に19年、グレタ・トゥーンベリさんが世界中の注目を集めました。日本でもSDGsはお題目ではなくて、真剣にライフスタイルベースで変わらなきゃいけない、といった意識の変化が起きています。

経営者とイノベーションの現場にいて感じる課題
ミレニアル世代の消費人口(20~74歳)における割合
佐宗氏は経営者とイノベーションの現場にいて3つの課題を感じるという(上図)。新しい価値観を持った世代が増えていくにつれ、その課題の大きさは膨れ上がるだろう(下図の数値の出所:国立社会保障・人口問題研究所)

アウトサイドインからインサイドアウトへ

技術に加えて、人や社会も大きく変わってきているということですね。

20世紀は、モノ(What)を効率よく世の中に供給すれば、それに合わせてニーズを喚起できた。いわば、モノがなかったがゆえに、モノを提供するための方法論(How)が重要でした。効率的に生産するために社員のオペレーションをしっかりやる。そのために選択と集中を実行する。この2つがMBAでも代表的なマネジメント手法でしたし、20世紀型組織はこれを前提に構築されてきました。

 この時代のブランディングは、主に購買者(ユーザー)に対して行うものでした。自分たちが提供するモノには、特別な価値があるんだという状態をつくるためのもの。あくまでWhatのレイヤーの話なんですね。

 ブランディング戦略においても、インナーブランディングとアウターブランディングは別物でした。購買者に向けてブランド価値を発信していくという作業は、事業部門やマーケティング部門が広告代理店と一緒に、思い切り予算を投入して取り組むもの。

 一方、インナーブランディングは、事業的な価値とは別軸で考えるため、コーポレートの担当者がリードしていく。コーポレートブランディングか人事の領域でした。20世紀型組織においてはそれは合理的だったわけです。

そうですね。アウターブランディングのほうが圧倒的に重要視されていました。

それに対して、21世紀型の組織は情報革命型です。インターネットですべてつながるので、市場もリソースも地理的な制約を受けにくい。例えば最近はDtoCブランドが注目されていますが、市場は最初からグローバル。たまたま「ニューヨークから始めました」という感覚です。

 この環境では、新しい経営資源は知恵です。データそのものだったり、データを価値に変換するアルゴリズムだったり、アイデアだったり、パテントだったり……そういう無形資産と呼ばれるような知恵を生み出す会社が強くなります。

 無形資産を生み出す力になるのがミッションビジョンバリューです。自分たちはどういう価値観で、なぜこういう社会をつくりたいのかというストーリー。「意義(Why)」と言い換えてもいいですが、このストーリーが強い共感を生めば、あっという間に世界中に広がるし、結果的に購買者であれ、パートナーであれ、必要なリソースが集まってくるんです。

ミッション・ビジョン・バリューとは?
今、ミッション・ビジョン・バリューをあらためて考える時期に来ている(出典/BIOTOPEの資料を基に編集部作成)

 20世紀型組織と21世紀型組織は、根本的に違うモデルです。21世紀型組織におけるブランディングとは、すべての基点となるWhyを、まずインナーブランディングとして語るところから始まります。

 経営者自身がWhyを体現する、もしくは社員自身が体現する。純粋な情熱を自ら外に伝えていく。そういうことができるようになると、「あの会社はウソをついてないな」という信頼や共感を得られる。インナーブランディングが結果的にアウターブランディングとして“染み出す”というイメージですね。その延長として企業への共感や信頼が高まる、という構造になると思っています。

20世紀はモノの価値が問われたから、「この商品はすごいでしょう、こんな価値があるんですよ」というアウターブランディングが優先された。ところが、21世紀はインナーブランディングが先で、それが結果としてアウターにもつながると?

そうです。順序が逆になってくる。アウトサイドインだったものが、インサイドアウトになるということです。

 今はWhat発想の企業も、Whyを考えざるを得なくなります。プロダクトを継続的に売りたいと思ったら、地道にファンを獲得していこうという議論になりますよね。ファンになってもらうにはプロダクトの背後にある企業の人格性への共感を得なくてはなりませんし、長期的な関係を築くには信用が必要です。そうなるとどうしてもWhyに帰着するんです。

 経営者は、この変化を直感的に分かっています。冒頭に話したDX、求心力の低下、SDGsの課題は、21世紀型モデルへのアップデートの必要性の話だし、これは経営者がリードすべきイシューです。実際、僕に相談してくるのは、ほとんど経営者です。

なるほど。しかし、考え方を変えるのはそれほど簡単ではないのでは?

既存の事業モデルに近い部門のほうがハードルが高いかもしれませんね。アウターブランディングを担っているマーケティング部門や、事業企画部門などは、中長期の事業ビジョンを描いてみると変革に着手できると思います。

経営者は「思想」をデザインせよ

変わろうとしたとき、何から手を付ければいいのでしょうか?

パーパス・ブランディングの図
インナーブランディングを推進する際の3つのフェーズ(出典/BIOTOPEの資料を基に編集部作成)

上の図はパーパス・ブランディングという、まさにインナー向けのフレームワークです。僕はこれを、意義を広げていく宗教的なブランディングだと言っています。

 まず最初に、「思想をデザインする」フェーズです。なぜこんな事業をやるのか、その先にどんな未来があるのか。どうすれば人は幸せになるのか。そんなストーリーをちゃんとつくるフェーズですね。

 例えば「バイブル」。これはその企業のストーリーを文字通りバイブルとしてまとめたものです。「シンボル」はCI(コーポレートアイデンティティー)やVI(ビジュアルアイデンティティー)で取り組むような、価値観の記号化。自分たちのミッションやビジョンはこういうビジュアル、世界観で表現できますよ、というものですね。

 今まではCI、VIを決めて、そこからいきなりアウターにブランディングするという感じでしたが、その手前を深掘りしないといけない。その意味で、ここは経営層が本気でやらないとダメですね。

 次のフェーズが「コミュニティーをデザインする」。コミュニティーというのは、その会社のミッションやビジョンを自分ごと化している集団のことです。そういうコアの人たちをいかにつくるか。インナーブランディングって、まずは社員をファンにしていこうという動きとして捉えればいいと思うんです。

 例えば「カンファレンス」。米アップルが毎年開催するカンファレンスは、企業の新たなビジョンが語られ、開発者やプレスやファンの人たちが、「次はこれが実現するのか」と肌で感じる場ですよね。

 「エバンジェリスト」はネット上のインフルエンサーやファンコミュニティーの参加者で、その企業の取り組みをポジティブに捉え、自分なりに発信してくれるような人たち。そういう人をどう確保するか。

 第3のフェーズが「習慣をデザインする」で、その企業のミッションやビジョンに人々が日常的に接するための仕組みをいかにつくるか。分かりやすいのはアップルショップです。あそこはいわばアップル教の教会のようなもので、アップルの目指す世界観があの空間に凝縮しているわけです。

 ミレニアル世代の存在感が増していく今後、これら3つのフェーズでしっかり思想をつくり、コミュニティーをつくり、習慣化していく取り組みはとても大事だと思います。

この3 つのフェーズですが、普通の企業ではそれぞれ別部門が担当しているように思います。

そうですね。現状はばらばらなので、そこをどう経営者を巻き込み、つなげるかという問題でもありますね。フェーズ2と3は部分的に取り組んでいる企業は比較的多いのですが、フェーズ1の思想がないので、2、3がつながっていないパターンが少なくありません。

 企業としての根っこをちゃんとつくれれば、すべて有機的につながってくるから、すごく強い。持続可能な、不況になっても簡単には倒れない企業になれるんじゃないかと思っています。

(写真/名児耶 洋)

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