トップマーケター・富永朋信氏(Preferred Networks執行役員CMO)が幸福学を専門とする慶応義塾大学・前野隆司教授に「人間の幸せ」について聞く対談の第3回。前野教授は「『年収800万円を超えると収入と幸福度は比例しない』とすると、年収800万円を超えても幸せを感じられるのは、利他性や社会に貢献しているといった要因のほうが強いから」と言います。

(写真/Shutterstock)
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 世界的ベストセラー『予想どおりに不合理』でおなじみ、行動経済学の権威であるダン・アリエリー氏(米デューク大学教授)が人間の幸せについて語り尽くした書籍『「幸せ」をつかむ戦略』(日経BP)。その著者(聞き手)であるPreferred Networks執行役員CMO(最高マーケティング責任者)の富永朋信氏が「人間の幸せ」について、幸福学を専門とする慶応義塾大学・前野隆司教授に聞いた。第1回「結婚後も愛情が長続きする秘訣」第2回「集団としての幸せをどのように実現するか」に続き、対談の最終回となる今回は「お金と幸せの関係」について。

富永 朋信氏(以下、富永) 収入がこれより増えても幸せ度はあまり変わらないと感じる境目は、年収800万円といわれています。私はそれよりだいぶいただいていますが(笑)、800万円を超えてからも収入と幸せ度が比例していると感じています。それは自己分析をすると、先生のような方が説かれていることに触れて、どうやったら幸せになれるかを理解して、それが自分のためになるかどうかは置いておいて実践しているわけですね。

 今の話から分かることは、平均値を取ると800万円がピークになるかもしれないけれども、人が知識を習得したり行動を変えたりすると、必ずしもその限りではないのではないかと。そこで、統計的に見ると世の中はこうなっているけれども、こうやって手を加えると全体としてもっと良くなるというツボがあるんじゃないかと思うんです。幸福学の観点から、今の社会はこういう方向に向かったほうがいいというアイデアはありますか。

前野 隆司教授(以下、前野) そのアイデアを広めようとしているのが幸福学という学問のつもりです。統計学によって人間の非線形で複雑な特徴を理解できることをもっと分かりやすく伝えたいですね。

 先ほど年収と幸せ度がずっと比例しているとおっしゃいましたけど、僕も同じ状況で増えています(笑)。ノーベル賞を受賞したダニエル・カーネマン氏の「800万円を超えると年収と幸福度は比例しない」という研究が正しいとすると、我々が今幸せを感じているのは年収が増えたからではなくて、富永さんがおっしゃった通り、利他性や自律性、社会に貢献しているとか、社会から認められているといった要因のほうが強いからだと思いますね。

 会社員の幸福度を測ると、やはり社長が一番幸せで、次が役員でその次が管理職となるんですね。この結果を見ると「年収が高い人は幸せ」と誤解しやすいですが、実は年収のカーブはある時点で頭打ちになる。それなのに社長が幸せなのは、自分の意思で決断して社会に貢献して社会から認められてといったことを通して、自らの人間的な成長を実感しているからだと思います。

 統計学などをベースにした“科学的な道徳”が小学校から大人の教育にまで取り入れられるといいですね。経済学には行動経済学、経営学にも経営行動科学という形で行動科学が入り始めているなど、バイアスのような無意識下の行動に関する科学的研究は今ものすごく盛んに行われていて、いろいろな結果が出ていますから。少なくとも私が知っている統計的に正しい情報がもっと広まった社会のほうが、みんながより幸せになれると確信しています。

前野 隆司氏
慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 ウェルビーイングリサーチセンター長
1984年東京工業大学卒業、86年同大学大学院修士課程修了。キヤノン、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授などを経て現職。博士(工学)。著書に『幸せな職場の経営学』『幸せのメカニズム』『脳はなぜ「心」を作ったのか』など多数。日本機械学会賞、日本ロボット学会論文賞、日本バーチャルリアリティ学会論文賞などを受賞。専門は、システムデザイン・マネジメント学、幸福学、イノベーション教育など

富永 たしか東日本大震災の後に、映画俳優のジャッキー・チェンが全財産をチャリティーに寄付すると発言したという報道が話題になったんですね。非常に美しい行動だし、それによってジャッキー・チェン個人が得た多幸感というか貢献感というか、それはすごいものがあると思うんですよ。ただ、同じことを自分ができるかと自問自答すると、私は正直言ってできない。

前野 いや、そのうちできますよ。

富永 本当ですか?

前野 ビル・ゲイツもウォーレン・バフェットも相当なお金をため込んでいたけど、最後にはできたので、誰でもできるんじゃないですかね。

富永 先生はできますか。

前野 もちろん。そうしたくてたまらないです。だってそのほうが幸せですから。そんなに資産はないけど。(笑)

富永 私はまだ資産の大半を投じるのはできないですね。

前野 その問いを常に持っていていただくといいのではないでしょうか。僕は研究者として幸せに関するデータを取り続けていて、統計的に見て寄付したほうが社会にとっても自分にとっても幸せだということが分かっているので、しない理由がないんです。みんながこういう考えを持てれば、環境問題や貧困、SDGs(持続可能な開発目標)の課題などが解決されるようなすてきな世界になるはずなので、すごくチャレンジングな問題です。

富永 先生と私の差はどこにあるんですかね。

前野 僕は学者なのでずっと幸福のことを研究しているんですよ。「心なんてない」という問題の本を書くくらい徹底的に考えて、「死んだらゼロに戻るだけのことだな」ということを本当に繰り返し考えていて、だから今死んでも悔いがないようにしようと思うんですね。

 そうすると、資産は子供の分くらいは残しておきたいですが、自分の子供と同じだけ世界人類が幸せになることを目指すほうがいいなと思っています。僕のほうが幸福の専門的知識と年齢がちょっとだけ先を行っている分だけの差じゃないですかね。

幸せな会社にはルールや懲罰がない

富永 最後の質問です。ダン・アリエリー氏に聞いた話で非常に印象的だったことの1つに、彼が実施した従業員の幸せの源泉についての調査結果があります。これは書籍『「幸せ」をつかむ戦略』でも詳しく触れているのですが、給料の水準よりも給料の公平性が大事というのがあったんです。

 あと、彼の会社でやっている非常に面白い試みがあります。社員全員に会社の口座から引き落とされるコーポレートカードを持たせ、経費を使うときには「胸に手を当てろ。これが自分の金でも使うかと。答えがイエスだったらそのカードで払っていいよ」と。事前の申請も事後の報告も領収書の提出もいらないみたいなんです。彼の会社はそれですごくうまくいっているわけですよ。事務処理やチェックする仕組みもいらなくなるので、コスト削減にもなると。

 公平性を重視したり、性善説に立ったりするといろいろなことがうまくいくのは考えてみたら当たり前のことなのに、大半の組織ができていないんですよね。それはなぜだと思いますか。

前野 以前、長野県伊那市にある伊那食品工業に伺ったことがあるんですが、同じような原理で、本当にルールがない会社でした。これは実は合理的ですよね。人を信じるから、ルールがない。本当に100%信じているから、相手は信じられようと努力する。その結果、極めて効率的です。これは性善説ですよね。その中に1人でも悪いことをする人がいたときに、ルールをつくってしまう会社がほとんどだと思うんですよ。

 ところが、伊那食品工業はそこでルールをつくらずに、なぜそれが起きたかを徹底的に考え、100%の性善説を維持しようとするんです。性善説100%に1%でも不純なものが混ざったとき、ルールやマニュアル、懲罰のようなものをつくると、管理型になりますよね。組織論でいうと、支配的な組織やピラミッド型組織が管理型になる。一方、伊那食品工業は権限と責任が平等に与えられるティール組織に近い形ではないでしょうか。

 今日の話全体がそうですよね。縄文時代はみんな、本当に100%かどうかは分からないけれど、力を合わせて生活していた。ところが農耕革命や産業革命が起きて富の格差ができると、ルールをつくってロジカルにより優れたものが勝つ社会になり、今に至っている。全員が信じ合うのはすごく難しい。ルールや法律をつくって統治しようというやり方を人類は1万年以上もやってきたわけですから、そっちに流れやすいのは仕方ない面もありますよね。

富永 それこそ、何か起きたときに再発防止のルールづくりを禁止すればいいんですかね。

前野 そう。再発防止はルールをつくるんじゃなくて、まさに胸に手を当てて、理念に照らして、我々を神さまかお天道さまが見ていたとしてどうですかと考えればいい。幸せな会社ではそうしています。「君たちは目の前のことだけを考えてこのマニュアル通りにやりなさい」とやるか、「全員が社長や太陽のように考えましょう」とやるかの違いではないでしょうか。

富永 私はこの種の話をしていると、茨城県東海村で起きた臨界事故を思い出します。作業員がバケツを使って大量の濃縮ウランを扱っていたそうです。放射性物質は当然そういうふうに扱っちゃいけないんですけれども、正規のプロセスだとものすごく面倒なので、効率を上げるためにマニュアルをすっ飛ばしてやっていたと。そういうことが非常に高い教養と知識を持っている人によるオペレーションでも起きてしまうところが人間の難しいところかと。

 今の話はマニュアル主義が機能しないことの証拠だと思うんです。じゃあどうすればいいかというのが本当に大切で、バケツでウランを運ぶようなことがどうやったらなくなるのかというのは深い問いですよね。

前野 まさに人類1万年の問いですね。だから正解はないんですが。人類は規模が大きいから、一人ひとりが神のように考えましょうというのが非常に難しいのは確かですが、だからって組織をどんどん分割してルールだらけにすればいいわけではない。両方の理想を理解して、ベターな答えを見つけていくことにしか人類発展のキーはないと思います。

富永 幸せかどうかという物差しは非常に大事ですが、正しいかどうかという物差しもありますよね。

前野 正しいかどうかという物差しは危険をはらんでいます。「私は正しいけれど、あなたは間違っている」になりがちだからです。理想論を言うと、全員が全人類と地球にとって正しいかという視点に立てれば、それが最後のゴールだと思いますね。

富永 さっき私が言った正しさというのは、主義主張の正しさというよりは、「原発はつくるべきか」といった複雑な問題を判断する物差しとしての正しさじゃないかと。そこと幸せが相克を起こしたときの折り合いの付け方が社会としてうまく機能していくと、より幸せな社会ができるかもしれないですね。

前野 人類が常に個人の幸せも地球全体の幸せも全部考えながらイノベーションを起こそうとすれば、地球温暖化の解決にもつながりそうですね。ところが、それがなかなか難しいところが、人類の悲しさだと思います。