トップマーケター・富永朋信氏(Preferred Networks執行役員CMO)が幸福学を専門とする慶応義塾大学・前野隆司教授に「人間の幸せ」について聞く対談の第2回。前野教授は「格差が大きい社会では貧乏になった人はもちろん、実は金持ちになってもあまり幸せ感を得られない」と言います。

(写真/Shutterstock)
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 世界的ベストセラー『予想どおりに不合理』でおなじみ、行動経済学の権威であるダン・アリエリー氏(米デューク大学教授)が人間の幸せについて語り尽くした書籍『「幸せ」をつかむ戦略』(日経BP)。その著者(聞き手)であるPreferred Networks執行役員CMO(最高マーケティング責任者)の富永朋信氏が「人間の幸せ」について、幸福学を専門とする慶応義塾大学・前野隆司教授に聞いた。前回の「結婚後も愛情が長続きする秘訣」に引き続き、対談の2回目となる今回は「集団としての幸せをどのように実現するか」について。

富永 朋信氏(以下、富永) では次に、「集団としての幸せをどのように実現するか」についてお聞きします。功利主義の形として、リバタリアニズム(自由至上主義)がいいのか、リベラリズム(自由主義)がいいのかという話は永遠に答えが出ない問題ですが、先生の考えをお聞きしてもいいですか。

前野 隆司教授(以下、前野) 難しい問いですね。僕は主義にかかわらず、「人は誰もが幸せに生きるべきである」という考え方自体は普遍的だと考えています。敵は幸せになる権利はないという分断型思考から、すべての人が幸せになるべきだという考えを受け入れ難い人は結構いると思いますが、日本人の平均的な感覚からいうと、すべての人が幸せになれる世界がいいねというのは共通認識だと思うんですよね。

 これは本当に誤解されがちで、それは全体主義じゃないかとか言われることがあるんですけど、「すべての人が幸せであるべきである」という前提に立つと、利己的より利他的のほうがいい。個人の判断を自分の利益だけで考えるよりも、周りの利益も考慮し、ゲーム理論の前提を全部取っ払って、もっと複雑な問題として捉えたほうがいいと思うんですよね。

前野 隆司氏
慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 ウェルビーイングリサーチセンター長
1984年東京工業大学卒業、86年同大学大学院修士課程修了。キヤノン、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授などを経て現職。博士(工学)。著書に『幸せな職場の経営学』『幸せのメカニズム』『脳はなぜ「心」を作ったのか』など多数。日本機械学会賞、日本ロボット学会論文賞、日本バーチャルリアリティ学会論文賞などを受賞。専門は、システムデザイン・マネジメント学、幸福学、イノベーション教育など

富永 私の感覚や信念は、リバタリアニズムに近いんですね。つまり自由が最大化されている状態が好きで、オートノミー(自律性)が大事だと思っているところがありますので、それが保障された状態で人が自分の自由意思で動けることこそが最も大事だと思っているところがあります。

 ただ、それは性善説に寄りすぎているのかなと思うところもあります。世の中には一定の割合で悪意を持った人がいたり、自分の自由意思で生きていくことが難しい人もいたりして、自由を本当に希求する思想というのは悪を放置したり、弱者を切り捨てたりするような主義ではないかという感覚もあるんです。

 しかし、政府が特定の主義を強制してそれを是正しようとするのはやはりおかしくて、例えば弱者救済の手段としては、そうでない人の自由意思や善意によるべきだと思うんです。しかし世の中にはいわゆる大きな政府を支持する人もいて、そしてその支持にも根拠があります。このようにいろいろな価値観の人がいて、その価値観に合わない仕組みの下で人生を送るのはその人の幸せを減じていると思います。なので、私はいつもそこで袋小路に入ってしまうんです。先生は個人の自由意思と政府による介入、悪意と善意のバランスみたいなことについて、どういう考えをお持ちですか。

前野 私は米ハーバード大のマイケル・サンデル教授が提唱するコミュニタリアニズム(共同体主義)の考え方にわりと近いです。サンデル教授は、リバタリアニズムかリベラリズムかという二項対立図式に対して、コミュニタリアニズムという立場をとります。ただサンデル教授がコミュニタリアニズムを政治思想として表明しているのに対し、僕は統計学的にそれが最も幸福度を高めると考えています。

 というのは、格差が大きい社会よりも小さい社会のほうが幸福度の平均値は高い。つまり、リバタリアニズムをやりすぎると格差が拡大するし、貧乏になった人はもちろん、実は金持ちになってもあまり幸せ感を得られないんですね。だからリバタリアニズムは幸福学の統計データからいうと、幸福度を高めない。

 では、均一的な社会主義というのがいいかというと、社会主義はやる気を失わせるので幸福度を下げるんですね。じゃあどうするかというと、確かに答えのない問題なのですが、僕がよりましだと思っているのは、北欧型の社会資本主義が実現している「高福祉」なんです。

富永 高福祉?

前野 税金を高くして、福祉を高める。大きな政府ですね。要するに格差が拡大しない仕組みと同時に自由主義も取り入れる。だから社会資本主義という制度は、幸福学から見ると、わりとましなほうだと思います。政治制度にベストはないと思うんですよ。僕としては、サンデル教授や千葉大学の小林正弥教授が言っているコミュニタリアニズムをちょっと拡大解釈して、アリストテレスの頃の枢軸時代に戻ることを推奨しています。

 世の中は複雑で、善悪や正しいものと間違っていることを簡単に分けられない。世の中はそもそも混沌としているから正解なんかないけど、みんなで助け合おうよという素朴なアニミズムにも近いと思う。縄文時代や旧石器時代はもっと幸せだったみたいな議論があるんですけど、発展至上主義やロジカルに分析していくと正解が見つかるはずだといった考え方自体を疑い、もっと素朴に生きるところに答えがあるんじゃないかなと。これは僕なりの幸福学の統計的な解釈の結果なんです。

富永 利他的な行動や振る舞いが結果的に自分の幸福を増幅するというのは、私も理解できるところなんですね。そういうことがたくさんいわれているのは承知しています。なので、私は利他的に振る舞うんですよ。そうすると自分が気持ち良くなって、自分が幸せになるということが分かっているわけです。

 あとペイフォワード(人から受けた厚意をその相手に対して恩返しするのではなく、他の誰かに違う形で提供して善意を広げていく)みたいな原則でお金を使っていると、お金がもっと集まってきたり幸せになったりすることもあるなと思います。なので、私はペイフォワードしているわけです。でも、自身の変遷を振り返ってみると、利他的に行動すると自身に返ってくると理解する前にペイフォワードしていたかといったらしていなかったんですね。

 つまり、私の生得的な性格や価値観はペイフォワードでもないし利他的でもなく、後天的にそうしているわけです。それは時々自分でも分からなくなるんですが、人のためと思ってやっているんですけど、結局自分のためじゃんと思ったりもするわけですよね。

 幸せの理論というのはこういう感じで人の幸せと自分の幸せが相互作用するところがあって、それでいつもややこしくなるんですけれども、こういったことについてはどうお考えになっていますか。

前野 正直言うと、僕も若い頃は「他人を蹴落としてでも絶対一流になるぜ」みたいな利己的な男でした。後天的に利他性とかペイフォワードみたいなものを獲得したと思っていますから、そういう意味では一緒だと思うんです。ただいろいろな人を分析したり取材したりしていて感じるのは、本当に自分なんかどうでもいいと思える状態というか、自己犠牲ではなく本当に利他が身に付いている状態というのが一番幸せそうなんです。

 僕自身も20歳くらいまでは自分の得ばかり考えていた気がしますし、他人に優しくすると自分が得になるからという考えもありました。学生に教育を行うのは給料のためという側面もありますが、今では、学生が立派になることを全力でサポートして「本当によかったね」と一緒に喜んで、給料をもらっていることを忘れているくらいになってきましたね。

 欧米的な思考だとこれは利己なのか利他なのかみたいな考え方になりますが、東洋思想の境地は利己と利他が泡のように消えていって、自分と世界が一体化するところにあります。そもそも自分というものはないんだから我欲もないんだみたいな老荘思想が昔は好きではなかったのですが、今はすごく好きになってきたんです。そこに答えがあると考えています。

<第3回に続く>