早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授は「この会社はこうあるべきみたいなところが日本の会社は弱い。こうしたいんだという意志があれば共感するお客さんが集まり、価格や機能は大きな問題ではなくなる。少なくともスティーブ・ジョブズがいたときのアップルもそうだった」という。
<前回はこちら>
世界的ベストセラー『予想どおりに不合理』でおなじみ、行動経済学の権威であるダン・アリエリー氏(米デューク大学教授)が人間の幸せについて語り尽くした書籍『「幸せ」をつかむ戦略』(日経BP、アマゾンで買う場合はこちら)。その著者(聞き手)であるPreferred Networks執行役員・最高マーケティング責任者の富永朋信氏が「幸せな組織のあり方」について、前回「「幸せのカギ『共感』をどう生むか 富永朋信氏×早大・入山章栄教授」に引き続き、早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏に聞きました。
入山章栄氏(以下、入山) ちょっとだけ余談ですが、親しくさせていただいている元P&Gジャパン社長で江崎グリコ常務執行役員マーケティング本部長の奥山真司さんは、「ブランドとは約束である」とおっしゃっていました。いかに顧客との信頼関係をつくるかが重要、ということかと理解しています。
富永朋信氏(以下、富永) ベネフィット(便益)をベースにしたコミュニケーションや施策は「買う理由をつくる」面では非常に合理的ですが、その先の「このブランドが好き」とか「このブランドのことを信じている」というところには到達しにくい。商品のポジショニングや差異性を理詰めでしている延長には、信頼とか好きの感情が出てこないんです。じゃあ、どうすればいいかというと、そういう処方箋があまり定義されていない。
仲の良いマーケターの1人にエステーの鹿毛康司さんがいるんですけど、鹿毛さんが作ったミゲル君のコマーシャルをご存じですか。ミゲル君というポルトガル人の男の子が「ラーラーララーラララララー」と歌っていて、商品の説明などは全くない。歌の最後に「消臭力~」という商品名が出てくるのと、「空気を変えよう」というタグライン、そしてエステーという企業ロゴだけ。
そこにはベネフィットの「べ」の字もないんですけれども、それが震災後だったということもあって、エステーに対する「好き」が上がったんです。そのとき、カテゴリーでナンバーワンになった。
それがたぶん「好きをつくる」ということであって、そのときのブランドと顧客との関係性の種類や深さによって、何をすべきかという処方箋が1個1個違うわけです。「好き」から「もっと好き」をつくるのと、「嫌い」から「好き」をつくるのは意味が違いますよね。という具合に、あまりにもテーラーメード、かつ深く緻密な立案を要求されるようになるので、「好きをつくる」を作るのは難しい。
それを技術として起こしたのがその鹿毛さんの例であって、それをどうやってやるかということをちゃんとマーケター一人ひとりが方法論を持たなきゃいけないんじゃないかなと思いますね。
入山 なるほど。
富永 何でこの話になっているかというと、(前回話した)We(俺たち)とThey(あいつら)の話、そしてそれはWeの縮尺を変えることによって、Weの範囲を広げられるんだということでした。ちょっと話を戻しますけれども、そのWeの範囲がどうやったら広がるかは、たぶん技術的には仮想のTheyをつくることだと思うんですよね。
つまり、今対立していないですけど、仮にこれが対立したとしても、向こうに別の5人がいたら、一瞬でWeになるわけですよね。だから、仲良くなりたいと思ったら、あっちに別のTheyを持ってくればいいわけです。でも、それは果たしてエシカルに正しいことなのかというのはちょっとあります。結局、敵対心を使って結束を高めようみたいな話なので。
行動経済学をマーケティングにあまり引用することって、時々批判されるんです。人の性質に乗じて何かこう、うまいことをやろうとしているという論点で。
入山 なるほど。ナッジ(人の心理に働きかけて判断や選択を変える行動経済学の手法)の考えとかも、ある意味でリスキーなのかもしれませんね。
富永 ナッジもリスキーだし、今、お話ししたような仮想敵をつくる話も、人間の善意じゃなくて敵意を持つ面に着目して、敵意をつくることによって結束を高めようみたいな話で、あまり人間のポジティブな部分に働きかける感じではないですよね。
その点は行動経済学とマーケティングをくっつけるときにいつも悩むところです。でも、あまりそれを言い出すと、例えば100円ではなくて98円にするような値付けはどうなんだみたいな話になってしまうので、これも悩ましいところだったりします。小売りは値付けや品ぞろえなど、参照点を援用した行動誘導の宝庫なんですよね。
Preferred Networks執行役員・最高マーケティング責任者
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