早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏は「今起きている変化はティール組織の考え方にすごく合っている。副業やテレワークが進むと、いろいろな人たちが勝手に横でつながりだす。そうなると、これまでのカリスマリーダーを中心にした放射状ネットワークの中心がなくなっていく」と言います。

富永朋信氏と入山章栄氏
左が早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏、右がPreferred Networks執⾏役員・最⾼マーケティング責任者の富永朋信氏

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 世界的ベストセラー『予想どおりに不合理』でおなじみ、行動経済学の権威であるダン・アリエリー氏(米デューク大学教授)が人間の幸せについて語り尽くした書籍『「幸せ」をつかむ戦略』(日経BP、アマゾンで買う場合はこちら)。その著者(聞き手)であるPreferred Networks執行役員・最高マーケティング責任者の富永朋信氏が「幸せな組織のあり方」について、前回「会社の幸せは自分の幸せ? 富永朋信氏×早大・入山章栄教授」に引き続き、早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏に聞いた。

富永朋信氏(以下、富永) 個人の幸せというレベルから離れ、企業や組織の一員と考えたときにオートノミー(自主性)が重要だと思いますか。

入山章栄氏(以下、入山) これからの時代は必要だと思います。というのは、終身雇用性が崩れて、1人の人間が1つの組織にずっと所属し続ける時代はもう終わりになりつつあるからです。そうすると、やっぱり「自分がやりたいことは何だろう」「自分の幸せって何」と考える時代になってきたのかなと。特にミレニアム以降の若い世代は確実にそうなってきているので。

入山 章栄 氏
早稲田大学ビジネススクール教授
慶応大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で、主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、08年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。13年より早稲田大学ビジネススクール准教授。19年より現職

富永 企業は軍隊と同じで、機能的な組織の集まりがあって、人がそれに合わせるという形ですよね。そのパラダイムを否定した上で、企業側が個人の行動に合わせるように変化しなきゃいけない。そういう変化は可能だと思いますか。

入山 それがこれからの課題だと思います。今起きている変化は「ティール組織」(米国のコンサルタントであるフレデリック・ラルー氏が提唱する、社員間の上下関係がない組織形態)の考え方にすごく合っている。ティール組織が学術的に正しいかどうかは別で、個人的には結構面白いなと思っています。

 人間や組織のドライビングフォース(けん引力)が時代とともに変わるというのがティール組織の考え方。封建制の時代は「パワー」で押さえ込んでいた。ところが、人類が資本主義を発明した結果、それに代わるものとして出てきたのが「効率性」。多くの従来型の日本企業は、いかに効率性を最大化して企業価値を上げるかというパラダイムの中にあります。

 それに対して今起きているのが、トップのやりたい「ビジョン」に共鳴して人が付いてくること。例えば米テスラのイーロン・マスクだったら「世界を救いたい」、ソフトバンクの孫正義さんだったら「デジタルで人類を幸せにしたい」といったビジョンに共鳴して人が集まる。そういう時代だと思うんですよね。

 そしてここから先に行くと、僕はネットワークの時代になると理解しています。終身雇用性が崩壊して、副業やテレワークが進むと、いろいろな人たちが勝手に横でつながりだすからです。働き方も自由になるし、みんな自由に動く。そうなると、今まではカリスマリーダーを中心にした放射状のネットワークだったのですが、その中心がなくなっていく。ティール組織の考えはこれに近いのです。ここで必要になるのはビジョンよりも「バリュー」で、こういうことをやっていると面白いよね、楽しいよねといった感じで、価値観で共鳴する人が横で勝手につながっている組織みたいなものができて、共鳴しなくなったら離れてもいいというような時代に徐々になりつつあるのかなと思います。

 特に最近の若い人はバリュー重視が多くなっている印象です。自分がすごく大事にしている価値観に共鳴する人たちと緩くつながりながら生きていくのが幸せ、みたいな時代が来る。それ以前の効率性の時代なら、会社組織をきれいに回すためにオートノミーは重要ではないのかもしれませんが。

株式会社は本当に必要か

富永 私はティール組織みたいな考え方のほうが幸せを増幅するし、それがうまくハマったときには社会全体の価値も最大化すると思うんですけど、日本企業でティール組織が機能するには相当な努力や運が必要な気がします。

 古いパラダイムの組織の形だと、今、財務部長がいないから、財務のスキルを持ってこようという議論で事足りるじゃないですか。ティール組織は違いますよね。そこに財務ができる人がいなかったらどうするんですかね。ネットワーク上でどうにかすればいいとなると、本当に世の中に必要な財務のスキルが供給されるのかどうかが分かりません。

富永 朋信 氏
Preferred Networks執行役員・最高マーケティング責任者
日本コカ・コーラ、西友などでマーケティング関連職務を経験し、ドミノ・ピザ、西友など4社でマーケティング部門責任者に。社外ではイトーヨーカ堂、セルムの顧問、厚生労働省年金局 年金広報検討会構成員、内閣府政府広報室 政府広報アドバイザー、駒沢大学非常勤講師などを務める。著書に『デジタル時代の基礎知識「商品企画」』(翔泳社)

入山 財務の人が足りないなら、ここの考えに共感できそうな財務の人に副業のような感じでやってくれよみたいな、たぶんそういう時代かなというのが僕のイメージです。

富永 そのときに、今ある財務とかマーケティングの見方って、たぶん古いパラダイムの見方だったと思うんですよね。過渡期的にはそれでいいかもしれないけど、やっぱりその先ってどんどん違ってきていて、こういう既存のモジュールが会社を構成するという思想もちょっと違うのかもしれないですね。

入山 そこがポイントかなと思っていて、実は僕は最近「株式会社は必要か」という議論をしています。上場企業になるとゴーイングコンサーン(継続企業の前提)という決まりの中で、半永続的に株価を、企業価値を上げなきゃいけない。一方、ティール組織の考え方は、プロジェクトベース。ティール組織の発案者であるフレデリック・ラルー氏は「生命体」という比喩をしていますが、プロジェクトが終わったら解散する。つまり、「組織は死んでいい」という発想なんです。死んだらまた別の生命体で面白そうなところに行く。

富永 すごくモダンな考え方でなるほどと思った一方、もともと会社という組織ができた背景って、個人が負いきれない責任を会社という幻想をつくることで負うみたいなところがあって、ある程度の永続性が前提になってくると思うんです。

入山 そうですよね。ですから、全部の組織がそうなることはないと思います。とはいえ、比較的小さなプロジェクトになってくると、資金調達の仕組みなどにもいろいろな可能性が出てきています。クラウドファンディングもそうですし、もしかしたらICO(仮想通貨技術を使った資金調達)みたいなものがうまく使えるかもしれません。

 政府にはLLC(合同会社)みたいなものをもっとうまく使えるように促進していこうという流れもあります。大規模なことをやるには株式会社のような従来型組織のほうがやりやすいと思いますが、小さな規模でもいいから同じ価値観を持つ人たちで集まって何かやってみたいという時代になると、実は株式会社以外の形態が重要になってくるのかなと。

富永 オール・オア・ナッシングじゃない。それこそバラエティーがあっていいという話ですよね。

入山 例えば、DMM.comは合同会社です。創業者の亀山敬司会長は上場する気なんかおそらくまったくない。一度お話を伺ったのですが、亀山さんがやりたいことは、若い人を育てることなんですよ。企業価値とかゴーイングコンサーンとは無縁のところで経営をされている気がします。

富永 面白いですね。こんな話を50年前の日本人のおじさんが聞いたら、ひっくり返りますよね。

入山 あくまでそういう考えもあるんじゃないかというだけで。でも、僕はブロックチェーンがもっと社会に実装されると、ブロックチェーンはまさに自律分散なので、これっぽい組織がもっと機能するんじゃないかなと思っていまして。

富永 個人がネットワークで自由につながれば、最適なスキルが最適なところに集まる仕組みになって、経済的な報酬もその上でやりとりすればいいしみたいなことになる。それはブロックチェーンと親和性が高そうだし、「仕事」の究極の姿という感じがしますね。

※次回に続く

(写真/的野弘路)

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